あなたがいまの会社に入った理由は何ですか?情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(28)

どんな企業も成功を重ねていくと、何かと保守的になり、ついには自滅への道をたどりかねない“大企業病”にかかる危険性を秘めている。不況で何かと保守的な考え方が横行しがちないま、もう一度、創業当初のビジョンを思い出すことが大切なのではないだろうか。

» 2011年02月01日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた

ALT ・著=辻野晃一郎
・発行=新潮社
・2010年11月
・ISBN-10:4103288213
・ISBN-13:978-4103288213
・1500円+税
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 「そもそもお前はなんでこんなものを作ってるんだ? 余計なことはやめてアップルに行ってiTunesを使わせてくれと言って頭を下げれば済む話だろ」―― アップルへの対抗軸として、音楽レーベル各社との連携も深めた上で、ようやく開発した「ウォークマンAシリーズ」。そのプレゼンの席で副社長が言い放った言葉に、彼は思わずこう切り返す。「あなたにはプライドというものはないんですか?」。これに対して副社長が言い捨てたのは、「お前、プライドでいくら儲かると思ってるんだ?」という、“かつてのソニー”ならあり得なかったセリフであった。

 本書「グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた」は、VAIO、スゴ録など、ソニーにおいて大ヒット商品を次々と生み出した辻野晃一郎氏が、同社を退社した後、グーグルに入社して1年あまり日本法人代表取締役社長を務めた体験を振り返った作品である。ソニー時代に培った経験と、グーグルで得た数々の気付きから、クラウド時代、グローバル時代に企業が勝ち抜くためには何が求められるのか、そのポイントを指摘している。

 冒頭のやり取りは、携帯音楽プレーヤートップブランドの地位をiPodから奪還すべく、ソニーが2004年に立ち上げた戦略チーム、「コネクトカンパニー」のリーダーを辻野氏が務めていた際の出来事である。当時のソニーは「超優良企業として成長を続けてきたための弊害が随所に出てきて」おり、社内は「完全にガバナンスを失っていた」状態だったという。「プライドやビジョンや技術を軽視した保守的な言動」が横行し、「自らリスクを取る挑戦者たちを極端に粗末に扱」う風潮も高まっており、これがあのソニーかと目を覆わんばかりの惨状だったそうだ。

 かつてのソニーは逆であった。「ビジョンがすべて」であり、他社に先駆けて新しいものにチャレンジし、常に先頭を走ることにこだわっていた。だからこそ同氏は入社し、勤め続けてきたのだ。だが、そのコネクトカンパニーの解体をきっかけにソニーに見切りを付けた辻野氏は、その後出会ったグーグルに運命的なものを感じるようになる。“かつてソニーが持っていた特質”を、グーグルがそのまま持っていたためだ。

 その特質とは、グーグルがホームページに掲げている有名な経営理念、「10の事実」だ。中でも同氏が共感したのは「すばらしい、では足りない」という言葉だった。これは「全世界のユーザーがまだ具体的にイメージしていないニーズを予測して製品やサービスを開発し、新たなスタンダードを作りだすこと」という意味だが、辻野氏はこれに対して、「どこかで聞いたことがある馴染み深い表現」と感じるとともに、成長し続けるグーグルの姿に、自分がほれ込んでいたかつてのソニーの姿を見出すのである。

 こうした両社での経験を基に、辻野氏は「職級や組織の壁が厚く柔軟性に欠けた日本企業と、フラットな企業文化でフロンティア精神に溢れた新興企業」、また「オフライン時代のもの作りと、オンライン時代のもの作り」という2つの構図を見出す。そしてグローバル時代、クラウド時代において、日本企業が「出遅れ」ている一因は「日本人の完ぺき主義」にあるのではないか、と分析するのである。

 例えば、「『壊れない、壊れにくい』ことを前提にしたもの作りの体質」は、スピードが求められるネット時代においては「必ずしも合理的とは言えない」。「むしろ(ネット経由で修復できる場合は)できるだけ早い段階で出荷し、インターネットの『群集の英知』を使って問題発見・問題修復した方が合理的」と言えるのではないか。また、社内で何らかの問題に対応するときも、グーグルでは日時を決めて、多くの社員が協力し合い、一度に問題解決のためのアイデア出しなどを行う。しかし日本企業は「まず全社プロジェクトを結成しよう」などと、とかく動きが大仰で鈍重になりやすい――。

 筆者はこうした違いを挙げて、いまは「まずやってみようという思い切りの良さ」が大切なのではないかと指摘するのである。むろん、企業として成長するための方法は、一社一社が異なるし、ここに書かれていることも唯一の正解ではない。だが、多くの日本企業にとって、普遍的な問題点を突いていることもまた事実であろう。

 また、この提言からあらためて注目されるのは、どんな企業も、創業当初は明確なビジョンの下、フレッシュな感覚を持って、チャレンジングな毎日を送っていたのではないか、ということである。それが何度かの成功を経験するうちに、どこかで間違えると、次第に保守的になり、群集の中からはみ出すことが怖くなり、「無駄なマイナスエネルギーが」内に向かって消費され、空疎なプライドだけを抱えて、ついには腐ってしまう。“企業は人なり”というが、社会で活躍するのも、引きこもるのも、一人の人間と同じような過程をたどるものなのだろう。辻野氏がほれていたのも「ソニーという会社」ではなく、ソニーという“法人格”が持っていた姿勢や生き方だったのだ。

 さて、そこであらためて考えたいのが、われわれ自身のことである。本書は一種の自伝として話が進むため、“主人公”である辻野氏に感情移入しながら読むこともできる。その辻野氏と同じように、あなた自身の来し方と、あなたの会社・組織の行く末を見つめたとき、あなたの胸には何が去来するだろうか? 働き始めたときのときめきか、それとも現状に対する慨嘆か――本書をフレームワークとして“自分の物語”を振り返ってみると、そうした問い掛けの中から、自分が会社や仕事に求めているものは何なのか、自社のビジョンとはどんなものだったのか、その中で自分はどう振る舞うべきなのかといった、さまざまな“道標”が見えてくるのではないだろうか。


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