よきOSSコラボレーターであるための5つの教訓:LinuxCon Japan 2013
「計画を持たない」「常によい人である必要はない」――LinuxCon Japan 2013のオープニングキーノートに登場したThe Linux Foundationのジム・ゼムリン氏は、こんな刺激的な内容も含んだOSSコラボレーターのための「5つの教訓」を紹介した。
5月29日から31日までの3日間、「LinuxCon Japan 2013」が東京・目白の椿山荘で開催された。LinuxConは、Linuxおよびオープンソースソフトウェア(OSS)の開発に携わる世界中のエンジニアが集うカンファレンスとして、毎年、北米およびヨーロッパなど、世界の主要都市で開催されている。
初日のオープニングキーノートでは、カンファレンスを運営するThe Linux Foundationのエグゼグティブ・ディレクター、ジム・ゼムリン(Jim Zemlin)氏が登壇。「LinuxおよびOSSの採用領域は、エンベデッド(組み込み)、ハイパフォーマンス、モバイル、自動車、クラウドコンピューティグに至るまで拡大しており、最もホットな分野で他のOSを席巻している」と口火を切り、Linuxおよびオープンソースがコンピューティグのあらゆる領域で採用されている状況について解説した。
Amazon、Google、Rackspace Cloudなどの大手のパブリッククラウドは、オープンソースをベースに構築されている。その背景には、OpenStackやCloudStackのような大規模なオープンソースのクラウド・フレームワークのプロジェクトがあり、また、Xen、KVMなどの仮想化ソフトやテクノロジはすべて、現在のクラウドに大きな影響を与えている。まさに「オープンソースのクラウドコンピューティグが、IT業界全体を変えようとしている」のだとゼムリン氏はいう。
その1つの例として、米国のアナリストによる傾向分析を挙げた。その予測によれば、ハードウェアやソフトウェアの購入など従来型のIT支出は、パブリッククラウドサービスに1ドル支出されるごとに、3〜4ドルずつ消えていくという。「AmazonのWebサービスは、2016年には100億ドルに達するとされている。それが現実になれば、3年以内に400億ドルもの従来型のITサービスが消える計算になる。これは大きな変化だ。そしてこの変化は、オープンソースによってもたらされる」(ゼムリン氏)
ビッグデータの活用は、Linuxおよびオープンソースによって推進され、モバイルや組み込み分野もオープンソースによって大きな変化を迎えている。また、「次世代型カーナビゲーションやインフォメーションシステムにオープンソースが採用されている」として、ゼムリン氏はLinuxConの前々日と前日に開催された「Automotive Linux Summit Spring 2013」で、日本および世界の自動車メーカーの担当者とオープンソースの活用について意見を交換したことにも言及した。
その上でゼムリン氏は、「世界がオープンソース化に進む中で、オープンソースを活用し、プロジェクトを成功させるためには、社内だけでなく、社外ともコラボレーションすることが必要だ」として、“よりよいコラボレーター”であるための5つの教訓を紹介した。
教訓その1:「Don't dream big」大きな夢を抱かないこと
最近アメリカでベストセラーになった本に、Daniel H. Pink著の「Drive」がある。この本は、人々の持続する「やる気」をいかに引き出すかについて書かれたものだが、その中のマサチューセッツ工科大学(MIT)で行われた実験に触れた部分が非常に興味深い。
MITは実験で、参加した人々を3つのグループに分けた。1つは、平均の2倍の金額を報酬としてもらうグループ。2つ目は、平均的な報酬をもらうグループ。そして3つ目は、わずかな報酬しか支払われないグループだ。そして、それぞれのグループに同じタスクを与えた。結果は、マニュアルのある作業では、報酬が高いグループが一番成績がよかった。しかし、クリエイティブなタスクでは、報酬が高いグループの結果は最悪だった。これと同じ実験は、ITの世界から遠く離れたインドのある村でも行われたが、結果は同じだった。
ここでの発見は、単純なルールに乗っ取ったルーティンワークや狭い視点で目の前のゴールを達成する時は外的動機でも何とかなるが、クリエイティブかつコンセプチュアルな右脳的思考が必要な時は、インセンティブやペナルティなど外的なモチベーションだけでは限界があるということだ。
“ I'm not doing anything big. Just something for fun. ”
「僕は、何も大それたことをしているわけじゃない。これが、僕にとってただ楽しいからやっているんだ」
これは、Linuxを作り始めた頃、開発への参加を呼びかけたLinus Torvalds氏の有名なEメールの一節だ。この日から20年経った今日まで、Linusはずっと楽しんできた。だからこそ、Linuxに取り組み続けてこられたのだ。
ソフトウェア開発はクリエイティブな作業だ。それは、詩人が詩を書いたり、画家が絵を描くことに似ている。ソフトウェア開発に取り組む人々のモチベーションは、根源的には、Linusが語ったように「楽しい」ことが大きく起因するのだろう。
そして、成長し、上達したいという思いも重要なファクターだ。例えばギターをもっと上手に弾けるようになりたい人が熱心に練習をするように、クリエイティブな仕事に対して、他の誰よりも長けていたいと思うことは、大きなモチベーションになる。それは、まさにソフトウェア・デベロッパのモチベーションそのものだ。
また、自身を超えてより大きな目的のために動きたいという目的意識も、クリエイティブにとっては大きなモチベーションになる。これらを満たすことこそが、個人のパフォーマンスを上げ、ひいては組織のパフォーマンスを上げてくれることにつながっていく。LinuxやOSSの開発者がまさにそれだ。
我々はいままで、「大きな夢を抱くべきだ」といわれ続けてきた。そして、大きな夢を抱くと、たいていの人は大きな成功も求めた。だが、それはやり続けてこそ実現できるものだ。
だからあえて「大きな夢を抱くな」といいたい。成功したいなら成功を目指すな。好きなことをやれ。まずは続けることが大事なのだから。そうすれば、成功は後からついてくるものだ。
教訓その2:「Give it away」すべて無償で提供すること
初めてデートしたとき、ディナーの席で彼女は「あなたは今どんな仕事をしているの?」と聞いた。私が「The Linux Foundationっていう非営利の団体に勤めてる」と答えると、彼女はひどくガッカリした表情で「じゃあ、あなたはどうやってお金を稼ぐの?」といった。
作ったものをすべてタダで提供してしまったら、お金はどうやって稼ぐのか。確かにこれは、非常によい質問だった。そこで、無償で提供してもお金を稼ぐことはできるのだということを説明したいと思う。
これは、Red Hat、IBM、Microsoft、3社の株価チャートだ。Red Hatは、無償ですべてを開放し、フリーのオープンソースソフトウェアのビジネスサポートを提供している。IBMはハードウェアとサービスを売っているが、その中にはオープンソースソフトが含まれている。それに対してMicrosoftは、プロプライエタリのソフトを提供している会社だ。
Red Hatの株価は、2008年から2012年までの5年間で約194%成長した。これに対して、IBMは約85%の成長。Microsoftは0.95%の伸びに留まっている。しかもMicrosoftの場合、5年どころか実際には10年間、ほぼ横ばいが続いている。
作ったものをすべて無償で提供してしまったら、お金はどうやって稼ぐのか? 答えは、それでもお金は稼げる。無償で公開することによって、アイディアを共有し、よりよい方法を採用して、ビジネスを成長させることができるからだ。ちなみにデートした彼女は、今、私の妻になっている。
教訓その3:「Don't have a plan」計画を持たないこと
「計画性がない」人は、あまりよい印象は持たれない。しかし、Linus Torvalds氏に、Linuxの将来の計画やコンピューティングの未来、そして次にくる大きな波は何かと聞いても、決まって彼は「分からないよ、そんなこと」と答える。LinusにもLinuxにもプランはない。しかし、それでも彼とLinuxが極めて大きな成功を収めてきたことは事実だ。
Linuxカーネルは、毎日多くのコードが追加されたり、変更されたりしている。例えば、カーネルの変更は1時間当たり7.38回も行われている。コンピューティング史上最も変更が多いOSだ。ソースコードは、2008年10月の時点では1000万行ほどだったが、4年半で50%以上増加し、現在は1500万行を超えている。しかも昨年だけで100万行追加された。
Linuxに対するR&Dの投資金額は100億ドルにも上り、世界中の400もの企業と何千人もの個人がLinuxに関わっている。そして、130万台の携帯電話が毎日Linuxで起動し、スーパーコンピュータの92%はLinuxを使い、85%の証券取引所がLinuxで稼働し、その取引高は1千兆ドルを超える。これらはすべて、計画して達成したことではない。
また、モバイルデバイス用バッテリの電力供給を向上させるために、携帯電話会社のほとんどがLinuxを使っている。さらに、それと同じソースコードが世界最大のスーパーコンピュータにも使われている。というのも、スーパーコンピュータのコストの中で最も高いのが、ソフトでもハードでもなく、電力と冷却のための費用だからだ。しかし、これも我々が予想したわけではない。
The Linux FoundationのJonathan Corbet氏が毎年まとめている“Weather Forecast(天気予報)”が唯一、Linnuxがどこに向かっているかを知るための指標といえる。しかし、それもあくまで天気予報で決して計画ではない。
計画がないほうがうまくいくのは、我々が自己形成型のコミュニティであるからだ。計画がないからこそ、自由に作れて、非構造的な形で関わる人々が自発的に集り、有機的に問題を解決できる。したがって、すべてを計画しようとしないことが重要だ。
教訓その4:「You don't always have to be nice」いつもよい人でいる必要はないということ
LinuxとOSSのおもしろさは、世界中の何千人もの人たちが集まって作ったところにある。そう聞くと、気心の知れた、よい人たちの集まりだと思うかもしれない。ところが、オープンソースのプロジェクトにいるのは、必ずしもよい人ばかりとは限らない。
Linuxの開発は、Linuxカーネルメーリングリスト(LKML)を通じて行われている。これを見たことがある人ならば分かるだろうが、オープンソースのプロジェクトに関わっている人たちは、遠慮なくお互いを批評しあっている。それどころか、ときには怒鳴ったりもする。
現在、Linuxカーネルのパッチの10〜15%は日本から上がっている。しかし、12年前まで、日本からのパッチはゼロだった。なぜなら、LKMLの上で展開される非常にタフな議論に当時の日本の開発者がなじめなかったからだ。そのため、まず彼らに、他の人への批評を良しとするLinux流の学び方を理解してもらう必要があった。
2003年、カリフォルニア大学バークレー校の心理学の教授が、よりよいアイディアはどうすれば作れるかについての研究を行った。実験では、参加者を2つのグループに分けた。1つは、従来型のブレーンストーミングをするグループ。そしてもう1つは、ディベートするグループだ。
そして、従来型のブレーンストーミングを行うグループには、他人の意見を批判してはいけないという条件を付けた。一方、ディベートするグループには、批判することを恐れず、他の人のアイディアに挑み、自分のアイディアを守るよう指示した。
結果は、ディベートグループが格段によいアイディアを生み出した。彼らは、ブレーンストーミングチームの8倍もの数のアイディアを絞り出し、そのアイディア自体もリッチで深く熟慮されたものだったという。
オープンソースにおいても批判的であることは、よりよいアイディアを生み出すために欠かせない環境だ。もちろん、そこに限度はあるが、お互いの考え方に挑むという姿勢は悪くないのだということを理解することが重要だ。
教訓その5:「The best firms invest in external research and development」外部のR&Dを活用すること
日本の産業界はR&Dを重視し、これまでもR&Dに莫大な投資を行ってきた。しかし、それは主に社内においてだった。今日、成長戦略を成功させているのは、外部のR&Dを活用した企業だ。
企業は、ソフトウェアとアイディアを使って製品を生み出すが、よいアイディアは社外からもたらされることが多い。例えば、クラウド・コンピューティングがよい例だ。クラウドには、Amazon、Google、Linux、OpenStack、KVMなど、さまざまな技術が使われているが、それらはみな社内のR&Dで生まれたものではない。それらの多くは、社外のオープンソースによって生まれている。
これらのテクノロジを使った新しいクラウド・コンピューティングの流れが始まり、いまやクルマや冷蔵庫、ラジオに至るさまざまな製品にもコンピュータが搭載されるようになった。その「つながった世界」の中で、オープンソースは接着剤のような役割を果たすはずだ。その意味で、LinuxやOSSは、人間にとって最も価値のある資産だといえるだろう。
トップテクノロジ企業には、外部R&Dを管理する専任の担当者がいる。彼らは、どのオープンソースプロジェクトに注目し支援すべきか、どんなライセンスを使えばよいか、また、社内のプロジェクトとどのように協働させるかを決定する。このような外部のR&Dへの注力と、オープンソースとのよりよいコラボレーションを目指す動きは、今世界中で起こっている。
Linuxは20歳になり、世界に影響を与え始めたが、まだ、それは始まったばかりだ。皆さんと皆さんが所属する企業にも、Linuxやオープンソースを活用し、そのよりよいコラボレーターになってほしいと思っている。そうなればコミュニティはますます成長し、さらに素晴らしいものを生み出すだろう。
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