DXを目指しているが、現状はツール導入止まり、効率化は達成できても新たな価値の創出はこれからという企業は珍しくない。将来予測が困難な時代、「今ある手段」を起点に事業の拡大と成功を図るには。
顧客のニーズをつかんで業務プロセスに落とし込み、価値として市場に提供する――これがビジネスの基本だ。このサイクルをシステムとして実装し、ITサービスとビジネスを直結させて新たな価値を創出するのが、DX(デジタルトランスフォーメーション)の理想形だ。
DXにおいては、システム、従業員、経営層全体で同じKGI(重要目標達成指標)とKPI(重要業績評価指標)を目指すのが望ましい。しかし現実には、それぞれが異なる目標や視点を持ったまま、既存の慣習を引きずっている。DXを目指しても大抵は単なるツール導入と業務効率化にとどまり、新たな価値の創出には至っていない。
経営とITを直結させて守るべきものは守りつつ、新たな市場価値を開拓するにはどのようなアクションが必要なのか。ITはスピードと柔軟性を重視する方向で発展しているが、単に速ければよいわけではない。顧客がITサービスを快適かつ安全に利用できるかどうかという観点の「品質」も重要だ。
ニーズと市場動向が刻々と変化する中、過去の実績に基づく将来予測は困難だ。そこで近年、「エフェクチュエーション」という新たな戦略思考に注目が集まっている。予測ではなく、「今ある手段」から制御可能な未来を創出して事業の拡大と成功を図る意志決定理論だ。これからの時代に企業が持つべき視点、取るべきアクションは何か。@IT主催のオンラインセミナー「VUCA時代を勝ち抜く『起業家思考』に学ぶ 『収益化に寄与するITシステム』の作り方」の講演から、実践のヒントを紹介する。
エフェクチュエーション研究者の吉田満梨氏(神戸大学大学院経営学研究科准教授)は、こう説明する。「エフェクチュエーションは、起業家の意志決定プロセスに共通して見られる思考様式で、どのような特性を持つ人でも学習可能なものです。世界中のビジネス教育で普及しつつあり、近年はビジネスモデル変革に活用するケースが目立っています」
従来の経営手法は、目標を定めて環境分析し、最適な計画を立てて実行するというコーゼーション(因果関係に基づく考え方)が一般的だった。しかし環境に不確実な要素が増えると、この手法が有効に機能しなくなる。一方エフェクチュエーションは、自社の持つ資源や知識、人脈など「自分たちは何ができるのか」という制御可能な手段から手を広げていく。期待収益ではなく「許容できる損失」から手段を評価し、新たに出会うパートナーとの相互作用で予期せぬ手段や目的を生み出して意味のある結果を創出する。将来予測ではなく「コントロール可能な範囲」を広げて望ましい結果に帰結させるというアプローチであり、不確実な未来に対して行動を起こしやすいと考えられる。
「人だけでなく組織もパートナーとなります。所与の手段と余剰資源を意識しながら、許容可能な損失に基づいて、段階的にコミットします。その際はそれぞれの価値観や制約など、内発的な動機を尊重します。短期的にはサブシステムとして試行錯誤し、得られた学びは長期的にシステム全体に還元、蓄積できるように、分解可能性を意識した仕組みを作ることが重要です」(吉田氏)
エフェクチュエーションの考え方を自社の戦略に取り込み、ITシステムとして実装するにはどうすればよいのか。日本情報通信の灘波誠二氏(クラウド事業本部コンサルティング営業部部長)は、SoR(System of Record)とSoE(System of Engagement)という企業システムの観点から考えることを提案する。
SoRに当たる基幹系システムには、企業そのものの価値が蓄積されている。この資産を支柱としつつ新しい取り組みを進めるにはSoEが必要だ。エフェクチュエーションの考え方によれば、新しいチャレンジを担うものがSoEに当たる。全く価値の違うSoRとSoEをAPI(アプリケーションプログラミングインタフェース)で結合することで、自社が持つ価値を新しい手段で提供できるようになる、と灘波氏は説く。「もし一つの挑戦が失敗しても、次の手段を打ち出していく。この連続で、企業の存在価値を段階的に高めることが可能になります。これはまさにエフェクチュエーションの実践です」(灘波氏)
SoR/SoEの双方を支えるサーバとして、日本情報通信は「IBM Power」を推奨する。SoRとしてのIBM Powerは、強力なコンピューティングパワーと堅牢(けんろう)性、安全性、俊敏性を兼ね備えており、高い可用性と信頼性を持つという。例えばIBM Powerはオンチップの暗号化エンジンを備え、透過的メモリ暗号化や耐量子暗号化を実現している。また、IBM Powerはクラウドネイティブな技術を採り入れており、SoE用途にも適している。「既存の基幹システムを安定的に稼働させつつ、同時に最新のコンテナ環境を実装でき、リソースについてもダイナミックに変更が可能です」と、日本情報通信の尾田雅弘氏(クラウド事業本部事業企画部第二グループ)は説明する。
ITシステムの複雑化が問題視される昨今、エフェクチュエーションにおける“コントロール”を手に入れるには、システム全体を俯瞰(ふかん)する能力、つまり「オブザーバビリティ」(可観測性)に着目したい。プログラムの実行状態や通信データを収集して複雑なシステムの内部状態を理解して、アプリケーションやシステムの依存関係を可視化する仕組みだ。
その現実解になり得るのがIBMのAPM(Application Performance Monitoring:アプリケーションパフォーマンス監視)製品である「Instana」だ、と日本情報通信の森正臣氏(データ&アナリティクス事業本部テクニカルセールス部第三グループ)は語る。「Instanaはシステムのアクセス状況、リクエストへの応答時間、エラー情報などをダッシュボードでリアルタイムに把握してシステムやサービスのユーザー体験を俯瞰的に管理します。システム内のデータ連携や依存関係の情報を自動的に収集して、リクエストから応答までの状況が一目瞭然になります。障害の予防や解決までの時間短縮に貢献し、ITサービスの品質に寄与します」(森氏)
日本情報通信はSIer(システムインテグレーター)として、ITインフラの構築だけではなく、SoR/SoEをAPIによってつなぐ部分も支援する。IBM PowerとInstanaによって可観測性を獲得するまでの導入支援も、同社の得意とするところだ。「企業は新しい環境に適応するために変化を続けて生き残らなければなりません。進化論に通じる考え方が、エフェクチュエーションの理念にはあると感じています」と灘波氏は話す。
吉田氏によれば、事業拡大を目指してエフェクチュエーションを取り入れる組織は増えているようだ。ただし重要なのは、従来型のコーゼーションとエフェクチュエーションの実践をバランス良くつなぐことだ、と同氏は述べる。
「非常に難しい取り組みですが、既存のビジネスと新しいビジネスを橋渡しするITシステムの存在は実践の助けになるでしょう。エフェクチュエーションは、新しいビジネスを興すほどの規模でなくても役に立つ考え方です。何かの問題を解決したい、新しい行動を生み出したいというときに、ぜひチャレンジしてください」(吉田氏)
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アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2024年12月16日