全ては試作品だ。心のブレーキをゆるめて“形”にせよ情報マネージャとSEのための「今週の1冊」(52)

ビジネスパーソンなら、自分の業務に問題意識を持ったことがない人などいないはず。素晴らしいアイデアもきっと持っているはずだ。ただ、それを実行に移していないだけだ。

» 2011年07月26日 12時00分 公開
[@IT情報マネジメント編集部,@IT]

「新しい働き方」ができる人の時代

ALT ・著=セス・ゴーディン
・発行=三笠書房
・2011年7月
・ISBN-10:4837957285
・ISBN-13:978-4837957287
・1400円+税
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 「学校でちゃんと勉強して、いわれたことをきちんとやり、一生懸命働けば、企業があなたの面倒を見てくれる」。「ルールにさえ従えばお金がもらえ、安定したポジションが保証される」。これは、産業や経済が右肩上がりのころには確かに真実だった。だが競争が激化し、テクノロジも発達した今、「ルールにさえ従えば」という条件は破綻してしまった。今、社会が求めているのは「豊かな発想を持ち、既存の枠にとらわれず、自由に、新しい価値を生み出していける人」、すなわちアーティストである――。

 本書「『新しい働き方』ができる人の時代」は、米ヤフーの元副社長で、現在は作家として活動しているセス・ゴーティン氏が、世界経済の変容を受けて、“今あるべき働き方”を提言した作品である。「アーティスト」というと、音楽家やデザイナーなどが想起されるが、筆者は問題意識を持てる人、人とのつながりを作っていく人、変化をもたらしていける人など、「“自分の才能”を全開にして働く人」という、より本質的な意味でこの言葉を使っている。

 訳者の神田昌典氏も解説で指摘しているが、事実、近年、多くの上場企業では「コンプライアンスが重視され、厳格な管理のもとに事業を行うことが最優先されている」。その結果、「誰も読まない書類の量産。分析ばかりの会議の連続。新しい商品企画は、確実につぶされる」といった状況に陥っている。だが、それでは何も変わらないし、生き残っていくことも難しい。そこで筆者は、現状に問題意識を持ち、今何が求められているのかを考え、人や組織に対して素早くアクションを起こすことが大切だし、それが新しい時代の働き方なのだと訴えるのである。

 一例として、筆者はグーグルを成功に導いた同社副社長のメリッサ・メイヤー氏の働き方を挙げている。彼女はエンジニアだったが、トップ・プログラマだったわけでもなければ、財務責任者でも広報担当者でもなかった。しかし、常にサービスに対する問題意識を持ち、他の検索サイトがトップページに情報を詰め込んでいた中で、できるだけシンプルなUIにすることを社内に訴えた。併せて、ユーザーニーズに応じてエンジニアが迅速にサービスを改善できる社内体制を築くよう働き掛けた。筆者はこの2点がグーグル成功の礎となったと説くとともに、「人が見ていない部分に目を付け、人が気付かない問題を解決し、結び付ける人を結び付けてきた。それも上から言われたわけではなく、自分の意思で」と説くのである。

 むろん、われわれが自社で同じことをやろうとすれば、部門の壁、上下関係の壁など、障害が立ちはだかることはまず間違いない。だが筆者は、米アップル会長、スティーブ・ジョブズがプログラムにこだわり続けるプログラマに言った言葉、「本物の“アーティスト”は製品にして届けるものだ」という一言を示し、アイデアがあれば決して先延ばしせず、「形に変えることが何よりも大切だ」と強く背中を押すのである。

 そして最も重要なのは、物事を変えていける人と変えられない人の違いは、才能の有無などではなく、「心理的抵抗に屈しているかいないかという点だけだ」と説いている点だろう。つまり、自分の業務に対して問題意識を感じたり、改善案を考えたりしたことがない人はいないはずで、それを実行するかしないかの違いだけだ、と言うのである。筆者は、それはツイッターを見ていても分かると指摘する。「ネットで毎日気の利いたことをいい、週に一度は目からウロコが落ちるようなことをいう人がいます。それらのアイデアのどれか一つでも形にすれば、まるで違った結果になるはずなのに、やろうとしない。ツイッターもまた逃避の典型だ」――言われてみれば、確かにその通りではないだろうか。

 ハードウェアの性能、キャパシティが高度化する一方で、クラウドという新しい利用形態も進展している今、ITシステムには大きな可能性が広がっている。また、ビジネスは「右肩上がりの時代」のやり方が通用しなくなり、既存のモデルの改善だけではなく、新しい発想が強く求められている。本書は全てのビジネスパーソンを対象にした作品だが、これをIT業界に当てはめると「チャンスがあってアイデアもあるなら、今考えているはずのそれを心理的抵抗に負けずにやってしまえ」とエールを送っているように感じるのだが、皆さんはいかがだろうか。

 ただ、著者のゴーディン氏は「心理的抵抗に負けず、形に残す」ためのコツもいくつか紹介している。例えば、「完璧を目指すのではなく、実現できる可能性がある“既存の枠組みギリギリ”のアイデアを実行する」などだが、本書のメッセージを最も明確に伝えてくれるのが、「立体物を印刷できる3Dプリンタ」などを作ったアーティスト、ブレ・ペティス氏の言葉の引用である。最後にそれをいくつか紹介しておこう。何か感じるものがある人は、ぜひ本書を手に取ってみてはいかがだろうか。

 「全ては試作品だ。そう思えば実行しやすくなる」「分かっていなくても分かっていると思って、とにかく実行しろ」「先延ばしするな。一週間以内に実行できないアイデアは捨ててしまえ」「完璧さなどくそ食らえ。実行をさまたげるだけだ」「失敗も実行に入る。どんどん失敗しろ」「実行は、さらなる実行につながる」


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