人はなぜ不正を働くのか?情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(115)

人間は誰しもずるをしたり、うそをついたりするものだ。どのようなメカニズムで起こるのか。行動経済学者がユニークな実験を基に解明する。

» 2012年12月11日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

ずる―嘘とごまかしの行動経済学

ずる?嘘とごまかしの行動経済学

著=ダン・アリエリー
発行=早川書房
2012年12月
ISBN-10:4152093412
ISBN-13:978-4152093417
1800円+税
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 インパクトのあるタイトルとは裏腹に、学術的な分析と調査に基づき、「不正」に対する人間のユニークな行動パターンについて考察を加えているのが本書である。

 一般的に、大多数の人間は、不正をするのは一握りの悪人だけであり、自分自身は正直者だと思っている。しかし、本当は誰もが程度の差こそあれ、「ずる」をしたり、うそをついたりする。そして、その小さなごまかしが大きな不正につながることもあるのだという。本書の冒頭では、粉飾決算が明るみに出て2001年に破たんした米Enronのエピソードに触れられているが、誰しもが同社のCEOやCFOのような“悪人”になる恐れがあることを暗に示唆している。

 不正はなぜ起きるのだろうか。これまでの合理的経済学においては、シカゴ大学の経済学者でノーベル賞受賞者のゲーリー・ベッカー教授が提唱した概念が不正行為についての支配的な考え方となっている。人間はそれぞれの状況を合理的に分析し、それを基に犯罪を行うかどうかを決めるというものだ。不正に対する考え方は、3つの基本要素から成り立っている。犯罪から得られる便益、捕まる確率、捕まった場合に予想される処罰だ。合理的な人間は、最初の要素(便益)と残り2つの要素(費用)とを天秤にかけて、1つ1つの犯罪が実行に値するかしないかを判断するのだという。具体的な例を以下に引用する。

 「ある日会合に遅れそうになったベッカーは、合法的な駐車場が見当たらなかったので、チケットを切られるリスクを冒して、違法駐車することに決めた。ベッカーは、この状況で自分の思考がどんな風に働いたかをじっくり考えた。そして自分がこの決定を、想定される費用(捕まり、罰金を科され、レッカー移動されること)と、会合に間に合うことの便益とを比較検討するだけで下したことに気が付いた。費用と便益とを天秤にかける際、善悪の判断が入り込む余地はなく、単に起こり得る好ましい結果と好ましくない結果を比較しただけである」

 このような仕組みを、著者は「シンプル的な合理的犯罪モデル」(Simple Model of Rational Crime:SMORC)と呼ぶ。SMORCの考え方にのっとると、ごまかしをしてもばれたり罰されたりせずに、より多くのお金が得られるチャンスがあるとき、人はもっとごまかしをするべきだということになる。果たしてそうなのだろうか。

 これを実証するために、著者はさまざまな実験を行った。本書の中でもバラエティに富んだ数多くの具体的な取り組みが紹介されている。これらの実験結果から導き出されたのは、不正の動機となるのは、主に個人の「つじつま合わせ係数」(fudge factor)であって、SMORCではないということである。つじつま合わせ係数とは、科学で理論値と観測値との間にズレが見られるとき、つじつまを合わせるために導入される補填項のことである。著者の仮説によると、人間は正直でありたいと思いながら、一方でずるをして得をしたいとも考える。そのせいで「正直な人間」という自己イメージと実際の行動との間にズレが生じることがある。そうしたときにこの係数の大きさを自在に変えることでズレを解消しようとするのだ。

 本書で示されるように、利己的な欲求を正当化する能力が高まると、つじつま合わせ係数も大きくなり、その結果、不品行や不正行為をしても違和感を覚えにくくなる。例えば、煩わしい作業だったり、苦痛なダイエットだったりによって意志力がすり減ると、欲求を抑えるのにとても苦労するようになり、その苦労のせいで正直さまでがすり減ってしまい、ずるやごまかしといった不正を行ってしまいがちなのだという。

 本書の狙いは、調査や実験などさまざまなアプローチから、人間を不正に向かわせる本当の力を明らかにし、この正しい理解を基に不正を減らしていくことにある。一例として、道徳心は不正直なことをしたくなるような状況において、更生を促す効果があることが実験結果から示されている。

 人間の深層心理に迫る本書は、日常的に対人コミュニケーションが行われているビジネスシーンに身を置く人たちにとって、モノの見方を大きく広げてくれるはずだ。

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