「営業力ではなく製品で戦う時代、ビジネスを変えるのはエンジニア」:Atlassian創業者に聞く、今エンジニアに必要なスキルとは?
「JIRA」「Confluence」「HipChat」など、開発チームのコミュニケーション、コラボレーションを支援するツール群を提供しているAtlassian。市場ニーズの変化に対応するために、ビジネスを支えるソフトウエア開発にも一層のアジリティが求められている中で、同社のツールは国内でも大きな支持を獲得している。では競合製品も多い中で、同社ツールが現場に支持される理由とは何なのか? 共同創業者でCo-CEOを務めるスコット・ファークァー氏へのインタビューから、その開発思想を探った。
アジャイルの息吹を感じ、新卒で起業
「大学生だった当時は、ネクタイをしなくても済む仕事に就いて、一緒に卒業する仲間たちと同じくらいの給料がもらえればいいと考えていた。大金持ちになるつもりも、起業家になるつもりもなかったよ」
そう話すのは、豪Atlassianの共同創業者でCo-CEOを務めるスコット・ファークァー(Scott Farquhar)氏だ。ファークァー氏は、友人のマイク・ キャノンブルックス(Mike Cannon-Brookes)氏とともに、大学を卒業した2002年にAtlassianを設立。同年にプロジェクト管理ソフトの「JIRA」を開発し、Webマーケティングと口コミだけで世界中に販売するビジネスモデルで成功した。同社製品はフォーチュン100企業のうちの85社が利用し、2人はIT企業のトップリーダーに位置付けられる存在だ。ファークァー氏は、JIRA開発のきっかけについて次のように述懐する。
「最初は手元にあった1万ドルで、テクニカルサポートの会社を作ろうとしたんだ。だが顧客は外国企業が多く、朝3時に起きなければならなかったりと、サポートビジネスは大変だと分かった。と同時に、自分自身にソフトウエア開発に対する情熱があることに気が付いた。そこで、まずは効率よくサポートするためのソフトウエアを作った。それがJIRAだったんだ」
ほどなくしてJIRAを製品としてリリースすると、使い勝手のいいバグトラッキング、イシュートラッキングシステムとして、企業で働くエンジニアにひっぱりだこになる。ユーザーが大きく広がった要因について、ファークァー氏は3つのポイントを挙げる。
1つは、製品開発にオープンソースコンポーネントを利用し、オープンソースコミュニティへの貢献も行うなど“オープンソースのモデル”を採ってきたこと。2つ目は従来型のウォーターフォール開発ではなく、Webに適したアジャイル開発を採用してきたこと。3つ目は、インターネットという新しい流通スタイルを活用してきたこと。「競合他社はこうしたポイントを押さえずに、昔ながらの開発手法と販売方法を採用していた。それが差別化の決め手になったのだと思う」。
具体的には、商用顧客は誰でもソースコードにアクセスし改良できるようにした。また、専門のセールスをおかず、Webマーケティングやコミュニティ活動を重視した。そして、ユーザーの意見を最優先にし、不評の場合はすぐに改善できるようにするなど、「顧客が望む製品の開発」にフォーカスして会社を運営してきたのだ。
米国で『アジャイルソフトウェア開発宣言(Manifesto for Agile Software Development)』が出されたのは2001年のこと。ファークァー氏は、Webを通じてそうした開発手法に親しみ、テキストを手に入れては耽読したという。エンドユーザーと直接意見を交わしながら真に役に立つソフトウエアをスピーディに作る――そうしたアジャイル開発の息吹をリアルタイムに感じ取り、それを自社に適用して成功した、最初の世代なのだ。
「何が良い製品か、何が市場に受け入れられるのか」はCEOでも分からない
事実、エンジニアの立場は、昔と今ではまったく違うという。以前は、営業部門が力を持ち、次に企画部門が力を持ち、彼らが顧客のニーズを聞いてきて、エンジニアに作らせていた。
ところが今のスタートアップでは、エンジニア自身が顧客の意見を聞き、自分たちでニーズに合った製品を作ることが“普通”になっている。かつてとは給料も違う。シリコンバレーで働く新人エンジニアの初任給は、年収1000万円を超える。これは、かつて営業が獲得していたような評価を、エンジニアが獲得できるようになっているためだ。
「誰かに作れと言われ、その通りに作るのではなく、エンジニアが顧客の近くで意見を聞いて製品を作っている。以前は、ライバル企業との競争は、"営業vs営業"の戦いだった。小さい戦いから始まり、それに勝ち進んでいき、最後は巨大ベンダーが相手になる。だが、今は"製品vs製品"の戦いだ。スタートアップ直後から巨大ベンダーがライバルで、製品が良ければ、その戦いに勝利を収めることも可能だ。だからこそ、エンジニアが重要になる」
これはIT分野に限らず見られる現象だという。例えば電気自動車のテスラモーターズは、一人の営業マンが一人の顧客を担当するそれまでの販売方法を変え、オンラインでの販売にフォーカスする販売体制にした。商談や納車、サポートなどはそれぞれ専門スタッフが担当する。つまり営業ではなく、製品・サービスに力を注ぐことが競争力につながっている。
「Atlassian自身も、そうしたスタイルで事業を拡大させてきた。2人でスタートし、ベンチャーキャピタルの支援もなかった。旗揚げの場所も世界的に見ればとても辺鄙なところ。だからWebでの流通やオープンソースコミュニティを重視した。製品の力だけが頼りだった」
ただ、どんな製品を作れば受け入れられるかはさっぱり分からなかった。だからこそ、開発手法にアジャイルを取り入れた。
「どんな製品が良いかはCEOでも分からない。スティーブ・ジョブズだって、何が売れるかは分からなかった。だからA/Bテストをして、市場が何を求めているかを探り、そのような製品をスピーディに作ることが大切になる。社内では、A/Bテストを行う専門部署があり、そこでの結果に基づいて製品を常に改良している。テストの結果にランチを賭けたりもしているよ。私も先日、ケバブをおごらされたばかりだ(笑)」
エンジニアに必要なスキルとは
ではこうした時代において、エンジニアは自分のキャリアをどう作っていくべきなのか。いま求められるスキルや持つべきビジョンについて、ファークァー氏は「まずはビジネスセンスを養うこと」を挙げる。
「多様なオープンソースコンポーネントや開発支援ツールを利用できるようになったことで、製品を作ることが以前よりも簡単になった。作るのが簡単になったということは、ただ“作ること”ではなく、“何を作るか”が重要になったということだ。これは、『どうすればビジネスに役立てられるか』を考えることが重要になったと言い換えることができる。エンジニアは技術の世界に閉じこもりがちだ。しかし、それではいい製品を作ることはできない」
では、ビジネススキルを養うにはどうすれば良いのか。ファークァー氏の答えは「人に会い、意見を聞く」ことだ。自分だけで勉強するのではなく、職場の先輩や後輩、同僚に意見を聞き、過去の事例を探り、顧客に直接聞きに行く。顧客と直接触れ合って、何を求めているかを知ることはビジネスに欠かせないスキルだという。
「むしろ、製品をよく知るエンジニアだからこそ、顧客への質問や提案を誰よりもうまくできるということでもある。こうした顧客とのインタフェースをどう作るかが大事だ。それができなければ、いいエンジニアにはなれない。もちろん、大学時代の良い成績や高い技術力はあった方がいい。だが一番大事なのは、『顧客が何を欲しがっているかを知るスキル』だ。テクノロジの進歩も、このスキルが支えてきた」
ファークァー氏自身、スタートアップ時代から、開発者として技術力を高めることだけでなく、顧客の意見を直接聞きにいくことを常に心掛けてきたという。とはいえ、「最初ははったりも必要だった」と振り返る。
「大手企業は小さなスタートアップなど相手にしない。だから自社のWebサイト上では、カスタマーサポート、セールス、マーケティングなど、架空の部署を複数作って、それぞれにメールアドレスを割り当てることで会社を大きく見せていた。そのどんな問い合わせにも、二人で対応していたんだ」
ビジネスと社会を変えようするエンジニアを強くサポートしていく
こうしたファークァー氏の考えは、5つの企業ビジョンから読み取ることができる。
- Open Company, No Bullshit――オープンカンパニー、デタラメはなし
- Build with Heart and Balance――心を込めてバランスを考えて作る
- Don't #@!% the Customer――顧客をないがしろにしない
- Play, as a Team――チームとして動く
- Be the Change You Seek――自分自身が変化の原動力になる
※Atlassianのコアバリュー(同社ホームページ「会社情報」より)
ファークァー氏は、「これまで最も苦労したことはエンジニアの採用と育成」だと話す。企業ビジョンには、そうしたエンジニアとしての成長、ビジネスとITの強固な連携に対する思いを込めているのだという。
そしてこれらの考え方は同社の製品・サービスにも反映されている。それは、課題管理ツール「JIRA」、チーム開発・コラボレーションのためのツール「Confluence」、チャットやファイルシェアのための「HipChat」などを見れば実感できるではないだろうか。
「チャレンジを続ける企業とエンジニアを、これからも強力にサポートしていきたい」と笑顔を浮かべるファークァー氏。エンジニアや開発に寄せる同氏の思いを、Atlassianの製品群からあらためて感じ取ってみてはいかがだろうか。
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