上司が裏金を受け取っていたら……チクっていいの?読めば分かるコンプライアンス(9)(1/4 ページ)

本連載では、あるコンサルタント企業を舞台にして、企業活動とは切っても切れない“コンプライアンス”に関するトピックを、小説の随所にちりばめて解説していく。

» 2008年09月09日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]

仕事ができれば何してもいいんだ

 梅雨明け宣言が出されてから3日後の夜。昼の間ギラついた太陽に焼き上げられたビルとアスファルトが放出する余熱で、街はぬれたTシャツを着ているような不快な蒸し暑さに包まれていた。

 河田啓三は、行きつけの赤坂のバーでバーボンのオンザロックを飲んでいた(ちきしょう。中田玲子のやつ! 派遣社員のくせにこのおれをコケにしやがって!!)。

 河田啓三は、5年前に外資系コンサルティング会社からグランドブレーカーに引き抜かれたやり手の営業マンである。前職の経験を生かし、グランドブレーカーの不動産系グループでメキメキと成績を上げ、2年前からシニアマネージャを務めている。

 河田は部下を「自分の手足」だと考えていた。

 従って、自分の思い通りに動かない部下は切り捨ててきた。この2年間で辞めさせた部下は5人にも達していた。そのたびに河田は、前の会社から気心の知れた昔の仲間をリクルートしてきては自分の周りに配属して固めていき、不動産系グループに「河田組」を作り上げていた。

ALT 河田 啓三

 グランドブレーカーの生え抜き社員たちは、そんな河田の強引なやり方に眉をひそめていたが、下手に意見をすれば、過去の5人のように退職に追い込まれるという恐怖心もあり、また、何だかんだいっても、河田の仕事は最終的には必ず成果を出しているので、誰も何もいえないでいたのだ。

 しかし、河田のやることは次第に大胆になり、最近では前職で付き合っていた中堅の広告代理店との取引を開始し、手なずけていた営業マンをいい含めて裏金を作り始めていた。

 いまでは、その広告代理店の営業マンから自分個人の口座に振り込ませている裏金もかなりの金額に上っていた。河田はその金を「軍資金」と呼び、河田組のメンバーを慰労したり、既存の取引先や、新たに狙いをつけた取引先候補の主要人物を接待していた。このような夜の付き合いによる人脈が、河田の成功の秘訣(ひけつ)であった。

 今夜も、河田は不動産会社系列のアウトレット企画会社の営業マンに狙いを絞って接待攻勢を掛けたのだったが、今回はそれとは別に、もう1つの目的があった。それは、自分の秘書として働いている中田玲子を口説くことであった。

ALT 中田 玲子

 グランドブレーカーでは正式に秘書が付くのは取締役クラスだけで、部門マネージャには秘書は付かない。しかし、河田は不動産系グループの営業補助という名目で、5カ月前に自らの決裁で紹介予定派遣社員の中田を採用し、実質的には自分の秘書として使っていたのだった。

 河田は、最初のうちは中田を単なる派遣社員という目で見ていただけだった。ところが、働き始めて3カ月もたつと、中田は、いわれたことを忠実にこなすだけではなく、河田自身の行動パターンや思考パターンを先読みし、意思決定のための適切な選択肢を提示する能力を見せ始めた。

 それでいて、怜悧(れいり)なイメージではなく、淡々と仕事をこなしながらも、ふとしたときに自然な笑顔を浮かべ、相手の気持ちを和ませもした。見た目も、飛び抜けて美人というわけではないが、知性と愛きょうが同居した瞳がいつもきらきらと輝いていて、形の良い唇には意志の強さが表れていた。そして、何かの拍子にハッとするような、なまめかしい表情を見せることがあった。

河田 「(気付いてみりゃ、いい女じゃないか。これをほっとく手はないわな)」

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