情報システム部門は“言いなり”から脱却せよ情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(32)

自社の目指すゴールから業務の在り方を考え、それに基づいてITシステムの構成を導き出す――そんな基本の重要性は、クラウド時代になっても変わらない。いや、むしろそうしたIT戦略立案の基礎体力が、従来以上に強く求められるようになるのだ。

» 2011年03月01日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

一歩先のクラウド戦略

ALT ・著=遠藤功/大野隆司
・発行=東洋経済新報社
・2011年2月
・ISBN-10:4492580883
・ISBN-13:978-4492580882
・1600円+税
※注文ページへ

 「クラウドの採用は、必然的にシステムの構成にメリハリをつけることとなる。メリハリは、いままでの仕事やスキルに対して、厳しい『取捨選択』を迫ることになる。蓄積してきた経験を捨てることも必要になってくる」。こうした取り組みは「経営者が意思決定をし、音頭をとらなければ」始まらない――。

 本書「一歩先のクラウド戦略」は、ITの活用が業務遂行の必須条件となっているいま、ITに対する理解・関心が薄いがゆえに“競争劣位”に立たされることのないよう、ITを苦手としている経営層に向けて「IT利活用の勘所」を説いた作品である。著者は冒頭の言葉によって、まず業務プロセスを精査した上で、自社で持つべき重要なシステムは何か、持たずに利用すべきシステムは何か、そして捨てるべきプロセスとシステムは何なのか、自社の戦略や業務に基づいて経営層自ら判断せよと、「専門家任せの傾向」に警鐘を鳴らしているのである。

 ただ、本書はそうしたメッセージの主張だけに終わっていない点に特徴がある。今後、世界市場で日本企業が生き残るためには何が必要なのか、その実践のためにはどんな業務オペレーションが求められるのか、それを支えるITシステムはどう構築すべきなのか、といった具合に、「システムの構成にメリハリをつける」上での考え方や方法を、理詰めでシンプルに説いているのだ。つまり、いま考えるべきIT戦略の全容を見渡せる構成としているのである。この点で、本書は「ITが苦手な人」だけではなく、情報システム部門の技術者にとっても、自分がかかわっている“仕事の全体像”を把握する上で有用なのではないだろうか。

 そうしたIT戦略として、著者が提案するのは、新興国の台頭による低価格競争に巻き込まれないよう、日本独自の「プレミアム戦略」を打ち出していく戦略だ。これは製品・サービスの信頼性/耐久性といった「機能的価値」と、ワクワクする/満足するといった人の情緒、感性に働き掛ける「情緒的価値」を掛け合わせることで、製品・サービスの付加価値を向上させ、差別化しよう、といった考え方である。

 ただ、このプレミアム戦略の実現には、各部門が有機的に連携し、効率的に業務を回せる「強い現場」が不可欠となる。「品質は、どこかひとつの部門や機能がつくるものでは」なく、「あくまで価値創造の『連鎖』から生み出されるもので、『連鎖の品質』こそが『製品の品質』であり、『サービスの品質』につながる」ためだ。

 では、そうした現場を作るためにはどうすれば良いのか? これに対する回答として、筆者は業務を「見える化」して業務プロセスを整理した上で、各部門・各プロセスを「つなぐ化」することが重要だと説くのである。そして「つなぐ化」の実現には、人の連携を指す“人間系のつなぐ化”と、“連鎖”のオペレーション全体を支える各種ITシステムが必要だと解説するのだ。

 ポイントは、ITシステムの利活用について、その目的ごとに留意点を解説している点だ。例えば「知恵の見える化」なら、ITを使ってナレッジマネジメントを推進している例もあるが、「情報を見る人」への配慮が欠けているために、「使えない情報のゴミ箱」と化している例も多い。そこで、ITを使う際には、単に情報共有ツールを導入すればいいというものではなく、「情報の質の在り方」や「ストックのし方」も考えておく必要があることなどを説いている。

 一方、調達、生産、販売といったオペレーション全体の品質を担保する上では、「個人による(作業や判断の)ブレの防止と、PDCAサイクルの(オペレーションへの)埋め込みが必要だ」と解説する。具体的には、問題対応の優先順位付けや、エラー発生時の修正処理の在り方など、まず“連鎖の品質を担保するためのルール”を決めておき、その上でルールを管理するデータベースや意思決定支援ツール、モニタリングツールなどを使うことで、そのルールを順守した状態でオペレーションを回せる環境を構築すべきだと説くのである。

 そして筆者は、クラウドサービスについても特別扱いはせず、“高品質な連鎖”を実現するための一つの選択肢として紹介するのだ。それも、メリット、デメリットの両面を解説することで、その利用について慎重な判断を促している。例えば、SaaSはスピーディに導入できるが、自社システムと上手にデータ連携できなければ「情報の分断」が起きてしまう。それゆえ連携の在り方などを考えず、「構築期間の短縮」やコストの安さばかりに気をとられていると、部分最適の集積である「80年代のシステム」に退行しかねない、といった具合だ。こうした解説を通じて、SaaSを利用すべきシステム、自社で持つべきシステムを切り分けるための、さまざまなヒントを提供しているのである。

 このように、ビジネスの目的からそれを支えるITシステムまで順を追って説かれると、本書は「一歩先のクラウド戦略」と題してはいるものの、目新しいことを主張しているわけではなく、「目的から考える」というごく基本的なことを説いているに過ぎないと理解できる。ただ、クラウドサービスの進展により、アイテムを手軽に利用できるようになった分、「どう使いこなすか」という企業のIT活用の基礎体力も、業績にシビアに反映される状況になっている。すなわち、冒頭で紹介した言葉のように、システム構成に高いレベルで「メリハリをつけ」られなければ、“競争劣位”に立たされかねない環境になっているのだ。「ITが苦手な人」に向けた作品だから、という理由だけではなく、筆者はその点にも注視して、あらためて「基礎の重要性」を説いているのだろう。

 だが、現実はどうだろう。経営層や業務部門は「ITが苦手」であるゆえに仕組み作りを「丸投げ」し、そうした丸投げ体質が、情報システム部門の「受け身体質」を強化してきた。このような体質のまま、クラウドを有効活用することは可能なのだろうか?――あるべきITシステムを考える上で、「経営層が音頭を取る」のを待っていることはない。本書を通じて「業務側と現在のIT部門が共同で戦略を読解し、オペレーションを設計していく」体制の重要性を認識し、まずは情報システム部門から、ビジネスやそれを支えるオペレーションへの理解を深め、提案していくのが得策なのではないだろうか。


この新連載で紹介した書籍は、順時、インデックスページに蓄積していきます(ページ上部のアイコンをクリックしてもインデックスページに飛ぶことができます)。旧ブックガイドのインデックスはこちらをご覧ください。


「情報マネージャとSEのための「今週の1冊」」バックナンバー

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ