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仁王像も短期間で作り上げた、日本のものづくり本来の力とは特集:DevOpsで変わる情シスの未来(番外編)

DevOpsやアジャイルの核となる概念は、決して新しいものではない。日本の優れたものづくり組織が、半ば本能的に持ち合わせてきた力でもある。

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仏師たちの取り組みにも通じるDevOps

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●著者:三宅秀道●東洋経済新報社●ISBN-10: 4492522050●ISBN-13:978-4492522059●発売日:2012/10/12

 「戦争直後の浜松で、町工場の名物親父社長が、闇市に買い出しに行く奥さんのために、旧軍の遺した通信機用のエンジンを自転車につけてあげた」。「この奥さんが本田さちさんで、ご主人が宗一郎さんです」。「この話の面白さは、『バタバタ』と呼ばれたこの原動機付き自転車の最初のモデルが」、湯たんぽの燃料タンクなど「既存の技術の寄せ集めと転用であって、さほどの技術革新というほどのことではないということです。しかしこれがユニークなのは、『女性でも扱える小型人工動力輸送機関』として、日本の家庭生活を変革するインパクトを持ち、それがちょうど当時の日本社会が望んでいた新しいライフスタイルだったということです。つまり、文化の新開発、革新だったのです。新しい市場をつくるのには、まずこうした新しい文化、生活習慣、ライフスタイルの登場が必要なのです」――

 本書「新しい市場の作り方」は経営学の研究者として、1000社を超える中小ベンチャー企業の製品開発事例を調査してきた著者が、日本企業の製品・サービス開発の在り方に問題提起した作品だ。

 近年、日本企業は「独創的な商品を作れなくなった」と評されることが増えた他、「名門といわれる自動車メーカーや家電化メーカーが大赤字を出した」といったニュースも聞かれるようになった。これらに対して「日本製品の高機能志向が急拡大した途上国の需要にうまくマッチしなかった」「急激な円高の影響」などの外的要因が理由として解説される例が多い。だが著者は、それだけでは「説明できない」と指摘する。

 例えば、Facebookなど「インターネットを利用した新しいサービスや商品が出てくるのはアメリカからという事例が多く、日本からはこの分野のめぼしい新商品がなかなか登場」してこない。本書では、インターネット関連分野に限らず、こうした事象の根本原因は、多くの日本企業が「新しい市場のつくりかたを考えていないことにある」として、現在の日本企業が陥りがちな問題点をあらゆる角度から考察しているのである。

 特に強く指摘しているのは、冒頭でも紹介した「新しい文化やライフスタイル」を創造する力の不足だ。というのも、日本の工業製品が特に評価されてきたポイントは「資源の節約」にある。例えば「さらに薄いテレビ、さらに軽いケータイを開発」するなど、資源節約型の商品を追究することで、生活をより快適なものにしてきた。

 だが本書では、例えば「100グラムのケータイを50グラムにすることに、どれだけ意味があるのでしょうか。電車に乗ると、握りこぶしほどの縫いぐるみを三つもケータイからぶら下げている女子高校生がいるのに」と指摘。その上で、多くの日本企業は「こんなモノがあればいいのに」という「独自の問題設定」ではなく、欧米で設定された問題を「より良く解決する」ことに力を向けてきたのではないか、「技術はもちろん大事」だが、「『技術が大事だ』で価値について思考停止になってしまってはいけない」、「その創造性を問題解決手段の改善のみならず、むしろ問題の設定自体に向ける」べきだと警鐘を鳴らしているのである。

 では、日本企業が力を取り戻すためにはどうすれば良いのだろうか? 本書はその方策として、日本のものづくり組織が本来的に持っている強みに光を当てている。例えば高品質な製品を作るためには、「概念設計、機能設計、構造設計、工程設計、これら四つのデザインプロセスをうまく連携させること」が前提となる。だがそうしたプロセスがあっても、「やってみると思わぬ、予期しない反応や結果が出ることがしょっちゅう」ある。従って、品質を維持・向上させるためには、「そのときにすかさず生産現場が対処・対応」し、「さらにより高い品質のものづくりにつなげる」現場の創造性がポイントとなる。

 その点、日本にはそうした創造性が発揮された事例が多数ある。例えば数カ月で作られたといわれている東大寺の仁王像もその1つだという。「あれだけの迫力を持った、素晴らしい造形美を集団で素早くつくり上げる」ことができたのは、非常に高度で密なコミュニケーションを取り合い、「まさに現場で現物をもって各パーツ間のすり合わせが行われることに熟達していたから」に他ならない。

 本書では、こうした “強み”とは、「生産担当者たちが、商品のコンセプトや概念設計に基づいて、構造設計と工程設計を毎日調整し、再設計」する判断力や創造性が支えていることを解説。現在の日本企業も、日本のものづくり組織が持っていた現場の力を、あらためて見直すことが重要だと示唆するのである。

 それも単なる現場主義ではなく、「現場を超克する戦略性」を持って「本社の立場」から行動することが大切だと説く。具体的には、現場で「主体的に自分から情報を発信し、現場に働きかけ、新しい情報を発生させる、創造する」といったインタラクションを創出する。

 例えば新製品開発では、企画担当者が「生産の場から試作品という形で消費の場へメッセージを送り、そこで新しい情報の発生を働きかけ、それを消費者からの反応情報として生産の場へフィードバックし」、「ものづくりが一つグレードアップするように働きかける」。さらに、組織としてこれを実行できるよう、「商品の企画意図や商品設計仕様の細部まで情報化」して関係者間で共有し、インタラクティブなコミュニケーションを醸成する。「すでにあるもの」ではなく、「概念さえなかった新しい商品」を創造する上では、こうした現場が自ら考え、働き掛ける力を大切にするアプローチが重要だと訴えている。

 さて、いかがだろう。「試作品を基に市場の反応をうかがい生産にフィードバックする」という考え方は、近年注目されているリーンスタートアップの核となる概念である他、仏師たちが短期間で仁王像を作り上げたエピソードなどは、DevOpsの考え方をほうふつとさせるものだ。現場自らコンセプトや概念設計を見据えつつ、「構造設計と工程設計を毎日調整し、再設計」するというスタンスなどは、まさしくDevOpsの核となるアジャイル開発プロジェクトにおいても重要なものといえるだろう。特に印象的なのは、冒頭のホンダのエピソードにしても、仁王像のエピソードにしても、現場の人間が「技術で実現できる価値」を第一に考え、価値の発揮を見据えて行動している点だ。

 昨今は業種を問わず、標準化や効率化ばかりが偏重されがちな傾向が強い。だが自社のビジネスにおいて、本当に大切なものとは何なのだろうか? ビジネスへの寄与を期待されている企業ITの現場においても、本書は多くの示唆を与えてくれるのではないだろうか。

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