システムを合理化するなら、まず他部門と交流しよう情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(15)

情報システムを全体最適化するためにはどうすれば良いのか? そのポイントはビジネスプロセスの可視化とSOA、クラウド、オープンソースの活用にある。だが、実はそれ以上に大切な鍵も存在する。

» 2010年10月12日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

百年アーキテクチャ

ALT ・著=宗平順己、明神知、大場克哉、池田大、今井英貴、谷上和幸/監修=平山輝
・日経BP社
・2010年8月
・ISBN-10:4822234436
・ISBN-13:978-4822234430
・1500円+税
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 近年、多くの情報システム部員が苦しんでいる。経営企画部や経理部長などからは「サーバの台数が多すぎる。運用保守コストが高過ぎではないか」などと責められ、ユーザー部門から「ちよっとシステムを改修したい」と言われて費用を概算してみれば、テータ連携している複数のシステムの改修が必要になるため、多額のコストと手間が掛かることが判明し、「なぜたったこれだけのことに……」などと非難される。

 情報システム部門にとって、それが長年の慣習だったとはいえ、これまでユーザー部門に求められるがまま、その場その場でシステムを増改築してきてしまった。結果、サーバ台数はふくれあがり、ハードウェア、OSから、ミドルウェア、アプリケーション、UIに至るまで、それぞれ独自の構造を持ったシステムが乱立してしまった。さらに、それぞれが複数のシステムとデータ連携しているため、データの流れが複雑に錯綜しスパゲティ化している。従って、ちょっとした改修でも多額のコストと手間が掛かってしまう。そう、こうした事態に至ってしまった真因は“部分最適の慣習”にある――情報システムにかかわる多くの人々は、それを痛いほど分かっているのだ。

 だが、IT系の雑誌やWebなどをひもといたところで、「全体最適が重要」と指摘しているばかりで、参考にはなっても回答=“自社にとっての解決策”が得られるわけではない。結局、関係者の一番の苦しみとは、改善の必要性を強く感じていながら、業務に追われる中で「自社の場合はどう改善していけば良いのか」「何から着手すべきなのか」、なかなか具体的な方策が立てづらい、といったジレンマにあるのではないだろうか。

 その点、本書「百年アーキテクチャ」は、“回答”とは言わずとも、それに近いレベルの示唆を与えてくれるはずである。というのも、本書は大阪ガスのIT部門であるとともに外販も行っているオージス総研が、これまでの業務経験を基に、必要以上にコストを掛けることなく状況変化に柔軟に対応できる「百年持つ情報システム」へと改善するノウハウを、多くの企業が利用できるよう標準化した作品なのである。

 タイトル「百年アーキテクチャ」とは、1907年に建築されたニューヨークのプラザホテルに由来している。「建築当初はホテルとして使われていたが」、その後、改修が行われ、現在「主要部分は超高級コンドミニアムとして」使われているという。これを受けて、本書では「持続可能な建築物とは、百年経っても老朽化しない建造物ではなく」、「時代の変化とニーズの変化に対応できる適応性を持った建造物なのである」と解説。情報システムも、「時代の流れに耐えるしっかりとしたシンプルな基本構造を持ち、ニーズや環境の変化に合わせて機能を用意に追加変更できる適応性を備えることによって」「百年間持続させることができるはずだ」と指摘しているのである。

 では、「しっかりとしたシンプルな基本構造」と「ニーズや環境の変化に合わせて機能を容易に追加変更できる適応性」を実現するカギとなるものは何か。

 前者は、ビジネスプロセスモデリングだという。業務を可視化し、「業務を実現するために、どのような関係者がおり、関係者間でどのようなものやカネ、そして情報を、どのような順番で受け渡しするのかを整理する」。そうして現状を把握したら、あるべき姿を導き出し、「可視化されたビジネスのモデルに基づき、モデルをできるだけそのままの形で情報システムに移していく」。後者のカギとなるのは、SOAとクラウドサービスである。これにより、「ビジネスプロセスが変更された場合には、新しいサービスを追加したり、サービスを利用する順序やルールを変更することで素早く対応できる」。また「ソースコードを修正できるため、自社のニーズに合わせてカスタマイズできる」オープンソースもシステムの柔軟性を高める武器になると勧めている。

 とはいえ、いきなりこうした仕組みに改革することはできない。そこで本書が勧めるのは「継続的な取り組みによりアーキテクチャの成熟度を高める」ことである。具体的には、個別最適がもたらしている問題を把握する「1.気付き」→シンプルな基本構造を作り、可能なものはアウトソースする「2.ITの標準化」→組織内の活動で集約できるものはまとめ、最重要なコアプロセスに集中する「3.ビジネスプロセスの標準化」→市場変化に対応してビジネスを再編可能とする「4.ビジネスのモジュール化」、さらに再編したビジネスにシステムを適応させる「5.ITの適応再生化」の手順を踏み、その後2〜5のプロセスを繰り返す。

 このループを着実に繰り返していけば、「サイロ型システム」から、システムを効率化できる「IT標準化」のレベルへ、さらに全体最適の視点からビジネスプロセスとコアデータを整備する「ビジネス最適化」を経て、最終的には変化に応じてビジネスプロセスとITを組み替えられる「ビジネスモジュール化」のステージに到達できるという。

 このようにロードマップだけを俯瞰(ふかん)すると、非常にオーソドックスな印象も受けるが、同時に「やはりシステム改善に王道はないのだ」とあらためて痛感させられる。そして何より興味深いのは、著者がこうしたプロセスについて、「IT活用能力を磨き、組織として強く、安く、誰でも、どこでも戦える『俊敏な企業』へ向かう」こと――すなわち「百年アーキテクチャの整備とは、組織能力の整備なのである」と換言していることだろう。

 著者は、こうした改革は「従業員やマネージャ、取引先などあらゆるステークホルダーを巻き込むことに工夫をどれだけ凝らせるか」が成功要因になると指摘する。それが全体最適化の鍵だとすれば、部分最適化に陥った最大の理由も、実はこうした部門間の相互理解、コミュニケーションの在り方にこそ問題があったと言えるのはないだろうか。すなわち、スパゲティ化したシステムとは、部門間のゆがんだ関係、ぎこちない人間関係の縮図とも言えるのかもしれない。

 なお、こうしたプロセスを踏むためには、あらゆる知識やノウハウ、方法論、緻密な投資判断などが求められるが、本書ではそうしたアイテムをすべて網羅している。本書の内容を自社なりのロードマップにカスタマイズし、その都度必要な知識をここから掘り下げていく、といった使い方をすると非常に有効なのではないだろうか。


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