「ITIL」の導入であなたも定時帰宅が可能に?トレンド解説(6)

企業のITコストのうち、システム運用にかかわる費用が7割を占めるといわれている。限られた予算、スタッフの中で、システム運用やサービス提供業務をどう効率化していくか。こうした問題のベストプラクティスとして注目されているのが「ITIL」だ。

» 2004年03月25日 12時00分 公開
[垣内郁栄,@IT]

 情報システムの運用管理に注目する企業が多くなっている。IT予算が潤沢な時代なら、新しいビジネスニーズに新システムの構築で応えるというケースが多かったが、IT予算が横ばいまたは減少する中、決められた予算・システム・人的リソースで期待される効果を発揮することが求められるからだ。運用管理の充実で期待されているのはITに関する生産性の向上や顧客満足度のアップ、もしくは品質を維持しながらのコストの削減だ。IT部門の予算のうち、新規システム開発に占める割合は3割前後で、残りの7割は運用管理やサポートに関する支出だといわれている。情報マネージャにとって運用管理の全体を向上させることは必須の条件になりつつあるのだ。

プロセス改善型で全体最適を目指す

 システムの運用管理、ITサービスの提供について国内のユーザー企業で関心が高まっているのがITIL(Information Technology Infrastructure Library)だ。ITILとはシステム運用管理、ITサービス管理に関するベストプラクティスを集めた手引集。1980年代に英国政府機関「CCTA」(Central Computer & Telecommunications Agency)が策定した。ITサービスのプラン、開発、提供、維持の各プロセスに関するガイドラインが定められていて、IT部門はその各ガイドラインに合わせてサービスレベル合意書(SLA)を締結。日々のプロセスを改善し、全体最適を目指す。

 ITILは運用管理、ITサービス管理のデファクト・スタンダードとされていて、発信元の英国をはじめとしてオーストラリアや米国など世界各地で導入が進んでいる。日本国内でも2003年5月、ベンダが中心となってITILの導入促進を目指す組織「ITサービスマネジメントフォーラムジャパン」(itSMF Japan)が設立され、セミナーなどを開催し啓もうに努めている。

 ITILの基礎にあるのは「ITこそがビジネス、ビジネスはITそのもの」という考え方。ITをIT部門だけが関係する特殊な要素と考えるのではなく、よりビジネスと密着させて考えるという方針を採っている。SLAをユーザー部門やトップマネジメントと結ぶことを通じて、ITサービスのプロセスだけでなく、ビジネスのプロセス全体を改善することを目的としている。

 特にITILでは企業の「人」「プロセス」「技術」に関する最適化を目指している。「人」とは実際にシステムを運営するスタッフや部門長、CIOを指し、「プロセス」はある一定のコストを投下され、期待されるアウトプットを出力するための組織体、「技術」はシステムの構成やリソースの管理、実装などを指す。人・プロセス・技術に関する各要素で、ITILに定められたガイドラインに準じて継続的に改善し、組織としてPDCA(Plan→Do→Check→Action)のサイクルを回していくことがITILの本質となる。

ITILの中心となる2つの要素

 ITILはITに関する要素はもちろん、ITとかかわるビジネスについてもベストプラクティスを記載していて、カバーする範囲はかなり広い。その中心となるのは「サービスサポート」と「サービスデリバリ」の2つの要素だ。

サービスデスク ユーザーコミュニケーションの窓口
インシデント管理 サービスを速やかに回復させる
問題管理 問題の根本原因を突き止める
構成管理 IT環境の構成要素を把握する
変更管理 IT環境に対する変更を効率的に管理
リリース管理 ソフト、ハード、ITサービスの実装を管理
表1 ITILで規定しているサービスサポートの範囲

サービスレベル管理 IT部門が締結したサービス内容を管理
ITサービス財務管理 IT資産と財源を管理し費用対効果を確認
ITサービス継続性管理 ITサービスを継続するための手段を整備
キャパシティ管理 現在と将来に対しITのキャパシティを管理
可用性管理 事業目標達成のためにIT能力を最適化する
表2 ITILで規定しているサービスデリバリの範囲

 サービスサポートは、日々行われるITサービスに関する具体的な運用手順を記載しており、IT部門でのサポート業務を構築するためのネタ本的な要素を持っている。

 内容を少しサマライズしてみよう。ITサービス提供の中心には「サービスデスク」を置き、ユーザーからのコンタクトポイントとしてサービス提供の起点とする。「電子メールが使えない」など、ユーザー部門からの連絡はサービスデスクが一括して受けて、問題を解決する。

 問題解決に関するITILのカテゴリは「インシデント管理」で、サービスを速やかに回復させるための手引/手順が記載されている。インシデント管理は問題を迅速に復旧し、ITサービスを早期に再開することに力点が置かれている。

 一方、問題の原因がシステム構成に関する内容で、今後も同様の問題が頻発することが予想される場合は「問題管理」のカテゴリで、その根本的な原因を探れるようになっている。

コンピュータ・アソシエイツ(CA)のUnicenter/eTrustブランドユニット ブランドユニットオーナー小屋敷泰教氏

 コンピュータ・アソシエイツ(CA)のUnicenter/eTrustブランドユニット ブランドユニットオーナー 小屋敷泰教氏の説明では「自動車が故障したときに連絡するJAFがサービスデスクの役割を持つ」という。JAFは現場に駆けつけて故障をできるだけ早く復旧しようと努める。これがインシデント管理に当たる。問題管理は故障の原因を探り、それがリコールに結び付くような自動車の構造的な問題かどうかを確認する。故障が構造的な問題が原因とされる場合は、自動車メーカーに連絡し改善させる。各プロセスで属人的な対応を廃してナレッジを蓄積、顧客満足度を向上させるのがITIL全体の目的といえる。

 サービスサポートにはほかに、ITリソースの全体像を把握するための「構成管理」、問題解決、プロセス改善のためにシステムを柔軟、迅速に変更するための「変更管理」、サービスをハードウェア、ソフトウェアにスムーズに実行するための「リリース管理」がある。それぞれについてIT部門はユーザー部門とSLAを結び、日々のプロセス改善に務めることになる。

 次に「サービスデリバリ」だ。サービスサポートは日々の運用に関する要素が中心なのに対して、サービスデリバリはよりビジネスにフォーカスした内容となっている。提供されるITサービスのクオリティを定量的に測定する「サービスレベル管理」と、ITに関する投資対効果を管理する「ITサービス財務管理」、ビジネスで要求されるシステム復旧時間に見合った技術とサービス提供手段を計画整備する「ITサービス継続性管理」、システムのキャパシティとパフォーマンスの費用対効果を管理する「キャパシティ管理」、事業目標達成のためにIT能力を最適化する「可用性管理」の各カテゴリがある。

 サービスサポートがIT部門を対象としたベストプラクティスであるのに対して、サービスデリバリはユーザー部門、トップマネジメントに対してITサービスを透過的に見せるためのプロセス構築を手助けする要素といえる。ITサービスに関するインプットとアウトプット、その間のプロセスが透過的に見えることで、IT部門が策定する予算の正当性を裏付けできる。「ITILは『このパフォーマンスを実現するためにここまで投資しましょう』というメジャーメントをIT部門、ユーザー部門、トップマネジメントの間で共有できる」(小屋敷氏)。その結果、「トップマネジメントにも運用管理が重要だという意識が高まる」というメリットがある。

スタッフの定時帰宅を可能にするITIL

 日本ヒューレット・パッカード(HP)のソフトウェア統括本部 ソフトウェア・マーケティング部 松木仁氏は、ITILによるメリットを「IT部門が前向きに仕事をできるようになる」と語る。

日本ヒューレット・パッカード ソフトウェア統括本部 ソフトウェア・マーケティング部 松木仁氏

 運用管理は、開発に比べて「後ろ向きな仕事というイメージがある」(松木氏)が、ITILを導入することでITがいかにビジネスに貢献しているかが、そのコストも含めて明らかになる。人・プロセス・技術を最適化することで、IT部門だけでなく、全社のプロセスが改善される。ITILは「組織としてのIT部門の成熟度を測る指標」(松木氏)であり、コストを平準化することで「IT部門全体が筋肉質になる」という。“何となくのIT部門”でなく、ビジネス戦略を具現化するための組織としてIT部門が全社に貢献できるようになるのである。松木氏によるとITILを導入したことでIT部門のスタッフの職務範囲が明確になり、定時帰宅が可能になったケースもあるという。

 ただ、ITILを導入すればIT部門が単純に最適化されるというわけではない。IT部門がこれまで行ってきた仕事の仕方をITILに準拠した方法に変更する必要があるし、全社のビジネスプロセスも改善する必要がある。そのための組織変更や新たなコスト投下も場合によっては必要だ。

BMCソフトウェア 技術本部 ソリューション技術部 ソリューションアーキテクト 松本浩彰氏

 BMCソフトウェアの技術本部 ソリューション技術部 ソリューションアーキテクト 松本浩彰氏が強調したのは、ITILの効果を測定するためのKPIの重要性だ。ITIL導入はすべての企業によって一律の方法で可能というわけではない。企業が持つそれぞれのIT部門の性格や企業規模、文化などによって導入の仕方は異なる。自社だけでITILを導入する企業もあるが、多くはSIerやコンサルティング・ファームと協力し、自社のアセスメントを行って導入の計画を立てる。ITIL全体を一括して導入するのではなく、段階的にITILを導入するケースも多い。

 このように、企業ごとに異なる環境を客観的に測定し、ITIL導入の効果を測るためのKPIが重要だという。すべてをコストや収益に反映させられるわけではないが、パフォーマンスや顧客へのサービス品質の向上を示す素材をIT部門に提供することで、トップマネジメントによるITIL導入の決断が促されると松本氏は見ている。

 ITILに準拠したプロセス改善を手助けするツールも登場してきている。BMCではITILのサービスデスク、アセット管理、サービスレベル管理、変更管理の各要素に対応したアプリケーションを統合したツール「Remedy IT Service Management 5.6」(ITSM Suite)を発表した。各アプリケーションはデータベースを共有することで、シームレスな連携が可能。サービスデスクによるユーザーからの問い合わせの登録、その問い合わせを解決するための変更リクエスト、必要な作業の特定や担当者の割り当て、IT資産の変更などが行われた場合のアセット管理情報の変更などがスムーズに行える。ITILに準拠した情報システム部の業務をバックアップするツールといえる。

 CAではツールとITIL導入エンジニアを育成する教育サービス、外部から企業の現状をアセスメントし、導入設計などを行うコンサルティング・サービスを組み合わせた「ITSM-BASEソリューション」を展開している。小屋敷氏によると、ITサービス管理の人材育成、コンサルティングの実績があるカナダのピンク・エレファント社と協業し開始した教育サービスが好調で「2月は満員だった」という。ツールについても「Unicenterの幅広いラインアップで、サービスサポート、サービスデリバリの2つに対応しているのが他社と異なる点」とアピールしている。

 HPも同社の統合管理ツール「OpenView」でITILに準拠した製品を出荷している。同社が提唱する次世代の情報システムの考え方である「アダプティブ・エンタープライズ」の一部分にITILを位置付けて、OpenViewで対応させたのが特徴。サービスデスクやインシデント管理、サービスレベル管理を自動化することができ、ビジネス変化を予測して俊敏にシステムを変更するための要素となっている。

「ツールだけではITILの導入はできない」

 ベンダは各種ツールやサービスを用意するが、「ツールだけではITILを適切に導入できない」という考えは共通している。ツールができるのはプロセスの中で人手でやっている部分を自動化したり、プロセス改善がITILに沿って行われているかを数値で客観的に評価すること。「ツール自体でITILを実現できるわけではない」(BMC 松本氏)というのが実際だ。

 松本氏は「ITIL導入は企業によってケース・バイ・ケース。企業のIT部門の成熟度や文化によって、ITILを運用管理の“バイブル”として使うか、“レファレンス”として使うかは異なる」と指摘する。ITサービスを提供する部門としてIT部門が自立している企業と、一度できたシステムの“お守り”が主でビジネスへの主体的な関与が少ないIT部門というように、性格の異なるITガバナンス、IT部門それぞれに対して、ITILは適用の仕方を変えることで利用できるようだ。

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