5Gが普及した一方で、5Gが“本来持つ機能”をフル活用するための準備が整っていない。国内の通信事業者にとっては高額な投資になるが、欧米では顧客体験の向上を重視した施策に取り組んで収益アップにつなげた事業者が登場している。その取り組みから成功のヒントを探る。
この数年、5Gの普及や6Gへの進化が人々の生活や社会の在り方を根本的に変えるという期待が、世界中で高まっている。しかし、そうした期待に国内の通信事業者が応え切れていない現状がある。
これは「日本で5Gが普及していない」ということでは全くない。
2024年8月に総務省が発表した報道資料「5Gの整備状況」によると、2023年度末の5Gの人口カバー率は全国で98.1%、都道府県別で87.7〜99.9%に達している。これは整備計画の目標を2年前倒しで達成している状況だ。5G対応端末の利用も広がっており、多くのモバイルユーザーが高速化のメリットを享受している。
しかし、日本の5Gエリアは、4Gのコア設備と5Gの基地局を組み合わせる「NSA(ノン・スタンドアロン)方式」が一般的だ。NSAは既存の4G設備を流用できるのでコスト効率良く5Gエリアを拡大するには好都合だが、高額な投資が必要な5G専用の「SA(スタンドアロン)方式」への移行が進んでいない。このため、5G技術の機能をフル活用できていない現状がある。
SAへの投資をためらうあまり5Gの可能性を十分に引き出せず、サービスの高度化が進まないので収益を拡大できない。そのため、さらに投資意欲が下がる。国内はこうした状況に陥っている。
世界に目を向けると、5Gの機能を最大限に活用して収益を向上させている通信事業者が登場している。そうした成功者は何を考え、どのような取り組みをしているのだろうか。
通信事業者はさまざまな技術の発展や機能の拡充に取り組んでいて、それらは全て顧客体験の向上を目的としたものだというのは言うまでもない。つまり、単にネットワークを高速化すればよいということではなく、最終的にエンドユーザーが体験するネットワーク品質を高めることが重要だというのが通信事業者の共通認識になっている。
これに真っ向から取り組み、事業の成功につなげているのが欧州と北米で通信サービスを提供しているT-Mobileだ。同社はまず、既存インフラを生かして5Gのカバレッジを広げ、次いでSAに積極的に投資を続けることで顧客体験を改善させている。SAでアップリンク速度を向上させ、2023年から付加価値サービスとしてネットワークスライシングを展開。5Gによる収益確保の道筋を付けた。同社はネットワーク設備への投資をさらに拡大し、AI(人工知能)時代の携帯通信ニーズに応える取り組みを着々と進めている。
ネットワークスライシングによって、異なるアプリケーションやサービスに最適化されたネットワークの「スライス」(仮想ネットワーク)を提供可能になる。高スループット、低遅延など、用途に応じたスライスを適用でき、T-Mobileは複数のスライスを用意しているという。
例えば北米の男子プロゴルフツアーを運営するPGA Tourと提携し、一部のゴルフトーナメントに5G技術を提供。ゴルフ場のモバイルネットワークでスライシングを実践し、5G直結のビデオカメラからリアルタイムに映像を送信したり、各種店舗の決済通信のラグを解消したり、場内スタッフが使うプッシュ・ツー・トーク通信の品質を向上させたりするなど、多様な用途に合わせたネットワークを実現している。
こうした柔軟なサービスを提供することで、サービス品質に合わせた対価を得られるようになり、収益性を向上できる。
T-Mobileをはじめとした“先を行く通信事業者”の取り組みは、大きく「ネットワークの強化」と「運用の効率化」の2つに分類できる。前者の施策内容は「ネットワークのシンプル化とキャパシティーの増強」および「アップリンクパフォーマンスの向上とネットワークスライシングの展開」が挙げられる。後者については「AIを活用した運用の高度化」および「デジタル技術を応用した運用・構築の効率化」が挙げられる。それぞれ、具体的にはどのようなことが行われているのか。
通信事業者はこれまで、旧来の2G/3G世代のFDD(周波数分割複信)バンドから5G FDDバンドへリファーミングし、ネットワークの5G化を進めてきた。
「600MHz帯など、FDDの周波数が低いバンドを5Gに活用する方法は世界的な潮流です」と説明するのは、ノキアソリューションズ&ネットワークス(以下、ノキア)の執行役員で、モバイルネットワークス事業部 セールスディレクターを務める小久保卓氏だ。
また、多数のアンテナで単一の周波数帯に多くのユーザーを収容し、効率的にキャパシティーを高められる「Massive MIMO(Multiple Input Multiple Output)」の利用も広げてきた。
さらにネットワークの強化を図る通信事業者は、FDDの無線機を従来の2T2R(2トランスミッター/2レシーバー)から4T4R(4トランスミッター/4レシーバー)へとアップグレードしていった。
エリア拡大においては、複数世代の機能を集約可能なBaseband Unit(BBU)を選定し、アンテナ設置の柔軟性を高めることも重要となっている。例えば、4Gと5Gを集約できる基地局であれば、省スペースを保ちながら既存設備を5G用に転用しやすい。
「集約化はベンダーロックインが生じやすいという欠点がありますが、Open RAN技術を活用することで、その問題を解消できます。ドイツテレコムもOpen RAN技術を採用してノキア製品と他社の製品を組み合わせることで効率化を図りました。ノキアはOpen RANの普及活動に積極的で、他社と連携してドイツテレコムの取り組みをサポートしました(※)」(小久保氏)
※ノキアとドイツテレコムの取り組みについてはこちら
ネットワーク強化のポイントに挙げたアップリンクパフォーマンスの向上についても説明する。最近は、AI技術の発展も相まってアップリンクの需要が急増しており、モバイルネットワーク事業者にとって急務の課題の一つとなっている。
まず、5G技術をフル活用するためにはSAエリアの拡大が重要であり、各社とも提供エリアの拡張を継続しているところだ。また、TDD Massive MIMOの対象周波数を追加して、性能をより高めようという取り組みもある。
こうして作られた強力な5Gネットワークを基に、ネットワークスライシングの提供が始まっている。
上述の通り、ネットワークスライシングは、さまざまなトラフィックの品質要求に柔軟に対応できる技術だ。先進的な通信事業者は、これを5Gサービスの収益化の大きな柱としている。
T-Mobileも、高品質な5Gネットワークを構築して5G SA化を進めるなど、ステップ・バイ・ステップで計画を推進してきた。最新の技術を利用できるデバイスを選定し、早期に5Gインフラの高度化に取り組んだことが成功につながったのだ。
「AI技術やAIアプリケーションのさらなる発展と普及に伴い、ネットワークトラフィックの急増が懸念されています。特にアップリンクは、これまで以上の需要増大が見込まれています。今後のAIトラフィックに備えた技術採用は、通信事業者にとって重要な要素の一つだと考えられており、ノキアもアップリンクブースト技術の開発と機能強化に努めています」(小久保氏)
AIはトラフィックの肥大化を誘発する技術として注視する必要がある一方で、モバイルネットワークを高度化・高品質化する技術として有用であることは間違いない。通信事業者もAIを活用した運用効率化を図っている。
AIが効果を発揮する用途の一つが消費電力の最適化だ。ネットワーク通信は多くの電力を必要とするため、トラフィック増大に伴う消費電力増大が課題視されている。そこで、消費電力の最適化を図るためにディープラーニングを応用した無線機の自動ON/OFFも実践されている。またネットワーク設備の運用には非常に多くのパラメーターが関与している。このチューニングにAI技術を活用することで、より最適な状態を保ち続けられるというわけだ。
さらに近年の教師なし学習技術を応用すれば、AIが自律的にネットワークオペレーションを実施する「Cognitive SON」を実現することも可能だ。
「ノキアは早期からAI技術に注目しており、自律運用に向けた技術開発に取り組んできました。サウジアラビアの通信会社であるstcグループは、当社の『MantaRay Cognitive SON』を商用ネットワークに組み込んでネットワーク運用の自律化を図りました。イスラム教の重要な巡礼儀式であるハッジ(Hajj)では大勢の巡礼者が集まるため、モバイルネットワークの最適化が非常に困難になります。そこでstcグループは、Cognitive SONでトラフィック処理の最適化を自動化しました。15分ごとにアクションを実行して期間中に1万回以上のチューニングを適用、エンドユーザーの平均スループットを10%向上させました」(小久保氏)
モバイルネットワークのエリア拡大においては、基地局やアンテナの設置という物理的な作業が阻害要因となることもある。紙の書類や旧来のコミュニケーション手法が残り、工期を短縮できないというケースも見られる。ノキアの実例によれば、これらのプロセスをデジタル化してコミュニケーションやプロジェクト管理を効率化することで、工期を20〜30%短縮できるという。こうした総合的なデジタル化もノキアが注力している領域の一つだ。
また、モバイルネットワークにはトラブルが付きものだ。対応のためのログ管理も運用負荷を増大する要因の一つとなる。必要なときにログを取得するのではなく、常にログを自動収集し、トラブルのときは過去の情報を参照するだけでよいという環境を整備することで、トラブル対応を迅速化できるメリットも得られる。
そして近年は、Opensignalのようなネットワークベンチマークを活用し、ロケーションに応じてネットワークを最適化していくことも重視されるようになった。大量のデータを分析する必要があり、手作業で行えるようなものではないため、解析を自動化するための技術にも注目しておきたい。
「ノキアでは、通信事業者さまが取り組まなければならない技術や機能の実現に向けて、さまざまな技術・製品の開発に取り組んでいます。またサービスの各プロセスのデジタル化も積極的に進めており、サービスを受託したときにも効率的なプロジェクト推進をサポートできるよう準備しています。Open RANのような取り組みも積極的に推進しています。モバイルネットワーク技術のリーダーとして、通信事業者さまと一緒に顧客のネットワーク体験を向上させていきたいと考えています」(小久保氏)
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提供:ノキアソリューションズ&ネットワークス株式会社
アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2025年1月26日