欲望なんて、金持ちになってみなけりゃ分からない情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(9)

金で実現できるあらゆる欲望にまみれ、それらを突き抜けたときに、本当の何かが見つかる――堀江氏が言う「拝金」という言葉の真の意味とは何か?

» 2010年08月31日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

拝金

ALT ・著=堀江貴文
・徳間書店
・2010年6月
・ISBN-10:4198629668
・ISBN-13:978-4198629663
・1400円+税
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 「金の味」――それはとてつもなく甘く、「山の湧き水のような清涼感」をもって「カラダにしみわたる」シャトー・ディケムのようなものなのか、それとも、「いろんな味をどんどん削っていき、最後、味自体をなくした結果、美味だけを残した」極上のふぐ料理のごときものなのか。

 Windows95の登場を受けて、PCやWebが急激に浸透し始めた1996年、Web制作会社、オン・ザ・エッヂの創業メンバーとなり、インターネット広告事業を柱に増収増益を繰り返す中で次第に頭角を現していった堀江貴文氏。本作品は、その後、経営者として東証マザーズ上場、株式会社ライブドアの営業権取得、球団、メディア買収と、時代の頂点へと瞬く間に駆け上がっていった同氏の自伝的小説である。

 物語は、年収200万円のフリーター優作と、なぞの“オッサン”堀井健史との出会いから始まる。そしてオッサンの導くままに考え、行動するうちに、優作は大手IT企業の経営者になり、ついには時代の寵児へと上り詰めてしまうのである。だが、本作品は決して告白本のような“その場限り”のものではない。もちろん“一連の出来事の舞台裏”も魅力の1つだが、本書が真に提供してくれるものとは「金とは何か、ビジネスとは何か、そして人間とは、自分とは何か」を、自らに問い続けた者だけが獲得できる1つの哲学なのである。

 例えば「金」について――「金の価値は交換したい個人の欲望でいくらでも変動する」「欲望が金の価値を定める」。ビジネスについて――「商売の極意はやりたいことをするんじゃない。やっちゃいけないことを、しないことだ」「大切な選択は消去法で考えるほうがうまくいく」。「ビジネス初心者4カ条――元手は掛けない、在庫ゼロ、定期収入、利益率」。

 堀江氏が信条としてきたのであろう数々の言葉はシンプルでありながらも、つい見落としてしまいがちな“至言”と言えるものばかりである。こうした言葉に、多くの読者は「自分の考え方」や「ビジネスの在り方」をあらためて見直してみたくなるのではないだろうか。特に、これらの言葉を基に成功していく優作の姿は、一種のケーススタディとしても機能している。とりわけ、IT業界の読者にとっては、自社や自分自身が持っている有形無形の資産を拡大・拡張するための発想のヒントとなるはずである。

 ただ、本作品で最も注目すべきは、やはり「金」に関するこのひと言だろう。「本来、金は欲望を満たすための手段でしかない」――

 著者はあとがきで次のように述べている。「お金を持てば持つほどお金から解き放たれて自由に発想できるようになる」。そして「欲にまみれればまみれるほど、ある瞬間、その欲の世界から突き抜ける」ことができる――すなわち、金を持ってみなければ分からない世界があり、金を持って初めて自分の中に隠れているあらゆる欲望を知ることができる。しかし、本当の欲望とは「金がかもし出す甘美な世界では、決して味わい尽くせないもの」であり、それはあらゆる欲を果たし、突き抜けた後にしか見えてこないものなのだ、と訴えているのである。

 では「金では解決できない本当の欲望」とは何か?――それは「欲」が人の生の根源をなすものである以上、まさしく現代人が求めてやまない「生きる意味」そのものなのではないだろうか。

 そして、氏が本作品を通じて最も訴えたかったものとは、「金の亡者」などといった世間的評価を浴びながらも、果敢に「生の理由」を求め続けたピュアなまでの“パッション”そのものなのではないか――本作品を一読すると、そう思えてならないのである。タイトル「拝金」という言葉も、「いろんな味をどんどん削っていき、最後、味自体をなくした結果、美味だけを残した」極上のふぐ料理を食すがごとく、「金で実現できる欲望」を1つ1つ削り取っていき、最後に「生きる理由」そのものを味わう境地に至るための、言ってみれば1つの“求道法”なのであろう。

 むろん、生きる意味を探る方法は、「金を持つこと」だけではないだろうし、どの“方法”を選ぶかは読者1人1人の価値観にゆだねられている。だが、その方法を問わずとも、読後に胸に残る熱いものを感じながら、自分の“欲望”を見つめ直してみるだけでも、明日へのモチベーションはきっと高まるはずである。

 そして、おそらく本作品は、そうして氏のパッションを受け継いだ人たちが、実社会で構築していく“新たな物語群”のプロローグとして位置付けられたときに、初めて本当に完成したと見なされるのであろう。自身の体験を自身だけで終わらせず、より多くの人、より広い世界に還元し、影響を与えていく――それが本作品を著した堀江氏の真の“欲望”なのではないか、そのようにも思えるのである。


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