「共にビジネスを切り開くパートナーになる」組織作りと人材活用が大切――TIS:特集:アジャイル時代のSIビジネス(5)(2/3 ページ)
SIビジネスの地殻変動を直視し、有効なアクションに変えたSIerの声を紹介してきた本特集。今回は大規模SIer、TISへのインタビューを通じて「SIerにとって本当に大切なこと」をあらためて確認した。
Pepperを活用した「金融 × 先端技術」の取り組み
こうした転換期にあって、戦略技術センターは事業部から独立したR&D組織として、新規事業領域への適用検証、知財権の取得、ソフトウェアサービスのプロトタイプ開発といった役割を担っている。油谷氏によると、戦略技術という点でTISが強みを発揮するのは、「従来からの事業と新規事業を掛け合わせるケース」だという。
ユニークな事例としては、東京急行電鉄と東急カードが「TOKYU CARD」の案内に、ヒト型ロボット「Pepper」を活用し、二子玉川でマーケティング活動を展開したケースがある。
参考リンク:TOKYUCARD案内係にPepper採用(TOKYUCARD)
「戦略技術センターで担当したものですが、担当スタッフはもともと金融系の事業部のSEでした。新規の取り組みのため『何をどう展開するか』という要件はありません。そこで顧客企業と共に、アジャイル的な手法でディスカッションを重ね、1週間ほどで実装しました」
この取り組みの目的は、「新規会員獲得の増加」と「来街者への集客・告知効果」の2つ。単にPepperを街頭に立たせて呼び込みをさせるだけでは目的達成は難しい。一方、Pepper自身の能力として、1対1での応対は可能だが、複数人への対応はできないという課題があった。
そこで新たに、「呼び込み(1対多)モード」と、「対話(1対1)モード」という2つのモードを持つ独自のPepperアプリケーションを開発。Pepper自身に「カードはすぐに作れて、今日からポイントがためることができるよ。だからTOKYU CARD入って」などと呼び込みをさせ、呼び込んだ顧客を認識させた上で、「TOKYU CARDを持っているかどうかの確認」「カード発行の案内」「写真撮影」などをできるようにした。
「目的はPepperと話すことではなく、パンフレットを渡して新規会員獲得につなげること。パンフレットを受け取って楽しくなるような“仕掛け”をコンテンツとしてどう作っていくかが重要で、その手段としてPepperを採用し、必要なアプリケーションを開発したわけです」
この取り組みは効果が高く、通常より多くの顧客に告知ができ、実際に獲得数の増加にもつながった。さらに、取り組みに興味を持った他企業から「同じようなマーケティング施策を実施できないか」という相談が数多く寄せられ、新開発したアプリケーションやノウハウは他社の取り組みにも生かしているという。
「金融分野の顧客に対して、金融以外の要素を掛け合わせて、『新しい施策』と『その実現に必要なアプリケーション』を提案し、共に作り上げていく。先に述べたように、顧客側に解答があってそれに応えるだけ、といったビジネスは減少傾向にあります。顧客の目的に最適な施策と仕組みを提案するためには、幅広い業種・業界の知見を組み合わせるとともに、それに必要な技術、人材も併せて用意することが求められます。これができることがTISの大きな強みです」
事実、小規模なスタートアップや特定業種に特化したSIerの場合、こうした“掛け算”を実現する力はどうしても低くなりがちだ。特にIoTやFinTechにおけるサービス開発では、異なる分野のノウハウ・知見を掛け合わせることが、成功の1つのカギとなる。TISではこの強みをさらに発揮するために、組織全体の体制整備にも着手しているという。
「各業界での業務が拡大し、異なる業界のサービスが交じり合う傾向が強まっています。そこで1つの案件でも、必要に応じてさまざまな部門が参加できる体制に移行し始めています。例えば、金融企業のお客さまと共に消費者向けマーケティングに取り組む際には、弊社の金融系事業部門がフロント対応をしつつ、開発チームには基幹系の固いシステムを作るエンジニアから、消費者向けのモバイルアプリを作るエンジニアまで、幅広い人材を集める。顧客企業の目的に最適な開発体制を柔軟に整備できる企業はなかなかないと思います」
なお、戦略技術センターは「3〜5年先の中長期的な技術戦略」の立案・設計を担うが、戦略を事業に落とし込むためのビジネス設計を担う「ビジネスクリエーション事業部」も存在する。戦略技術センターがR&D部門としてニーズを先読みし、検証した上で、ニーズがあると分かったものはビジネスクリエーション事業部に引き継ぎ、各事業部にビジネス企画として落とし込んでいく。単に市場の先を読むだけではなく、“事業化する仕組み”を組織として整備していることも同社の強みといえるだろう。
外部に認められるような人材に
戦略技術センターは総勢20人という陣容であり、「社会インフラのような大規模な開発に携わりたいと考えてTISに入社する人が多い」中でも、「技術的に新しいことをしたい」という希望を持つ人の中から採用しているという。
具体的には、社内公募やインターンを行っている。社内公募は常に実施しており、興味を持ったエンジニアはすぐに手を上げることができる。インターンは毎年冬季、情報科系の大学や大学院の学生を中心に行っており、そこで戦略技術センターの取り組みに触れてもらっているという。だが、事業部のSEとはミッションも評価基準も大きく異なる。たとえ本人に興味が合っても、技術知識やスキルレベル、志向や適性によっては“狭き門”になる。
「人材を教育するというより、自分から進んで仕事を見つけて取り組んでください、というスタンスのため、人によっては合わない場合もあるわけです。要はエンジニアに“自立”を求めている。社内に閉じることなく、外部に認められるような人材であってほしいという願いがあり、それが部門の目標にもなっています」
KPIの1つは「ブログやメディアなどで、社外に積極的に発信すること」。発信すると評価ポイントがたまる仕組みを2015年に制度化したという。社外への情報発信に積極的な考えを持ち、それができるスキルを持つ人材でなければ、採用で門前払いにすることもあるという。
参考リンク:TISの公式技術者ブログ「TechSketch」
もっとも、自立を求め、社外への発信を奨励することは、最終的にエンジニアに独立を促すことになりかねない。この点で、社内におけるキャリアパス設計には今後も注力していくというが、R&D部門で活躍できる人材の発掘と、成長の場の提供に“組織として投資”していることは、SIerが持続的発展を遂げる礎を築く上で、非常に重要な一要素といえるのではないだろうか。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- なぜDevOpsは正しく理解されてこなかったのか?〜ベンダーキーパーソンが徹底討論〜(前編)
IoTやFinTechトレンドの本格化に伴い、DevOpsが今あらためて企業からの注目を集めている。だがDevOpsは、いまだ正しい理解が浸透しているとは言いがたい状況だ。そこで@IT編集部では、国内のDevOpsの取り組みをリードしてきた五人のベンダーキーパーソンによる座談会を実施した。前後編に分けてその模様をお伝えする。 - 若手は居場所をなくさないために積極的に主導権を取れ――今のSIerの現実
本連載では、システムを外部に発注する事業会社の側に立ってプロジェクトをコントロールし、パフォーマンスを最大化するための支援活動をしてきた筆者が、これまでの経験を基に、プロジェクト推進の勘所を解説していく。 - 「アジャイルか、ウォーターフォールか」という開発スタンスでは失敗する理由
ビジネスにアジリティが求められている現在、システム開発にも一層のスピードが求められている。だが最も大切なのは、各開発手法の是非ではなく「役立つシステム」をスピーディに開発すること。ただ速く作ることではない。