リーダーの仕事は環境作り。スタンドプレーではない情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(46)

人や組織を率いる立場にある人にとって、一番大切なのは、ステークホルダー全員のメリットを考える姿勢と、一喜一憂せずに当初のビジョンを追求し続けるひたむきさだ。

» 2011年06月14日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

マイクロソフトで学んだこと、マイクロソフトだからできること。

ALT ・著=樋口泰行
・発行=東洋経済新報社
・2011年5月
・ISBN-10:4492502165
・ISBN-13:978-4492502167
・1600円+税
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 「グローバルな世界に目を向けると、経営とITは完全に一体化しており、ITは企業の事業線化略、経営戦略と密接に結びついたものになっている」。しかし日本では「今なお、部署ごとにバラバラなシステムが」使われている例もある。企業のインフラとしてのITがこのような状態では日本企業の競争力を高めることは難しい。「まずはインフラを世界標準並みに整備して、その上で日本企業らしい独自の戦略を構築する」ことが必要なのではないか――。

 本書、「マイクロソフトで学んだこと、マイクロソフトでできること」は、日本ヒューレット・パッカードやダイエーを経て、2008年にマイクロソフト(以下、MS)代表執行役社長に就任した樋口泰行氏が、同社の企業文化と自身の胸の内をつづった作品である。前書きで登場する冒頭の言葉は、その内容だけを見れば、すでに言い尽くされたテーマではある。だが、第一章を読み始めてすぐに、これはMSの文化に対する同氏の共感であるとともに、「ビジネスの本質は、目新しさを追求することではなく、ステークホルダーのメリットを追求することだ」というひたむきな決意表明でもあるのだろうと気付く。

 というのも、氏も入社以前には“成功している企業”に対して誰もが思い描くような先入観があったそうだ。それは保守的で、上下間、部門間の風通しも悪い、いわゆる大企業病的なイメージだが、実際には「経営陣が危機感を持ち」、一般社員と同じように「製品を愛し、とにかく猛烈に」働いていた。何よりビル・ゲイツ氏自身が「すべての家庭とすべての机にパソコンを」という創業時からのビジョンを今なお堅持しており、経営の軸はまったくブレていなかったのだという。

 「経営陣が危機感を持つ」「企業の社会的存在意義を追求する」。こうしたことは企業にとって“当たり前”のことかもしれない。だが、それを実際に行うのは難しい。それを実現できている様子を見て、氏は「経営陣のこうした姿勢ゆえに、会社全体が世の中をよくするために働くという気持ちになるのだ」と感じたのだという。つまり冒頭の言葉は、「当たり前のことを着実にこなし続けるひたむきさ」への共感であるとともに、氏自身も、何か特別なことをするのではなく、日本にとって本当に大切なことを実現してやろうと考えたのではないかと思えるのである。

 実際、そうした視点で読んでみると、本書全体が、MSへの共感を基にした「ビジネス成功のための指南書」となっていることが分かる。中でも軸となっているのは、同氏が社長就任後にまとめた「マイクロソフト社員のビジネス行動規範」だ。「お客さま第一主義/組織間連携とコラボレーションマインド/「最短距離」でのビジネス遂行/戦略実行インパクトの最大化/執念とパッションをベースにしたハートフルなオペレーション」と、「これまた当たり前」の内容だが、 同氏は「それゆえに重要だ」と主張するのである。

 例えば「お客さま第一主義」について、氏は「技術力があるがゆえに、ともすれば技術のほうに向いてしまうことが、テクノロジーカンパニーには多々ある」と指摘する。だが同社ではWindows 7の開発スタート時、米MS本社 役員 スティーブン・シノフスキー氏が、開発メンバーに「6カ月間、コードは書かずに、ヒアリングせよ」と厳命したという。これにより米国本社の開発者が日本にもやってきて、「こんな機能があったらどうか」と絵を描いて実際に顧客に見てもらったそうだ。「ありがち」かもしれないが、これは例え同じ社内のIT部門とユーザー部門の間でも、強く意識していなければなおざりにされやすいことでもある。

 「組織間連携とコラボレーションマインド/『最短距離』でのビジネス遂行」もなかなか実行できない代表例と言えよう。特に前者については、単なる部門間連携だけではなく、「部下を酷使したり、搾取したりする、あまり持続性のないリーダーシップは評価しない」など、上下間の連携にも気を配っているという。後者については、「社内で議論をしていると、本当に結果を出すためにやっているのか」分からなくなることがある。だからこそ、「最短で結果を出すにはどうすべきか」を常に意識することが重要だと説いている。

 氏はこれらについて、「ある程度はどんな社員の頭の中にもあることだと思う」。しかし、「誰でも理解できる言葉で説明」しなければ、「組織のベクトルが同じ方向に向かわない」と指摘している。結局、企業や組織にとって、“当たり前のことを当たり前にこなし続ける”ことが一番難しい。だからこそ、一時的に成功しようが失敗しようが、わき道にそれないよう、トップがビジョンに向かって組織を地道にリードする必要があるのだ。

 だが世間を見渡すとどうだろう。組織をまっすぐに導けるリーダーは意外にも少ないのではないだろうか。それどころか、短期的な視点で新奇な計画を立ち上げたり、人目を引くような発言をしたりすることに終始しているケースも少なくない。組織のリーダーは、君臨したり、スタンドプレーをしたりすることが仕事ではない。顧客、従業員、関係会社といった全ステークホルダーがメリットを享受できるよう、むしろ環境を“下支えする”ことが仕事なのだ――樋口氏は、本書を通じてそう訴えているように思えるのである。

 「IQだけではなくEQ(心の知能指数)も大切」「組織間の『のり付け』はトップが行わなければならない」など、全編にちりばめられたエッセンスは、プロジェクトマネージャやチームリーダーなど、人を導く立場にある人なら参考になる部分が多いはずだ。Windows 7の発売や、富士通との協業、Windows Azureの発表など、MSの舞台裏が分かることも魅力。ぜひ一読してみてはいかがだろうか。


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