硬直化したレガシーシステムの刷新は喫緊の課題として認識されつつも、技術的なハードルや人材不足、経営層の理解不足などさまざまな課題が「動けない理由」として横たわっている。レガシー刷新の成功事例として、リコーはいかにしてクラウド移行率80%を実現したのか。そのヒントを探る。
硬直化したレガシーシステムをこのまま放置していいのか――多くの企業が同様の悩みを抱える中、IT担当者やITリーダーは「分かっているけど、動けない」という葛藤に直面している。この背景には、技術的なハードル、経営層の理解不足、人材不足、組織文化を含め、広範な課題が存在する。
2025年9月25日、アイティメディアが主催、アマゾン ウェブ サービス ジャパンが特別協賛するセミナー「Migration & Modernization Hackathon〜『わかってるけど、動けない』からの脱却──レガシー刷新に向けて」が東京都内で開催された。マイグレーションやモダナイゼーションに課題を抱えるセミナー聴講者は、移行を乗り越えたリコーの事例やパネルディスカッション、参加型のワークショップなどを通じて、課題解決のヒントを探っていた。本稿では、リコーのクラウド移行事例を中心に、レガシーマイグレーション/モダナイゼーションを成功に導くヒントを紹介する。
セミナー開催に当たって、アイティメディアの内野宏信があいさつに立ち、次のように問題提起した。「これまで自社を支えてきたシステムを変えることは簡単ではありません。ただ、生成AIなど新しい技術を取り入れないと立ち行かない時代になっています。アイティメディアが実施したアンケートによると、マイグレーションやモダナイゼーションに対する姿勢は、ハードウェア更改や基盤整備など直近の課題への対応でとどまってしまう企業と、中長期の展望を持って従来課題を解消しながら先進技術の採用にも取り組む企業で二極化しています」
その理由を探ると、技術的なハードルだけでなく人の問題も見える。AIやクラウドなどの最新技術を理解し、実務を担うスキルを持つ人材の不足もあるが、「経営層の理解が得られない」「理解しても予算や人員を割いてくれない」といった経営層への翻訳スキルの不足も多くの企業が抱えるレガシー刷新の課題だ。
その上で内野は、マイグレーションやモダナイゼーションに取り組む際は「システムや技術の課題に目を向けるだけでなく、人、プロセス、組織、文化を含めた改革に取り組むことも重要です」と指摘し、セミナーを通じて「具体的なアクションにつなげるポイントをつかんでほしい」と訴えた。
続いて、リコーの浜中啓恒氏、アマゾン ウェブ サービス ジャパンの内村友亮氏、アイティメディアの内野によるパネルディスカッションを通じて、リコーのクラウド移行事例が紹介された。
「そもそもレガシー刷新は必要なのでしょうか」という内野の問いに対し、浜中氏は「レガシーシステムの“負の遺産”が残ると、ノウハウを持った人材がいなくなるなどの問題が必ず発生する」と刷新の必要性を説く。
リコーは2020〜2022年度に、集中的にオンプレミスシステムのAmazon Web Services(AWS)移行に取り組んだ。当時のリコーのITシステムは、海外3極(リージョン)と国内を合わせた4極に分かれていた。極ごとにレガシー化したさまざまなオンプレミスシステムが残り、マスターデータ体系やデータ定義もばらばらだった。中期経営計画を策定するに当たって、浜中氏はITロードマップを策定し、グローバル共通基盤の統合を目指したという。クラウド移行の大きな狙いは、機動力と柔軟性の高いITシステムの実現と、共通データ基盤整備によるデータドリブン経営の実現、セキュリティの高度化だった。
ハードウェアのEOS(End of Support)対応のタイミングで、一気にクラウドに移行したという。ITコストを削減しつつ、クラウドサービスを活用したビジネスモデル創出も目指した。クラウド移行率は、2020年度に10〜11%だったのが、2023年度には80.2%に到達。移行プロセスはスピーディーに進んだ。
「決算・マスター管理、個社会計、販売・サービス、PSI(Production、Sales、Inventory)、人事、生産、設計など、各業務領域のシステムは極ごとにバラバラで、ほとんどが老朽化していました。『2025年の崖』問題もあり、老朽化対応は急務だったため、極ごとにシステムを刷新しました。きっかけはITに関わる取り組みだったものの、プロジェクトとしては業務改革による効果を掲げて推進したことが、重要なポイントだったと言えます。IT部門が主導する取り組みは単なるシステムの入れ替えになりやすく、業務改革までたどり着けないことが多いからです」
クラウド移行プロジェクトは、社内で「RIZM(Realize the Innovation with Zero based cloud Migration)プロジェクト」と名付けられた。既存のオンプレミスシステムは、AIXシステムのLPAR(論理区画)に基幹システムが密結合していた。100ほどの基幹システムのうち、約80%をAWSのLinuxシステムに移行し、残りをオンプレミスのままアップグレードした。
「移行を推進する際のハードルをどう乗り越えたのか」という内野の問い掛けに、浜中氏はリコーが特に工夫したという事例を挙げた。かつてリコー社内で、AWSの7Rフレームワーク(注1)を使ってクラウド移行対象システムを仕分けしたところ、「移行可能なのは、サンプリングしたシステムの中で5%ほどだった」という報告が上がったことがあった。現場の担当者に「クラウド移行はリスク」と見なされてしまったわけだが、浜中氏はこの状況をさまざまな工夫で乗り越えたという。
※注1 AWSが提唱する、クラウド移行の7つの道筋「リロケート」「リホスト」「リプラットフォーム」「リファクタリング」「リパーチェス」「リテイン」「リタイア」のこと。
同氏が重視したのは、最初に「クラウド移行の価値を明確にして、プロジェクトメンバーの心理的安全性を確保すること」と、最後に「関係者をたたえること」だ。
「これまでクラウド移行に取り組んだことがなかったので、メンバーの心理的安全性を確保することが重要と考えました。トップが錦の御旗を一生懸命掲げるだけでは誰も付いてこられません。なぜクラウド移行するのか、なぜオンプレミスではダメなのかという議論は必ず出てきます。そこで、クラウド移行の目的を考えるためのワークショップをまず行いました。移行の目的は『EOS対応』ではなく『効果創出』と設定し、リスクの度合いをしっかり評価して、メリット、デメリットを理解できるよう議論しました」
移行期間中にはコードフリーズ(仕様凍結)をして、現有リソースをクラウド移行に注力した。「期間中はエンハンス開発(既存システムの性能、機能改善をする開発)ができず、ビジネスが止まることもあったため、事業部門からは大きな抵抗がありました。それに対して説明責任を果たすことも重要でした。加えて、プロジェクト終了後には、メンバーだけでなく、ベンダー、協力会社含めてしっかりとたたえることを心掛けました」
現場が納得して、自分事としてプロジェクトに取り組めるように、推進体制も工夫したという。「予算執行権限を持つITヘッドが自らプロジェクトをリードする体制にし、駆け込み寺(ソリューションアーキテクトオフィス)を設置して何でも相談できるようにしました。抵抗勢力が生まれたら対抗するのではなく、プロジェクトに巻き込んで仲間に引き入れました。ステークホルダーに直接話すことも重要でした」
リコーのエピソードを受けて、AWSの内村氏は「経営者と現場にはギャップがあるものです。意思決定者と現場が同じ言葉を使ってコミュニケーションを取ること、ワークショップで理解を深めることは重要ですね」と語り、「AWSでも、クラウドアダプションフレームワーク(CAF)という形で、クラウド導入を説得するとき誰にどういう言葉を使うのが望ましいのか、などの情報を提供しています」と補足した。
「保守運用の仕事とは何か」という本質的な問いに対して、浜中氏は「楽しい、一番重要な仕事」と即答し、次のように語った。
「システムはローンチした直後から価値が落ちていきます。価値を一定に維持し、さらに高めるためには、保守運用が不可欠です。社内に、そのシステムを理解している人が存在しなくなると、保守どころかシステム刷新すら難しくなります。将来を見据えたシステム刷新のためにも、保守運用は重要なのです」
内村氏は「価値を出し続けるということは、『深める』という保守運用に『探す』という行為を取り込むということ。新しく学んだことを既存の事業に生かせるようにする、それができる企業が、本当の意味で強い企業となれます」と言い添える。パネルディスカッション後に開催されたハッカソンの場でも、同氏はこのアプローチに対する具体的な実践イメージを、セミナー参加者にアドバイスした。
ハッカソンではグループごとに「移行課題を議論し、解決に必要なアクションを整理する」「移行計画を議論し、成功に必要な計画要素と避けるべきアンチパターンを理解する」という2つのテーマを設け、活発な議論が交わされていた。
本セミナーでは、AWSでエンタープライズアプリケーションのマイグレーション&モダナイゼーション担当ディレクターを務めるショーン・ルイス(Sean Lewis)氏も登壇。顧客のビジネス成長を支えるためにAWSが大切にしている文化的要素として、4つの項目を挙げた。
1つ目は「お客さま起点」だ。同社は常に顧客視点に立って仕事をし、AWSが提供するものは「顧客から求められたもの」だと語る。2つ目は「ビルディングブロック」。これは、積み木のように簡単に組み立てられるようにした機能やサービスを指す。3つ目は「セキュリティ」。これはプロダクトの最優先事項にセキュリティを掲げているという意味だ。4つ目は「リインベント」。顧客の新しい取り組みを支えることだ。
「こうした文化的な要素を重視することで、AWSが提供する技術やサービスは顧客にとってより価値あるものになります。同じことは、ベンダーやパートナーとの関係性についても言えます」とルイス氏は語る。
ユーザー企業の利便性向上と幅広い選択肢の提供を目的として、AWSはさまざまな企業とパートナーシップを締結している。マイグレーション&モダナイゼーションについては、2017年にVMwareとパートナーシップを結び、VMwareのワークロードをクラウドで動かせるよう支援してきた。ルイス氏は「VMwareを含むさまざまなワークロードをクラウドに移行して最適化できるよう、リロケート、リホスト、リプラットフォーム、リファクタリングといった選択肢を柔軟に提供していきます」と語り、技術支援の手厚さを強調した。
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アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2025年11月26日