分散アーキテクチャの生かし方[Analysis]

» 2009年03月17日 00時00分 公開
[酒井裕司,日本ソフトウェア投資]

 最近の話題といえば「クラウド・コンピューティング」と「ネットブック」である。クラウドについては、マイクロソフトが法人向けのクラウドサービス「Microsoft Online Services」を4月に開始するなど、オンラインサービス分野への注目があらためて高まっている。

 分散アプリケーション自体は計算機科学の分野では昔から研究されてきた。特に研究者が好む分野である。マイクロソフトのチーフ ソフトウェア アーキテクトであるレイ・オジーも、弱結合型の分散知的作業基盤の延長としてグループウェアの「Lotus Notes」を手がけ、その後のGrooveでは散々苦労したようだ。

 過去、エンタープライズ分野ではグリッドもCORBAも必ずしも成功とはいえなかった。分散アーキテクチャを効率的に構築するのは難しいのだ。なのに、なぜいま、再び「クラウド」なのであろうか? 実はそこには「ネットブック」隆盛とも共通する要因がある。コンピュータのCPU利用効率についての観点である。

クライアントPCの過剰性能

 ムーアの法則にしたがって確実に進化してきたCPUだが、PCのエンドユーザーから見れば、表計算、データベース、ワードプロセッサ、グループウェア、電子メール、Webブラウザが動けば十分である。CPUパワーを必要とするエンジニアリング系アプリや、リッチメディアオーサリングを利用するのはごく一部のユーザーに過ぎない。多くのユーザーにとってCPUスピードが上がるのに作業は以前と同じなのだ。

 ネットブックをそのアーキテクチャ的側面から見ると、一般のクライアントPCの進化とは異なり、エネルギー消費の激しいマルチコアチップや外付けGPU/リッチグラフィックの性能を切り捨てている。このことでシンプルなチップセットによる低価格と低消費電力を達成している。

 ビジネスロジックがサーバー側に置かれるケースが多くなり、リッチメディアにこだわらないのであれば、安価でバッテリの持ちがよい端末を提供できる。低いCPU利用効率を背景に生まれたのがネットブックというわけである。

集約化に適するクラウド

 一方、過去の分散アプリケーションのトレンドに対し、クラウドを実現する分散アーキテクチャは明確な特徴を持っている。それは、等質性に基づいたCPU利用効率の向上、仮想化、多重性である。

 CORBAなど過去の分散技術の多くが、明確に機能分化されたリモートコンポーネントをシステム化するテクノロジであったのに対して、クラウド時代の分散システムは、アーキテクチャ的にはそうした複雑性を排除している。等質であるがゆえに、サーバ上で多重実行され、CPUの利用効率を上げることができる。等質であるがゆえに、多重化により、可用性を上げることができる。そして、実行環境の物理的な違いを吸収するために用いられるのが仮想化技術だ。

 分散技術であるが、外部からは集中アーキテクチャに見え、データセンター内部での多重性が分散システムの実態を構成している。

 こうした技術は、もともと、Webビジネスの規模を追求する過程で育まれてきたため、サーバの利用効率が高く、マルチコアとの親和性が高い。集約化とサーバの高機能化に伴ってサポートコストを低減させることができるのだ。ユーザー企業にとっても、無駄なシステムを保有して、セキュリティリスクを抱え込むより安価で合理的な選択となるのだ。

真の分散アーキテクチャ

 現在の分散アーキテクチャで実現されるクラウドは、制約条件の緩いアプリケーション領域での活用が期待されている。データに対する排他競合や依存関係が発生しにくいアプリケーション領域、例えばMicrosoft Online Serviceの「Exchange Online」や「SharePoint Online」、そして、多くのWebサービスなどはその典型である。こうした領域に関しては今後ともクラウドの活用が高まるものと思われる。

 一方、冒頭にも述べたように一般的なアプリケーション領域では、分散アーキテクチャを効率的に構築することは困難とされている。有望と見られているトランザクショナルメモリに関してもようやく実用環境での検証作業が始まったところである。

 メニーコアの時代はもうすぐそこである。果たして分散アーキテクチャはそれまでに、等質な分散を土台にしたWeb的クラウドから、一般的なアプリケーション領域をもターゲットにするクラウドに領域を拡大できるのであろうか?

(日本ソフトウェア投資 代表取締役社長 酒井裕司)

[著者略歴]

「大学在学中よりCADアプリケーションを作成し、ロータス株式会社にて 1-2-3/Windows、ノーツなどの国際開発マネージメントを担当。その後、ベンチャー投資分野に転身し、JAFCO、イグナイトジャパンジェネラルパートナーとして国内、米国での投資活動に従事。現在は日本ソフトウェア投資代表取締役社長

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