自己中な最低主人公、そしてヤシマ作戦発動!目指せ!シスアドの達人−第2部 飛躍編(12)(1/4 ページ)

» 2007年11月05日 12時00分 公開
[石黒由紀(シスアド達人倶楽部),@IT]

第11回までのあらすじ

前回、上司の名間瀬が情報漏えい事件を起こしてしまい、社内は大混乱となる。その漏えい事件は、西田副社長と対立する佐藤専務が副社長失脚を狙って企んだ陰謀だった……。豊若の機転で、漏えい事件を何とか乗り切った坂口だが、自分の実力のなさを痛感する。また、松嶋の機転で久々に谷田と2人きりになったものの……。



主人公は自分の仕事の役に立つ人間しか相手にしない冷血漢

 気まずい沈黙が続いている。

 松嶋が帰った後、グラスワインで乾杯した坂口と谷田は、ずらっと用意されたアラカルトメニューからいくつか注文した。この店は高級感漂う店構えだが、リーズナブルで食べやすいメニューも多かった。それをつつきながら、久々の会話となったのだが……。

坂口 「そ、それでさ……。上級シスアドの試験に合格しても、それだけじゃ全然一人前じゃない、ってことが今日分かったんだよ。いままでやってきたことだけじゃ、太刀打ちできない。もっと想像力を働かせて対応しないといけないんだ。それには、さらに勉強しないと……」

谷田 「そうですか……。頑張って勉強してくださいね」

坂口 「……」

谷田 「……」

坂口 「え、えーっと。ま、まぁ、豊若さんや松嶋さんがこれからプロジェクトに加わってくれるから、いろいろ吸収させてもらおうと思ってるんだけど……」

谷田 「……坂口さんの仕事の役に立つ方ばかりで、良かったですね」

 先ほどから、ずっとこんな調子なのだ。坂口は、ついつい天海や豊若といるときと同じ調子で話をしてしまう。谷田は谷田で、会話についていけないことにコンプレックスを感じ、うまく相づちを打てなくなっている。双方が手探りで話題を探しながら、沈黙を破るきっかけを作ろうとしているのだ。

谷田 「(あ、そうだ! この話題なら……)そういえば、初級シスアド勉強会のみんなと、打ち上げをしようっていってるんですよ。その会では坂口さんの合格祝いも兼ねませんか? ぜひ参加してください!」

坂口 「打ち上げかぁ。うーん、行きたいけど……。これから仕事が忙しくなるからなぁ……」

 谷田は悲しみなのか憤りなのか、胸の奥から込み上げてくる感情を必死に抑えようとしていた。

谷田 「……」(どうして? 松嶋さんの誘いならこうして食事に来るのに? 坂口さん、本社に行っちゃったら、私やサンドラフトサポートのみんなとの付き合いが面倒になったんじゃ……。さっきから、勉強とか吸収とか……。自分の仕事の役に立たない人間には、もう用がないってこと?)

 谷田の沈んだ表情に、坂口は慌てて言い訳をした。

坂口 「いや、本当にこれからもっと忙しくなるんだよ! 何しろ、室長はずっと日和見だと思ってたら、今日は大きなトラブルを引き起こしてしまったわけだしさ。サンドラフトサポートにもその話がいっただろうから、谷田さんも知ってるだろ? そのうえ、頼りのはずのメンバーはあの伊東だからな……。あいつ、俺が仕事を指示しないと、いつまでもお茶を飲んだり、ウロウロしながらこっちの様子をうかがったりしてるだけなんだ。なんかさ、親の周りでウロチョロする子猿みたいなんだよ。ほら、顔も猿に似てるし! それに……」

 うつむいて坂口の話を聞いていた谷田が、ふっと顔を上げた。

谷田 「いいかげんにしてください!」

 谷田の語気を強めたいい方に驚いた坂口は、思わず息を飲み込んだ。坂口としては、笑いを取ろうと必死で考えた話題だったのだが、谷田にはかえって逆効果だった。先ほどまで我慢していた感情が、一気に爆発してしまったのだ。

谷田 「誰でも坂口さんみたいに、仕事に打ち込めるわけじゃないんです! 伊東さんだって、何をすれば良いのかが分からなければ、坂口さんに教えてほしいと思いますよ? 坂口さんだって、豊若さんや松嶋さんに教えてもらうっていってたじゃないですか! 同じことでしょ?」

坂口 「た、谷田さん……」

谷田 「それに、仕事、仕事っていってるけど、後輩の伊東さんへの指導だって、坂口さんの仕事なんじゃないんですか? それもできていないのに、一生懸命な伊東さんをばかにするなんて……。まるで……、まるで、自分の成長に手を貸してくれる人としか付き合いたくないみたい!」

坂口 「そ、そんなことは……」

谷田 「伊東さん、頑張り屋さんですよ? 初級シスアドだって、残念な結果だったけど、よく勉強してました。しょっちゅう、質問のメールが来るんです。分からないことだらけで自分だって大変なのに、私を励ましてくれたり……。本当は、初級シスアドの勉強会に誘った坂口さんが、そのあたりをフォローしてあげないといけなかったんじゃないんですか? 結局、伊東さんを放っておいて自分のことを優先しているだけじゃないですか!」

坂口 「た、確かに……」

 一気に話した谷田は、ため息を1つついた。

谷田 「……ごめんなさい。言い過ぎました。……私、帰ります。いまの坂口さん、仕事に関係ない人と話しても、つまらないみたいだし……」

 谷田は席を立つと、軽く頭を下げて足早に店を出ていった。涙を必死でこらえていたのだが、その表情に坂口は気付くことができなかった。いや、顔を見ることもできず、引き止めることすらできなかったのだ。

 谷田のいうとおりだ。天海や豊若、松嶋のように、自分にいろいろと教えてくれる先輩たちばかりを追いかけていて、自分もそうなりたい、という理想ばかり追っていたのかもしれない。自然とほかのことがおろそかになっていたのだ。伊東は入社3年目だし、もっと面倒を見るべきだった。それをしなかったのは坂口のミスだ。

坂口 「……」(あんな谷田さん、初めて見た……。あんなこと、いわせちゃいけなかったのに……)

 1人取り残されたまま、坂口は深い後悔にさいなまれていた……。

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