日本の企業とエンジニアが「クラウドでコスト削減」に失敗し続ける本当の理由:ガートナーに聞く「デジタル時代に求められる人、ノウハウ、テクノロジ」(1)(1/3 ページ)
デジタルトランスフォーメーションが進む中で、エンジニアの役割、テクノロジの使い方が大きく変わりつつある。ITがビジネスを左右し、場合によっては業界構造すら破壊してしまうと言われている中で、われわれはどう変わっていけば良いのだろうか? 本連載では、ガートナーのアナリストにリレー形式でインタビュー。デジタルディスラプションに対応するための指針を探る。
およそ全てのビジネスをITが支えている今、IT活用の在り方がビジネスのパフォーマンスに直結する状況になっている。特にWeb、モバイルが社会一般に深く浸透した現在、IoT、FinTechトレンドに顕著なように、ITサービスが重要な顧客接点となり、「サービスの企画力」「開発・改善のスピード」が差別化のポイントとなっている。
重要なのは、製造、金融に限らず、流通・小売り、交通、不動産、農業など、あらゆる業種で同じ状況になっていることだろう。「クリック1つで買い物ができるアマゾン」「スマホ1つで迎えに来て、料金も安いUber」のように、「ITの力で、これまでできなかったことを可能にしたサービス」「考えも及ばなかったような利便性を提供するサービス」が次々と生まれては受け入れられ、既存のビジネスや業界構造を脅かしている。ITの発展と浸透によって、“ビジネスのルール”が大きく変わりつつあるのだ。
こうした中にあって、「ITサービス開発」は「ビジネス開発」ともはや同義となり、ビジネスをリードするのは、まさしくエンジニアの役割となりつつある。そうした認識が浸透している米国では、多くの企業が高度なスキルを持つエンジニアを雇用して内製をさらに強化し、サービスの差別化にまい進している。GEのクラウド業界進出、グーグルの自動車業界進出などはその最たる例だろう。
これに対して日本企業はどうか? IoT、FinTechトレンドが本格化する中で、一部Webサービス系企業、銀行などの金融系企業の取り組みは目立つものの、まだ大方の企業はIT活用において米国企業に大きく引き離されているのが現実だ。
とはいえ、これは決して「ビジネス/サービスをデジタル化して、新たな価値を創出する」デジタルトランスフォーメーションの重要性が認知されていないというわけではない。むしろ、そうした取り組みが進むことによって、既存のビジネスプロセスが大きく変わったり、業界構造が破壊されたりする“デジタルディスラプション”に対する危機感を多くの人々が口にする。にもかかわらず、なぜ日本ではデジタルトランスフォーメーションがなかなか進まないのか?――ガートナー ジャパン リサーチ部門 ITインフラストラクチャ バイスプレジデント 兼 最上級アナリストの亦賀忠明氏に話を聞いた。
「ハイスキル、ハイリターン」が、これからの大原則
編集部 IoT、FinTechトレンドが進む中、デジタルビジネスの重要性に対する認識は国内でもかなり浸透していると思います。これに伴い、エンジニアに求められる役割も大きく変わりつつあると思うのですが。
亦賀氏 昨今のデジタルトランスフォーメーションにおいて、エンジニアに求められているのは新たなビジネス/サービス価値を生み出す「クリエーター」としての役割だと考えます。しかし日本では、「エンジニア」が、言われたこと/決められたことを手順通りにこなすだけの「作業者」のように捉えられてしまっているのが現実ではないでしょうか。エンジニア自身も、自らを「作業者」と位置付けてしまっている部分がある。
そうしたことは、エンジニア向けの資料や書籍にも表れている気がします。例えば英語圏の技術書は、対象を扱う手順だけが紹介されているわけではなく、対象を理解することで何らかの新しいスキルや気付きが得られるような構成になっており、読者であるエンジニアも自らのタレント価値を上げるためにそうした心づもりで読み込んでいる。しかし国内の技術資料や書籍というと、どう見ても作業手順書にしか見えないものが目立ちます。エンジニア自身もそうしたものを期待している節がある。しかしデジタルビジネスをリードできるのは、手順書を見て手を動かすだけの「作業者」ではありません。自らスキルを高めサービスを発想・構築できる、創造力ある「エンジニア」です。
経営層の認識にも問題があると思います。例えばグーグルがディープマインドを買収した金額は約500億円といわれていますが、エンジニアはほんの十数人です。乱暴な見方ですが、1人当たり十億円以上の価値を見いだしていることになる。これは、人工知能の領域のエンジニアが大リーグの選手と同じような認識で捉えられていることを意味します。
しかし日本企業の雇用条件を俯瞰してみると、例えば流通・小売り業におけるITサービス開発エンジニアの場合、デジタルマーケティングなどであっても、年収300万〜500万円ほどの求人が多く見られます。一部の大企業クラスでも年収800万〜1000万円ほど。しかしシリコンバレーにあるGEのITアーキテクトは年収1800万円です。デジタルビジネス分野で人材獲得競争になっていることを、米国企業が深く認識していることが強くうかがえます。
日本は往々にして、期待する人材スペックに対して給与が低すぎるか、給与を前提としてスペックも落とす傾向があります。一方、米国では求めるスペックにきちんと対価を支払おうという姿勢が企業にあると考えます。これでは、真に優秀な若手が、今後、日本企業に入らなくなる可能性があります。デジタルビジネスでの人材獲得競争はグローバルレベルで起こっていることを、日本企業は認識すべきです。
こうした「スキル」に対するエンジニア、経営層の認識は、今のクラウド活用にも表れています。多くの企業は「クラウドを活用してコストを削減したい」と強く願っている。そのためには「クラウドを使いこなしてコストを削減できるスキル」が必要です。しかし日本企業は「スキルに対して対価を支払う」という概念がないか、あっても弱い。「コスト削減せよ」とばかり強く求めてしまう。
IT活用がビジネスに直結している今、企業とエンジニア、双方にとって「ハイスキル、ハイリターン」の原則が当てはまる時代になっていると思います。「スキルを持つ企業がビジネスで勝つ」「スキルに対して対価を支払う」「対価を支払ってスキルを獲得する」といった考え方が、国内でもスタンダードになっていくべきです。スキルに対してお金を払いたくないなら、スキルが低い人材しか集まらない。しかしそれではデジタルビジネスの市場競争についていけず、会社として衰退してしまう。
単なる金額の話ではありません。エンジニアも、経営層も、「作業者」ではない「エンジニア」の価値を再認識すべきだということです。それがデジタルトランスフォーメーションの中にあって自社を発展させる礎になる。また、それがスキル獲得に向けたエンジニアのモチベーション高揚にもつながると思うのです。
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