AI搭載デバイスの普及などにより、モバイルネットワークへのニーズは劇的に変化し、従来の設計思想では対応し切れない状況が生まれつつある。こうした変化に対応するために、通信インフラベンダー各社は次世代技術の開発を加速させている。ノキアのフェロー/特別研究員を務めるハリー・ホルマ(Harri Holma)氏が、2025年10月開催の技術セミナー「Nokia Amplify Japan 2025」でAI時代のネットワークの進化と6Gへの展望について語った。
ノキアはAI搭載デバイスがトラフィックに与える影響を社内ラボで試験している。その結果、最新のAI搭載スマートフォンではデバイスとクラウド間のトラフィックが増加し、特にスマートフォンからクラウドへ大容量データを送信するアップリンク方向のトラフィックが相対的に増える傾向が確認されている。
AIユースケースごとのデータ使用量を見ると、その影響は顕著だ。例えば「シーン認識」では、スマートフォンで高品質な写真を撮影し、クラウドにアップロードして詳細に分析する。「写真編集」では、撮影した画像をAIが改善・美化し、その結果をクラウドにアップロードする。これらの処理を1回実行するだけで、アップリンク方向に30M〜50MBもの追加トラフィックが発生するという。
「AIはバックグラウンド同期でもリアルタイム通信でも、従来以上のデバイスとクラウドとの接続性を求めるようになる」
AIに加え、XR(拡張現実)の搭載といったデバイスの進化もモバイルネットワークへのニーズにさらなる変化をもたらしている。例えばMetaは、XRを表示するスマートグラスやVRヘッドセット向けの動画配信サービスなどを展開している。
こうした最新のデバイスによって、通信事業者はネットワークの使用方法や最適化の方向性を変えつつある。
ホルマ氏は「5Gは世界中で超高速接続を実現したが、AIとXRの時代には、さらなる効率化と新たなユースケースへの対応が必要だ」と強調した。5Gネットワークは多くの国で200M〜500Mbpsの通信速度を達成した。しかし、その成功が新たな課題を生み出しているという。
ホルマ氏は5Gの成功例としてFWA(Fixed Wireless Access:固定無線アクセス)を挙げる。光ファイバーやADSLといった有線による固定インターネット回線の代わりに、5Gネットワークで企業や家庭向けの通信をサポートするサービスで、米国では現在約1400万の加入者がおり、全ブロードバンド接続の約10%を占めるまでに成長した。FWAは、モバイルネットワークにおける全トラフィックの50%以上を占めるケースもあり、ネットワークへの負荷が急増しているという。
こうした状況に対応するために、より効率的なネットワーク通信が求められている。ノキアが世界中の通信事業者に対して実施した調査で、5Gのさらなる収益化を目指すために必要なアーキテクチャの変革について尋ねたところ、明確な優先事項が浮かび上がった。
1位は「5Gスタンドアロン(SA)への移行」(37%)、2位は「アプリケーションAI(AI-on-RAN)」(18%)、3位に「エッジコンピューティング(AI-and-RAN)」(17%)と続く結果になり、ホルマ氏は「ネットワークを5Gスタンドアロンに対応させることが最優先だ。無線アクセスネットワーク(RAN)におけるAIの活用方法を理解する必要がある」と補足した。
AI時代の新たなニーズと5Gの課題に対応するために、通信業界は次世代技術、6Gの開発を本格化させている。ノキアは顧客やパートナーとの連携を強化しながら、6Gの商用化・標準化を見据えた取り組みを進めているという。
ホルマ氏は、6Gが目指す5つの具体的な目標を示した。ネットワーク効率の大幅な向上、デバイスのエネルギー効率向上、新たなユースケースの創出と収益化、AIとXR、5Gからのシンプルなアップグレードへの対応準備だ。
特に「効率化」という点で、「5Gの性能を大幅に上回りたい」とホルマ氏は語る。ネットワーク効率の面では、「基地局を増やすことなく10倍の容量を実現する」こと、アップリンクのカバレッジを改善するために「リンクバジェットを最大5dB向上させる」こと、「単位通信量当たりのエネルギー消費(kWh/TB)を10分の1にする」ことを目指す。
特にデバイス側のエネルギー効率も重視している点が注目されている。歴史的に新しい無線技術が導入されるときに、デバイスの消費電力は増大する傾向にあった。しかし6Gでは、この傾向を逆転させることを目指している。
「顧客が6Gに新しいデバイスで接続する際、消費電力は5Gよりも低くなることが理想だ」とホルマ氏。その結果、デバイスメーカーが、より効率的な6Gの展開を要請してくるような状況を作りたいという。
新たなユースケースを可能にする技術として、6Gでは3つの重要な要素が掲げられている。第1にセンシング機能、ISAC(Integrated Sensing and Communication)の統合。第2に衛星通信の統合、第3にデバイス対応の拡大だ。5GではIoTや音声サービスなどの対応に5年を要したが、ホルマ氏は「6Gでは新機能を含めて商用化初日から利用可能にしたい」としている。
前述したAIとXRへの対応も、6Gの重要な設計思想だ。ホルマ氏は「6GではAIがその技術仕様に組み込まれる。AIは追加の最適化ではなく、ネイティブな要素となる」と説明した。6G無線の設計そのものが、AI/XRに最適化される予定というわけだ。
事業者には、5Gからの移行が容易になることも6Gの重要な目標の一つと捉えられる。5Gコアの再利用、5Gスペクトルの再利用、5G基地局サイトの再利用を可能にすることで、4Gや5Gと比べて6Gの展開は容易で迅速になる。ネットワークアーキテクチャの面でも簡素化が図られる。5Gにはノンスタンドアロン(NSA)とスタンドアロン(SA)という2つの異なるアーキテクチャが存在し、複雑さを生んでいた。6Gでは、スタンドアロンのみに絞られる。
具体的な技術仕様も明らかにされた。利用可能な周波数帯は0.6GHzから15GHzまで拡大し、帯域幅は最大400MHzになる。上述したように、基地局容量は5Gの最大10Gbpsから、6Gでは最大100Gbpsへと10倍に増加する。エネルギー効率についても、5Gの50kWh/TB以下から6Gでは5kWh/TB以下、10分の1への削減を目指すといった具合だ。
標準化のスケジュールについても説明があった。標準化団体3GPPによる6Gの実務作業は、2025年8月にインドのバンガロールで開催された会議から始まった。スタディーアイテム(主要な決定事項を定義する段階)は2027年初頭までに完了する予定で、その後ワークアイテム(詳細を定義する段階)に移行する。完全な仕様は2028年末までに確定し、商用6Gは2029〜2030年に開始される見込みだ。
ホルマ氏は「今が、全ての重要な要素が標準化に確実に含まれるようにするための大事なタイミングだ」と力を込めた。ノキアは日本企業との協業を進めており、ソフトバンクとのAI-RAN開発や7GHz帯での6G測定試験、NTTおよびNTTドコモとの6G AIネイティブ Airインタフェース開発など、複数のプロジェクトが進行中だ。
ホルマ氏は「ノキアの研究開発や製品改善において日本のパートナーとの協力は必要不可欠だ」と、日本市場における協力関係のさらなる強化を示唆した。
このように、5G技術はAIやXRといった新しい技術やFWAのような利用形態によって新たな課題に直面している。単に高速・広帯域な通信機能のみが重視されていた時代が過ぎ去ろうとしている今、通信事業者はいっそうの効率化を図り、新たな収益構造を構築する必要がある。
ノキアはAIへの注力を強調する。AIは必要となるデータが膨大なため、その通信において帯域を圧迫することが多いが、一方でネットワーク制御を効率化したり、新たな収入源をもたらしたりする可能性も秘めている。ノキアは最新の「ReefShark」チップにAIアクセラレーターを統合し、すでにフィンランドのElisaやオーストラリアのOptusといった通信事業者と、5GでもAIによる性能向上を実現している。こうした技術・ノウハウの蓄積が、大幅な性能向上と多様な機能強化を目指す6Gの標準化でも重要になるという。
モバイル通信は、すでに社会インフラの一つとなっている。AIの発展によってその重要性はますます高まり、通信事業者の責務と機会も増していく。5Gの課題を克服し、6Gで新たな可能性を切り開くには、ノキアのような通信インフラベンダーをはじめ、多様なパートナーとの協力が重要性を増す。
ホルマ氏が講演でパートナーシップの重要性を繰り返し強調していたように、ノキアは日本企業と共同で技術開発や検証を積極的に進めており、6Gの標準化に大きな影響を及ぼす構えだ。日本における6Gは、2030年ごろの実用化を目指し、官民一体となって研究開発が進められており、ノキアの動向が引き続き注目される。
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提供:ノキアソリューションズ&ネットワークス合同会社
アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2025年12月5日