ソフトウェア開発を「肉体労働」にしたのは誰だ?情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(11)

「肉体労働」「3K」などと評されることも多いソフトウェア開発。しかし、それは間違いだ。いま、IT技術者はそうした世間からの“刷り込み”を払拭したうえで、この職業を正しく認識し直すことが大切なのではないか。

» 2010年09月14日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

知識労働とソフトウェア開発

ALT ・著=荒井玲子
・技術評論社
・2010年10月
・ISBN-10:4774143863
・ISBN-13:978-4774143866
・1780円+税
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 「このコードおかしいよ。これだとちゃんと動かない」「でも、サンプルどおりに作ってるし」。「納期に遅れそうって、もう少し早く分からなかった?」「もともと無理なスケジュールだし、間に合わなくても当たり前」――

 日々の開発業務の中で、こうしたやりとりを交わしたことがある、あるいは聞いたことがある人は少なくないのではないだろうか。もちろん質問に答えている側の言い分には一理あるし、シンパシーすら感じる。しかし、1人1人の開発技術者が“ビジネスマン”としての自覚と責任を持ち、顧客との約束を破らないために「自ら考え、工夫する」姿勢を貫かなければ、プロジェクトは円滑には進まないのだ。

 本書「知識労働とソフトウェア開発」は、“肉体労働”と揶揄(やゆ)されがちなIT技術者の仕事の現状を見直し、“知識労働者”という本来の姿を取り戻すには、具体的にどうすべきなのかを、さまざまな角度から解説した作品である。

 冒頭の例で言えば、「でも、サンプルどおり作ってるし」は理由にならない。「そのサンプルが何の問題を解決するために設計されているのか、そのサンプルがどんな思想をもって実装されているのか」を考えることが大切であり、この問題の原因は、「サンプルとは合わない設計や実装をしなくてはならないところでも、サンプルのように設計実装してしまう」――すなわち「設計や実装をしているという自覚」に乏しく、「いわゆる“作業”しかしていない」ためだと指摘する。

 一方、後者については、最初からできないことは「できない」と言うべきであり、そう言えないのは、ソフトウェア開発を「知」ではなく「根性」の作業ととらえているか、「約束を守る」ことがビジネスの最低条件であると受け止めていないためだ、と説く。すなわち、本書が最も強く主張しているのは、ソフトウェア開発とは、自ら考え、然るべき責任を持って期日どおりに目的を達する「ビジネスだという認識」を持つべきである、という点なのである。

 著者は経営学者/社会学者のピーター・F・ドラッカーの数々の言葉が、本書を著す契機になったという。ドラッカーはそのビジネス書、経営書の中で、ソフトウェア技術者を「知識労働者」と明確に位置付けたうえで、次のように解説しているという。

 「知識労働者の特質は、自らを労働者ではなく専門家と見なすことにある」「肉体労働ではいかに仕事をするかだけが問題だった。何をするかは自明だった。知識労働では、何をするか、何をしていなければならないかが問題である」――著者はこうした言葉から、「技術者が考える技術者像と、ビジネス分野が考える技術者像の乖離(かいり)」に気付いたそうだ。しかし著者でなくとも、いまこの言葉を読んだあなたも、これらの言葉から直感的にさまざまな示唆を受けたのではないだろうか。

 本作品では、こうした言葉を基に、「自ら創意工夫する」開発者のあるべき姿、「注目されているから」ではなく、明確な目的意識に基づいてUMLを活用することの重要性、システムの全ステークホルダーをプロジェクトに巻き込みながら「方向とゴールを示し」、「実務を着実に遂行させていく」ITアーキテクトのあるべき姿などを、極めて具体的に解説している。

 開発現場で働く人にとっては「手厳しい」と感じる部分もあるかもしれない。だが、冷静かつ客観的に読めば、ここに書かれていることは「ソフトウェア開発の基礎であり、鉄則である」と理解できるはずである。そして、IT技術者とは“肉体労働者”でも“3K職”でもなければ、逆に“難しいことをやっている”と自信過剰になるような職業でもない、顧客や関係者と協調しながら、目的に向けて、スケジュールどおりに成果を出す「ビジネスマン」なのだと、認識を正すことができるのではないだろうか。


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