【株式会社NTTドコモ】業務フローとデータフローを一体化させたリアルタイム経営戦略システムを構築Business Computing事例研究(1/2 ページ)

携帯電話最大手のNTTドコモは2002年4月、新経営戦略システム「DREAMS」を導入した。ワークフローツールで各業務システム間を連携させ、業務とデータフローの一体化を実現。また会計・非会計データを2つのデータウェアハウスシステムに蓄積し、交互に切り替えて使うことで、いつでもリアルタイム情報を取得・分析できる仕組みを整えたという

» 2003年07月26日 12時00分 公開
[岩崎史絵,@IT]

 2002年4月、NTTドコモの経営戦略システム「DREAMS」がカットオーバーを迎えた。クライアント端末約3万台、UNIXサーバ49台、NTサーバ361台、ディスク容量185Tbytes、会計・非会計データ合わせて4700の分析画面を提供するという大規模なもの。日次5000万件のバッチ処理が走っており、「オープン系システムでは、世界最大規模」(NTTドコモ・情報システム部 西川清二部長)だという。

NTTドコモ 情報システム部
西川清二部長

 DREAMSは「DoCoMo REAl-time Management System」の頭文字を取った名称で、その名のとおり「ドコモグループの経営情報をリアルタイムに見るための仕組み」だ。最大の特徴は、日々発生するさまざまな業務データをリアルタイムにシステムに反映させ、「モノの流れ・お金の流れ・業務(勤務状態も含む)の流れ」と「データの流れ」を完全に一致させたこと。モノ・金の動きをリアルタイムにシステム上に反映させることで、その日の債権・債務の状況や携帯電話の販売実績、在庫、社員の勤務状況やプロジェクトの収支に至るまで、日々の経営状態が画面上で把握できるという。

 「ここでいう “リアルタイムマネジメント”とは、『業務の流れとデータの流れ』『お金の流れとデータの流れ』『モノの流れとデータの流れ』が一致し、システム上で現実の経営の姿がリアルタイムに把握できること。業務発生時に担当者が責任を持ってデータを入力することで、刻々と変わる経営状況を逐次把握できる仕組み――これを当社では『リアルタイムマネジメントの実現』と呼んでいます」(西川氏)。

 こうしたリアルタイムマネジメントは、システムという“器”の導入だけで実現できるものではない。まず「何らかの業務が発生するたびに、担当者がシステムにデータを入力する」という業務改革が必要だった。ただし、いくら口頭で「業務をこのように変えます」と説明しても、実際の業務プロセスがそのとおりに変わるとは限らない。そこで現場の入力負荷を軽減するため、スケジューラとワークフローツールを採用し、日々の業務プロセスとITを密着させることで、無理のない業務改革を進めた。これにより、「業務」と「モノ」と「お金」の流れをシステム上で一致させることで、リアルタイムマネジメントと業務品質の向上の両方を実現できたという。

 以下、NTTドコモの経営を担う「DREAMS」の全貌を明らかにする。

顧客対応システム「ALADIN」が開発の引き金に

 NTTドコモは、いわずと知れた携帯電話会社の国内最大手。国内37社の連結子会社を持ち、2002年度の連結決算は営業収益4兆8000億円。従業員数はグループトータルで計2万5000人、派遣社員なども含めると約4万人が勤務している。

 もともと経営革新に積極的な同社は、いち早く月次決算を施行しスピード経営を目指すなど、常に新しいマネジメントスタイルを模索してきた。その一方で、肝心のシステムが新しい経営手法に追い付いていないという問題も抱えていた。例えば月次決算にしても、締め日から結果が出てくるまでに数週間を要していた。従来の会計システムは親会社のNTTで使っていた仕組みを移行したもので、国際会計基準への対応はもちろん、連結会計機能も備えていなかったのだ。また携帯電話やPHSなど、各事業部別の収支についても「把握というより、“推定”するという状況だった」(西川氏)という。 こうした状況から、リアルタイムマネジメントを実現する新しい経営戦略システムが待たれたわけだ。 具体的に指向したのは、1999年の終わりごろだという。

 新経営戦略システムが生まれた背景には、3つの理由が控えている。1つは株式上場に伴い、IR活動が重要になってきたこと。IRといっても、単に経営の数値情報を開示すれば済むわけではない。その情報に基づき、経営に対する明確な説明責任(アカウンタビリティ)を果たすことが必要だ。こうした本格的なIRを推進するには、経営上の数値データだけでなく、どの事業部やプロジェクトがいまどんな状態にあるかをリアルタイムに把握・提供しなければならない。 そして新経営システムを後押しした理由の2点目として、「会計システムの刷新」という待ったなしの状況も挙げられる。前述したように、従来の会計システムでは、リアルタイムなグループ経営を実現するには機能面で不足だったのだ。 具体的に想定したのが、「企業の取引データが、その発生時に即座に入力され、システム上のデータのみでマネジメントが可能になるシステム」だった。

 もちろん、簡単に“リアルタイムマネジメント”といってもその実体はつかみにくい。だが同社には、すでに見本とすべきシステムが存在していた。それが顧客対応システム「ALADIN(ALl Around DoCoMo INformation systems)」だ。1997年5月に全国導入を完了したこのシステムは、新規携帯端末の販売から在庫引き当てに至る一連の顧客対応プロセスをリアルタイムに支援するもの。本システムの導入により、顧客対応業務の品質を格段に向上させていた。このALADINがきっかけとなり、新経営戦略システムも、リアルタイム性を重視した新しいアーキテクチャを指向した。これが3番目の理由だ。

 DREAMSのコンセプトの基礎となったALADINについて、もう少し詳しく見ていこう。ALADINがカバーするのは、在庫管理・顧客データの入力および管理・与信・番号付与・売り上げ計上といった顧客対応にかかわる業務フローだ。

 顧客がドコモショップに来店すると、店員はまずサービスオーダーを伺い、住所・氏名や通話料引き落とし口座などの基本情報を端末に入力する。この情報を基に、システムが自動的に与信チェックを行う。何も問題がなければ、電話番号を払い出して携帯電話端末のROM書きを行い、その番号のネットワーク接続指示を出す。そして端末の購入代金を受け取り、売り上げを計上する。さらに、「電話端末が1台売れた」ということで、販売台数「1」をインクリメントし、在庫データから1台分引き落とす。――ALADINを使えば、こうした一連のプロセスを、顧客が来店している間にすべて完結できるという。

 これにより、どこの店舗でどの機種がどれくらい売れたか、在庫は何台あるかといったことがリアルタイムに把握できるようになった。システム的にいえば、顧客データ・在庫データ・端末のROMの状態・ネットワーク状況・出納売り上げデータ・代理店情報など、主要なデータベースがリアルタイムに更新・連携され、しかも完全に同期が取れているということだ。こうした機能を、会計データを中心とするバックエンドシステムにも搭載することを考えた。 以上の点から、新経営戦略システムのコンセプトとして、「リアルタイムマネジメントの実現」「業務の抜本的な改革」「管理会計の充実」「制度会計へのスピーディな対応」の4点がまとめられた。

ERPではリアルタイムマネジメントを実現できない

 新経営戦略システムの設計に着手したのは1999年の第2四半期ごろ。まずは「ALADINが実現しているような機能を経営戦略システムに実装するにはどうすればよいか」という課題から派生し、あらためて「リアルタイムマネジメントとは何か」というテーマを見つめ直したという。

 そこでこれまでのシステムと業務の関係を見直すと、「システムは業務の後処理としてしか使われていなかった」(西川氏)という。従来の業務スタイルは、紙の書類を使った稟議・決裁・承認が主で、最後に「必要データをシステムに入力する」というプロセスだった。必然的に、システムには業務の結果しか入力されないことになる。実際の取引がどこまで進んでいるか、債権の回収具合はどうなっているか、現在の経営状況はどうなのかは分からない。また決算にしても、締め日までに入力されたデータしか集計対象にならないため、決算処理をいくら速くしても、出力された情報とその当日の実際の状況とは食い違いが生じる。こうした点から、「実際の取引とデータ入力が連動している」というプロセスをリアルタイムマネジメントのあるべき姿として描いた。

情報システム部が作成したDREAMSの仕様書。このファイルが15冊あるという

 だがこの論は当初なかなか受け入れられなかった。実際、経営陣からは「たくさんデータが出てきても、とても全部は見られない」「それよりも、月次データのアウトプットをもっと早く出してほしい」などの要求が出されたという。「しかし、よくよく考えてみると『取引とデータ入力が一致する』という抜本的な業務改革を行わない限り、経営陣の要求を実現するのは無理だということが分かりました。つまり、『いつでも、どんな視点からでも最新の経営状況が分かる』ということが実現できれば、データの洪水に悩まされることもなく、出力処理をひたすら待たなくても済むわけです。その時々で必要な情報を自分で取得すればよいのですから。こうしたシステムを実現するにはただ1つ、『システムと現実世界の業務が完全に同期を取っている』ということが条件でした」(西川氏)。

 一般的にいえば、こうした際にまず思い描くのがERPパッケージの導入だろう。しかし西川氏らは「ERPは、入力されたデータを迅速に処理するだけ。実際の業務の流れとデータ入力を一致させることは不可能」と判断した。たとえERPで出力処理を高速化できたとしても、出力された数値が実際の業務と連動しているわけではない。同社にとっては、「業務とシステムが連動する」ことこそベストプラクティスであり、パッケージに実装された“ベストプラクティス”の業務プロセスを踏襲することは得策でないという結論に至り、自社開発の道を選択したという。

 開発の際、留意したポイントは1つ。「業務フローとデータフローを一致させる」という点だ。そのためには、業務担当者(データの発生元)が責任を持って、業務が発生する都度データを入力するという手間が生じる。そこで日々の業務プロセスを突き詰めていくと、「決裁処理がポイント」だと気が付いた。例えば物品購入から出張申請、営業活動の進行にしても、必ず上長の承認が必要になる。ここにワークフローツールを導入して決裁プロセスを迅速化し、決裁・承認処理が行われると同時にデータベースに情報を自動的に入力できるようにすれば、システム上で全部の業務が完結する。日常業務で使うスケジューラと、ワークフローツールを組み合わせ、実際の業務の中で自然にシステムを使えるような仕組みを考案した。入力用画面としてスケジューラを用意し、個々の社員がスケジューラに入力したデータをワークフローツールが業務プロセスにのっとって処理し、データベースを更新していけば、エンドユーザーの入力負荷が軽減できるわけだ。

 例として、備品を購入するケースを挙げてみよう。社員が必要なアイテム名と個数、値段を入力し、ボタンを押せばワークフローツールを介して自動的に上司の元へデータが届く。上司が承認すると、データは発注処理へと受け継がれる。入荷したら検収を行い、OKを出すと会計システム側に債務データとして蓄積される。支払日に銀行へ支払いデータを送信すると、債務は回収される。つまりエンドユーザー側で「申請」と「承認」を行うだけで、後はシステム側で自動的にフローを回し、データベースを更新してくれるわけだ。こうした仕組みを整備することで、業務の流れとシステムフローを一致させることに成功したという。

日々の収入と支払いを債権・債務として管理

 もちろんフロント部分だけでなく、データを処理するバックエンドの仕組みも抜本的に見直す必要があった。グループ全体の経営状況を把握するには、営業収益・営業外収益・人件費・設備費などなど、あらゆるデータを収集・管理しなくてはならない。携帯電話の営業収益や代理店手数料などのデータはALADINから取得できるが、そのほかのデータについては複数のシステムにバラバラに入力・蓄積されていた。これを是正するため、主要システムの再構築にも着手。単にシステムを入れ替えるだけでなく、「リアルタイムにデータを処理するにはどうするか」ということに焦点を絞って企画化を進めた。

 例えば、通話料収入を考えてみよう。従来、ドコモのシステムでは月1回の請求日に合わせ、1カ月分の通話料を合計し、基本料金を足して請求書を発行していた。だが顧客は携帯電話を毎日使っているので、月1度の計算では日々どれだけの通話料が発生しているか把握できない。そこで料金システムを改善し、基本料金はもちろん通話料を「日々発生する債権」と考え、毎日計算処理できるようにした。通話料=債権データは会計システム側で「売り掛けデータ」ととらえられ、顧客から料金の振り込みがあったり、または料金引き落としを行った時点で1カ月分の通話料は「現金データ」として計上される。

 給与支払いも、同様のコンセプトを適用した。給与の場合、会社が従業員に支払うべき「債務」を負っていると考えられる。基本給のほか、時間外労働の手当も債務ととらえ、「未払い給与」という項目を立てるわけだ。時間外手当や出張手当については、社員が入力したスケジューラのデータを基に計算し、給料日に口座に振り込み、債務の消し込み処理を行う。このように、収入と支払いを債権・債務としてとらえ、スケジューラから入力された情報などを基に日々計算することで、お金・モノ・業務の状況をシステム上に再現したという。

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