良品計画に見る、ビジネス部門主導のAPIベース開発がもたらした効果と教訓:「7割主義」でスマホアプリ開発期間を5カ月に圧縮(1/3 ページ)
ガートナーが2016年3月14、15日に開催した「エンタープライズ・アプリケーション&アーキテクチャ サミット 2016」では、2日目のゲスト基調講演に、良品計画のWeb事業部でCMT(Chief Marketing Technologist)を務める濱野幸介氏が登壇。本稿では、濱野氏の講演のエッセンスをお届けする。
モバイルアプリの開発を機にシステムのAPI化に着手、その背景と効果の実例
「自然」「無名」「シンプル」をキーワードに、国内向けには「無印良品」、海外向けには「MUJI」のブランド名で、素材を生かした衣料や生活雑貨、食品など多彩な商品の企画開発・製造・流通・販売を手掛ける良品計画。同社は2013年、モバイルアプリ「MUJI Passport」の提供を機に、Web API(以下、API)を駆使してMUJI Passportを含む各種サービスを「MUJIマイル」に接続し、シームレスに利用可能にするプラットフォームを5カ月という短期間で構築することに成功した。
本稿では、良品計画 WEB事業部 CMT 濱野幸介氏の講演内容を基に、良品計画のAPIベースのプラットフォームがどのような背景で企画・構築され、どのような効果をもたらしたのか。さらに、今後API化の取り組みをどのように発展させようとしているのかを解説する。併せて、講演内でガートナーの片山治利氏がモデレーターを務めたQ&Aセッションの模様も紹介する。
事業部が持っていた課題と、そのために企画された新システムの3つの目的
良品計画でWeb APIベースのシステム構築プロジェクトとして「MUJI Passport」アプリと「MUJIマイル」サービスの開発を主導したのは濱野氏が所属するWeb事業部である。同社においてWeb事業部は、単にECサイト「無印良品ネットストア」などのWebサイトを運営するだけではなく、デジタルマーケティング全体をグローバルに統括する役割を担っている。
Web事業部の役割について、濱野氏は、「ネットストアの売上は全体の7〜8%にすぎず、Web事業部が実店舗を含む9割の売り上げに貢献するためには、デジタルメディアを活用して顧客とのコミュニケーションを促進し、実店舗に送客する役割を果たす必要がある」と強調する。
そのような役割を担うWeb事業部にあって、濱野氏は、全社的な視点でマーケティング戦略の立案をサポートするChief Marketing Technologist(CMT)を務めている。
デジタルマーケティング全体をグローバルに統括するWeb事業部の課題
濱野氏が所属するWeb事業部では、どのような課題を抱えていたのだろうか。Web事業部では2009年頃から、顧客とのコミュニケーションの確立を目指して、「くらしの良品研究所」などのオウンドメディアの構築を始め、TwitterやFacebookなどソーシャルメディアの活用、そして実店舗との連携に積極的に取り組み、個々のプロジェクトにおいてはそれぞれ大きな成果を上げてきた。
しかし、濱野氏は、Web事業部のこうした取り組みも、良品計画の事業全体から見ると必ずしも十分ではなかったと指摘する。「これまでの取り組みをあらためて総括してみると、プロジェクトが局所的であったり、部分的であったりして、必ずしも実店舗の売り上げに直結できていなかった」(濱野氏)
課題を解決するために企画された新システムの3つの目的
こうした課題を抱える中で、Web事業部が主導して、新システムの構築を企画した。濱野氏によると、新システムの構築には、3つの目的があったという。1つ目は、ネットとリアルの区別なく無印良品のファンとコミュニケーションを図ること。2つ目は、実店舗の来店客数の増加、つまり売り上げの増加を図ること。そして3つ目は、マーケティング施策の効果を可視化することである。
課題を解決するために企画された新システムの概要
そこで、具体的に企画されたのが、MUJI PassportアプリとMUJIマイルサービスの開発と構築だった。
では、MUJI Passportアプリとはどのようなものか。
まず顧客は、このアプリを使って、無印商品のニュースの参照や商品(在庫)検索、店舗検索の機能を利用できる。また、口コミを投稿したり、実店舗でチェックインしたり、実店舗で買い物をするときにアプリが表示する会員証を提示したりすることよってMUJIマイルをためることができる。所有するマイル数に応じて買い物に利用できる「MUJIショッピングポイント」を獲得できる他、クーポンなどのプレゼントも受け取ることもできる。
加えて、MUJIマイルをためられるのは、MUJI Passportアプリからだけではない。MUJI Passportアプリ上で、無印良品ネットストアのIDとMUJIマイルを「つなぐ」ことによって、ネットストアの会員がネットストア上で買い物をしたらMUJIマイルがたまるようになる。同様に、以前から利用されているクレジットカード「MUJI Card」のIDとMUJIマイルをつなぐことで、MUJI Cardの会員が無印良品の店頭でMUJI Cardを提示するだけでMUJIマイルがたまるようになる。
2012年、APIベースの開発が課題解決の決め手に
こうした複数のID連携の課題をどう解決しながら新しいマイルサービスへの移行を果たしたのか。その解決策として浮上したのがAPIベースの開発アプローチであった。「IDやサービスをいかに効率的に接続し、スムーズかつ迅速に連携できるようにするか。2012年の段階での解はAPIベースの開発しかなかった」と濱野氏は説明する。
新システムの全体像を見ると、中心にMUJIマイルサービスが位置しており、これがAPIを介してさまざまなサービスと接続するプラットフォームとしての役割を担っていることが分かる。例えば、アプリベンダーに開発を委託しているMUJI Passportアプリに対しては、外部向けAPIとして、他ID(ネットストアIDなど)連携の機能をはじめ、会員照会や会員登録、マイル照会やポイント照会などの機能が提供されており、アプリベンダーはこれを使ってアプリの機能強化や更新を容易に行える。
一方、内部向けAPIとして、POSレジに対しては会員照会や取引情報登録などの機能、ネットストアに対しては、会員照会や会員登録、マイル照会やポイント照会、ポイント利用などの機能が提供されている。さらに、提携企業がMUJIショッピングポイントを利用するための外部連携用として、ポイント発行のAPIも用意されている。
APIベースの開発プロジェクトでは、APIをどのようなRESTで呼び出せば、どのようなレスポンスが返ってくるかという内容を定義したAPIドキュメントを最初に作成し、これをベンダーと共有しながら開発を進めていく。「(こうした)APIベースの開発は、スタートアップの企業では当たり前のことかもしれないが、エンタープライズの領域ではこれまであまり採用されてこなかった。今後はエンタープライズの世界でも導入が進んでいくのではないか」と濱野氏は見ている。
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