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新野氏 今回は、医療現場に自ら進んでITを取り入れられ、多方面からその実績が注目されている神戸大学大学院 医学研究科 特命講師の杉本真樹さんに、「医療とビッグデータ」をテーマにお話をうかがいたいと思います。杉本先生は医療現場、それも手術室に初めてiPadを持ち込まれた医師として有名ですが、先生の場合、そもそも、どのような経緯で医療にITを活用しようと考えられたのでしょう。
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| 杉本真樹氏 神戸大学大学院 医学研究科 特命講師 |
杉本氏 医療分野というと、近年はIT化が進んでいるというイメージをお持ちの方も少なくないと思いますが、実は電子カルテやオーダリングシステムといった事務系のシステムに比べ、臨床医が使うシステムは、まだそれほどIT化が進んでいるわけではないのです。
また、私は外科医なのでレントゲンやCT(コンピュータ断層撮影)などの画像情報を多用しますが、医療向けの画像処理システムは非常に高価なので、地方の医療機関ではなかなか導入できないという実態もありました。そこで臨床医のための、「低コストで誰でも使えるシンプルな画像処理の仕組み」を作れないものかと、2004年に画像のデジタル化の取り組みを始めたんです。
そこで出会ったのが医療画像用フォーマットの標準規格「DICOM(ダイコム)」と、CTやMRI(核磁気共鳴画像法)のデータを2D/3Dに変換してiPadなどで表示できる「OsiriX(オザイリクス)」というオープンソースのソフトウェアでした。このソフトウェアは、CTで撮影した体内の画像データを立体化したり、画面上で長さや面積を測ったりすることができ、使い勝手が非常にいい。これをiPadで使うと、手術中でも臓器や血管の複雑な位置関係をタッチパネルで自在に動かしながら確認できるため、正しく安全に手術できるという大きなメリットを享受できます。しかもオープンソースですから導入も低コストで済むんです。
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| 新野淳一氏 Publickey主宰 ITジャーナリスト |
新野氏 なるほど。デバイスもiPadのように普及しているものですし、設備投資も低く抑えられますよね。高度な情報処理のメリットを幅広い医師が享受できる――まさに画期的なシステムですね。
杉本氏 実は私が研究を始めた当初はまだiPadが世に出る前でしたから、手元で画像をチェックしたり、リアルタイムに情報を入手/ 入力したりできるようなソフトウェアをオリジナルで開発していたんです。しかし、今ひとつ操作性が良くない。そう悩んでいた折に、たまたまiPadが発売されたので、導入してみたら非常に相性が良かった、というのが実際の話です。しかし医療現場の人間としての問題意識を持っていなければ、そうしたチャンスにも出会えなかったと思います。現在は医療画像の閲覧、管理、圧縮、配信、また医療画像をクラウド上で活用する研究などをメインにしながら、現場のニーズをくみ取るため、臨床医としての活動も並行して行っています。
新野氏 今、クラウドという言葉が出ましたが、今回の対談テーマであるビッグテータとクラウドは密接な関係にありますよね。先生は近年、クラウドが果たしてきた役割を、どのように評価されていますか?
杉本氏 そうですね。既存のシステムは導入に一定の時間やコストが掛かりましたが、SaaSやIaaSといったサービスは導入しやすく使いやすい点で、都市部の大規模病院と、財源の限られた地方の病院、自治体医療との格差を吸収する役割を果たすと思います。また、クラウドには医療情報のバックアップを遠隔地に保管しておける安心感もありますし、将来的に電子カルテの情報を全国の病院でシェアできるようになれば、医療の質の高度化、均一化を図る上でさらに有用でしょう。
ただ、現在は電子カルテのベンダがそれぞれ異なるプロトコルを採用しています。そのため、DICOMのような標準規格に統一していかないと、情報活用が進まない心配もあります。そうした課題を乗り越え、幅広い医療情報の共通基盤となる「医療クラウド」を構築していくことが、今後の重要なテーマになると思いますね。
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新野氏 確かにプロトコルやデータフォーマットの標準化は医療業界でも重要な課題です。杉本先生はそういった“ITと医療のマッチング”を非常に重視されていますが、その1番のポイントは何だとお考えですか?
杉本氏 「最先端を狙うのではなく、標準化された治療法という“有益な情報”を、広く、効率良く提供するためにITを取り入れること」だと思います。例えば、臨床では限られた時間内で、効率良く多くの患者さんに対応しなければなりません。そこにITという効率化の手段を取り入れて、“患者さんを長く待たせない医療”を確実・適切に実践していくことが重要です。
もちろん、情報活用の目的を「自分のスキルアップ」に置くことも大切ですが、1人のスーパードクターが生まれても、1人の医師が救える人の数は限られています。私が米国留学時代に感じたのは、「標準的な治療を、多くの人に、同じように提供できるシステム」の方が、はるかに人類の幸福に寄与できるということでした。「患者さんの痛みや苦しみを取り除くこと」を最終目的とし、そのために必要な治療をいかに効率良く展開するか――IT活用の視点は、そうした“医療の全体的な底上げ”に向けていくことが最大のポイントになるのではないでしょうか。
新野氏 なるほど。今回のテーマであるビッグデータは、まさしくそうした全体的な底上げにも大きく寄与しそうですね。例えば、ビッグデータ利活用に欠かせない高速処理基盤や検索技術、自然言語解析技術などを使えば、膨大な医療論文の中から必要な情報を瞬時に引き出す、といったことも可能になるのではないでしょうか?
杉本氏 そうですね。その可能性はあると思います。例えば、Aという病気について書かれた論文には、ある特定のキーワードがよく出てくる。Bという病気ではまた違うキーワードが出てくる。しかしそこにはAについての論文のキーワードと、密接な関係にあるキーワードが複数含まれている。そうした場合、検索を高速に行う環境を構築できれば、例えば診療結果に基づいて医療論文をキーワード検索することで、「その症状はAとBの中間であり、相関関係がある」といったことを瞬時に認識できるケースも増えると思います。特に医療では、脳、心臓、腸といった臓器別に疾病を考えていますから、エリアごと、あるいはエリアをまたいで情報を獲得する概念は受け入れられやすいのではないでしょうか。
実は医療の世界では、過去の論文の中から「その症状には、その治療法、検査法などが有効である」というエビデンスを探し出し、該当する患者さんに適用する「EBM(Evidence-Based Medicine)」という概念が以前から推奨されています。しかし、新しい治療法や新薬の開発は日進月歩で進化していますから、過去のエビデンスの蓄積・管理・活用が、現実の医療に追いついていない状況があるんです。その点、高度な検索技術や高速な処理基盤は非常に有効だと思います。
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ただ、そうした情報検索基盤を整備する際には、「どんなキーワードを入れれば良いのか分からない」臨床医のこともきちんと考えておく必要があるでしょうね。
例えば「お腹が痛い」という症状をそのままキーワードとして打ち込んでも有効な情報は検索できません。ですから、医療情報の標準化のためには、「誰もが効率的かつ確実に検索するための仕組み」が不可欠となります。例えば現在、私はiPad上に表示された臓器のうち、「どこが痛いのか」といった質問に沿って患者がタッチ操作で答えていくことで、候補の病名やエビデンスが表示される仕組みも考えています。要するに、膨大な情報の中から、必要な情報を正確・迅速に引き出すための“手段” を、しっかりと考え抜いておくことが大切だと思うんです。
新野氏 つまり、医療のビッグデータもそのままの形では使えない。「臨床のニーズに合わせた前処理や扱いやすさを重視した提供の仕方」が重要ということですね。
杉本氏 その通りです。多忙を極める医師にとって、これまでに蓄積された医療情報や、医療現場からリアルタイムに発信されている情報を“生”のまま提供されても、活用し切れるものではありません。1人1人の端末に表示される際に、「知見として役立てるための価値付け」がなされていることがデータ利活用の前提になると思います。先ほどお話したような、「膨大な論文の中から、必要な情報を、関連情報も含めて正確かつ迅速に把握できる」ということも“価値”の1つになると思います。
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新野氏 そのためには、データの整備や標準化が活用の鍵になりますね。
杉本氏 はい。これを論文に当てはめて言えば、「検索・再利用されることを前提に書くべき」となるでしょうね。情報の再利用性を高めるためには、例えば「ある程度決まったフォーマットに、臨床データとキーワードを入力することで、規則的に論文を完成させられる仕組み」なども考えられます。論文は人類の健康に貢献するためのものですから、「有益な情報のタイムリーな把握・活用」という形でそれに寄与できるのであれば、必ずしも文章というスタイルを採る必要はない。また「情報をたくさん持っている」ことに価値があるのではなく、それによって「現在や次のアクションが有益なものになる」ことに価値があるわけですから、「間違い」や「重複」など、使えないデータを処分し、本当に必要なデータ、使えるデータにのみ整理することも重要でしょうね。
ただ、データ利活用のためには、データを使う側のリテラシも大切です。「本当にそれが自分にとって役立つ内容かどうか」は、最終的には自分で判断するしかない。その意味で、必要な情報を選び、精査し、そこから知見を得るための“情報を見る目”も不可欠になると思います。
新野氏 ところで先生は、医療リテラシの向上や手術の精度を高めるために3D技術を多用されていますね。特に驚いたのは立体物を造形できる3Dプリンタを積極的に活用されていることです。
杉本氏 紙の医学書では、いかに精細な人体の解説図でも理解には限界があります。その点、患者さんのCT画像から作成した3D画像は、立体的な身体構造を可視化できるため、紙の医学書などに比べ、より現実に即した形で学習できるのです。また、OsiriXを使うと、CT情報から3Dプリンタを活用して3次元の生体モデル、いわゆる臓器の立体コピーを作成することもできます。
2種類の材料を混ぜ合わせて造形できるのが特徴で、1つの材料を透明にすると、人体内部の骨や腫瘍などの位置を確認できます。例えば胴の部分なら、臓器だけに着色し、それ以外の部分に透明な材料を使って造形することで、腹部のどのあたりに、どんな形をした何の臓器が、どのように位置しているか、誰でもひと目で把握することができます。硬さが異なる素材を利用すれば、生体の部位による硬さや感触の違いなども再現できます。
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新野氏 デジタル情報を使って物理的な実体を作る――つまり生体モデルは、デジタル情報にはない触感、感覚、質感を補完できるわけですね。
杉本氏 そうですね。そして、この生体モデルを手術前のシミュレーションなどに生かすと、手術の精度が格段に高まることも証明されました。そして、ここでも重要なのは“データの価値付け”です。例えば、人体のデータから作った生体モデルは、臨床医にのみ役立つわけではありません。生体モデルを手にすれば、一般の人でも「自分の体内のどこに、どの臓器が収まっているのか」をリアルに理解できますから、自身の身体や健康に関心を持つきっかけになるはずです。また、妊婦と胎児の生体モデルの場合、人間とは何か、親子の情愛の根源とは何かを考えたり、教えたりする上でとても良い教材になります。
新野氏 つまりデータを提供する目的、提供する対象者に合わせて、多様かつ複雑なデジタルデータの見せ方を加工するわけですね。
杉本氏 そうですね。つまり“データの価値付け”を行うわけです。さらに、こうした価値を考えていくと、将来は薬も物流を通すことなく入手できるようになるかもしれません。例えば、自分の症状に合った薬のデータを医療クラウドから入手し、診療データから自分用に調合された薬を、最寄りの薬局で受け取る、といったことも実現できる段階に入りつつあるのです。
新野氏 そうなれば当然、医療の1人1人に対するクオリティも上がりますよね。医療ITというと、遠隔操作のロボットなど、どうしても「先端を追う」イメージが強かったのですが、そうした方向性とともに、先生がおっしゃるような知見の標準化、普遍化という方向性も同時にあるわけですね。
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杉本氏 ITとは「インフォメーション」と「テクノロジ」のことです。世の中はテクノロジばかりに注目しがちですが、本当に大事なのはインフォメーション――「技術にどんな“情報”を載せるか」ですよね。
これをビッグデータ活用に当てはめれば、生データをいかに有益な“情報”に変えるか、テクノロジを使ってデータにどのような価値を持たせるかが重要なポイントになると思います。この価値とは見せ方であり、スピードでもあったりするでしょう。
ただ医療の場合は、診療にしても情報の共有・伝承にしても、人と人がリアルに対面し、つながることでしか解決できない課題が多い分野です。その点で、ビッグデータ利活用も可視化や高速処理に加え、“感触化”と言いますか、先ほどの生体モデルの例のように、あらゆる切り口でデータを触感、感覚、質感に落とし込むことも、新しい価値を生み出す有益な視点になるのではないかと考えています。
新野氏 非常に多くの示唆に富んだお話をいただくことができました。ITが医療の進化に果たすべき役割について、われわれも広く議論していくことが必要だと思います。本日はありがとうございました。
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提供:株式会社日立製作所
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掲載内容有効期限:2012年9月22日
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