ベイサイドクルーズで、美女と暴走しちゃいました:激務な職場を辞めたいが、美女が邪魔して辞められない(最終回)
ぼく、梧籐剛。7次請け開発会社で働くITエンジニアです。「退職したい」「退職したい」と言い続けて、早2年半。どうやら本当に退職する日が来たようです。でも、その前に、この暴走屋形船を何とかしなくちゃ!
ここは都内のとあるベンチャー企業。27歳のエンジニア梧籐剛(ごとうごう)は、トラブルばかりの業務に忙殺されながら、自分のキャリアについて少しずつ考えを深め、ついに、リナと椎子に転職の意志が固いことを伝えた。椎子はそれを受け入れたが、リナはどうしても納得できず……?
……ねえ、梧籐くん。
はい。
だいぶ前にさ、炎上しながら走るバスみたいな案件を、梧籐くんとずっと手掛けていたいなあ……って話をしたの、覚えてる?
(さわやかな潮風)
そういえば、そんなことありましたね。
何だか、その夢がかなったみたいで、今すごくうれしいの。
わたしも、リナさんの気持ち分かります。いまわたしたちが乗ってるのは、暴走するバスじゃなくて、制御系統が壊れて、操舵不能になって、全速力で東京湾から出ていこうとしてる屋形船ですけどね。
(ブオオオオオ……)
炎上はしてるけど、屋形船じゃなくて、業務の方だしね。運用を始めたばかりのサービスで、大規模なデータベース障害が……(遠い目)。あの、リナさん、やっぱり舳先は寒いから、対策会議は船内でやりませんか?
(さわやかな潮風)
(スカイプごしに)よりによって私が社外へ出ているときに、こんなことになるとは……。すまんが、何とか収拾してくれ!
そもそも、屋形船を借りてオフィスに使うという発想に問題があると思うんですけど。
Webサイトで人目を引けるし、打ち合わせも盛り上がるし、いいことだらけじゃないか! こういう「スキマ物件」のレンタルを仲介するわが社のサービスの、いい宣伝にもなる!
まさにその「スキマ物件仲介サービス」が、いまデータベース障害で大変なわけですが……。
でも、すっごくワクワクするでしょ? いまの梧籐くんだったら、こんなトラブル、簡単に解決するはずだもん。やっぱり、トラブルシューティングこそ天職だと思わない?
いやいやいや! そんなことないです!
でも、今日のせんぱい、すごく落ち着いてますよね。
船の暴走と業務の炎上、どっちの解決を優先して、どうリソースを振り分けるか、悩んでるんだよ。うーん、困った……。
頼もしいわー。
わっ、せんぱい! 目の前に大きなクジラが!!
アンドロイドたち! 緊急回避!
おはありでーす! 海の家まで専用バスでお送りしまーす!
イエス、サー。 右または左に曲がります。ご注意ください。
Null
うーわ〜〜〜〜!!!
(わーい♪)
なぜ東京湾に、あんな巨大なクジラが……?
何とか避けられましたね……。温暖化と関係があるのかしら。
操舵できないから、船から外したドアを使って、アンドロイドに無理やりかじ取りをさせるしかないんだよね。
衝突の危険がこんなにあると、ぜんっぜんトラブル対応に集中できないですね。
この対応のしづらさ、燃えるわー(ニコニコ)。
ねえ、梧籐くん。アタシね、考えてみたの。開発って、突き詰めれば、大小たくさんの問題解決を集めたものだっていえるんじゃない? 究極的には、梧籐くんが開発に感じる喜びって、問題を解決することの喜びだと思うんだ。今の状況みたいなトラブルシューティングの楽しさって、そういう問題解決の究極の形なんじゃないかな。
うーん、そう言われるとなんだかそんな気も……?
リナさんがそう言いたい気持ちもすごく分かるんですけど、せんぱい、のせられちゃだめですよ。
もっともっと、トラブルシューティングの麻薬的な楽しさを実感しようよ!
あああ、何だかギリシャ神話のセイレーンの歌みたいに、リナさんの考えに引き寄せられる……。
こっちにおいでー。たのしいよー。ほーらほーら。
せんぱい、リナさん! 前方に大きな、何だろあれ、えーと、……昆布とラッコの大集落が!!
うわ! 主舵いっぱーい!!
アイアイサー!
はー、あぶなかった……。よく見たら、真ん中にでっかい岩が突き出てましたね。
東京湾のこのへんって、いろいろ不思議なものがあるのねー。
グーグルマップでも、曖昧な表示になってる辺りですもんね。
何だか、アンドロイドたちがますますいいコンビネーションを発揮してるような気がするんだよね。
そうですね(満足げな顔)。
(それって……)
さて困ったぞ……。制御系統はぜんっぜん反応しないけれど、エンジンを停めるだけなら、取りあえずできそうなんだけどなあ。最終的な手段としては、燃料のバルブを閉めちゃえばいいんだもんね。
でも、エンジンは発電機とつながっているから、電力供給が断たれて、PCもネットも使えなくなってしてしまうんですよね……。
ダメだ! ここはやはり、サービスのトラブル解決を優先してもらわねば。ほんのちょっとだけ危険かもしれないが、そうしてくれ!
ええっ……それは……。
ちょーっと待ってください!
えっ?
社長、それはダメです! ここは、社員の安全を優先しましょう。
アタシが上長としての裁量で決定します。まず、屋形船のエンジンを停めます!
しかし、それじゃ業務がまずいことになる! サービスの一時停止による機会損失が……融資への影響が……。
波乱が大好きなアタシですけど、ここは譲れません。会社の浮き沈みより、社員が無事であることの方が大事です!!
リナさんがそんなことを言うなんて、意外です……。
アタシにだって、譲れない一線はあるってことよ。
……(小声で)それに、ちょっと寝かせると、トラブルはさらにおいしく頂けるでしょ?(ウインク)
(やっぱりリナさんだった……)
そうですね、考えてみれば、そもそも、うっかりするとオフィスそのものが海の藻屑になっちゃうかもしれないんですもんね。会社がなくなったら元も子もないですよ、社長。
うーむ……。
よーし、決まった! アンドロイドたち、GOTO機関室! みんなでエンジンを停めるよ!
…………(カタカタカタ……)
ええっ、作業を優先するの?
せんぱい、アンドロイドたちを説得してください!
ちょっと待って、この作業はもしかすると……。
(カタカタ ッターン!)
……屋形船が止まった!
よーし!
おつありでーす! 領収書ボタンを押してください! (プリントアウトを差し出す)
(プリントアウトに目を通し)……なるほど。
何で屋形船が暴走したか、アンドロイドたちが解明してくれました。
「スキマ物件仲介サービス」の位置情報データベースが壊れた結果、この屋形船のデータ上の座標が、太平洋のど真ん中になっちゃったんですよ。で、屋形船のナビゲーションシステムが、それに合わせようとして、移動を始めたみたいです。だから、データ上の位置をちょうど今の地点にして、取りあえず船を停めさせたんだそうです。
そのことを、アンドロイドたちが自力で見つけ出したの?
僕、アンドロイドたちが、相談できるようにしたんです。
相談?
アンドロイドたちのドキュメントをきちんと作ろうと思って、コードを読んでいたら、アンドロイド同士の通信プロトコルが、簡単だけど実装されてるのを見つけたんです。
アンドロイド案件がまだ生きてたころに用意されたものらしいんですけど、これがなんと、個体によって実装にズレがあって、そのせいでうまく活用されてこなかったみたいなんです。だからそれを整理して、きちんと使えるようにしました。……時間外に、こっそりですけど。
これで、必要なときには3体が1つの頭脳として考えて、高度な判断ができるようになりました。この先、きっとトラブルシューティングにも力を発揮してくれますよ。
おつありでーす! 驚きの仕上がりでーす!
イエス、サー。80%のユーザーが「満足した」と答えています。
Null
みんな、すごいよ! よくやった!
はぁー…………。そうかぁ。……うん。分かった。分かっちゃったよ。
リナさん……。
梧籐くんがこんなにうれしそうに笑ってるの、アタシ、たぶん初めて見た。
こんな笑顔を見せられたら、諦めるしかないよね。
……ありがとうございます。
そうなんです。こういうふうに、じっくり地道に取り組む仕事をこれからやっていきたいんです。
これが最後かしら。せんぱいの新たな旅立ちの餞(はなむけ)に、退職にまつわる注意事項を伝授しますね。
じゃあいきますよ……。
ひとーつ! 「引継ぎ」に縛られるべからず!
退職が決まったのに「引継ぎが済むまで辞めてはいけない」なんて会社から言われることがあったりします。「後任が決まってから直接教えなきゃいけない」とか、「後任を自分で探してこい」なんてことを言われることもありますが、後任がすぐに決まるとも限りません。そういう場合は、引き継ぎマニュアルを作っておけば、義務は果たしたと考えていいんです。
立つ鳥跡を濁さずの考えで引き継ぎをきちんとするのは大事だけれど、会社がそれを盾にとって退職を引き延ばそうとするようなら、どこかで線引きをしなくちゃいけないんです。
そして……。
ひとーつ! 引き継ぎは勤務の時間内で行うべし!
会社側が、「辞める責任をとれ」なんて言って、無償の時間外労働で引き継ぎをさせようとすることが、あるかもしれません。でも、引き継ぎは業務の一環なので、堂々と勤務時間内に行っていいんです。アンドロイドのチューンアップも、ちゃんと業務として申請してくださいね。
梧籐くん、かかった時間は残業としてきちんと計上してね。
社長、しっかり上乗せするように経理処理しますから、通してくださいね!
……分かった、それは通そう。
せんぱい。わたし、一緒の会社で働いてなくてもせんぱいと仲間でいられるんだって、気付いたんです。
アタシも、この会社で浮かない顔をしてる梧籐くんを見るより、他の会社で1番やりたいことをやって、ニコニコしてる後藤くんを、たまにでも見られるなら、その方がずっといいな。それがようやく分かった。寂しいけどね!
寂しいですけどね! でも、会おうと思えばいつでも会えますもんね。
……うん、そうだよね。
時々、3人で勉強会に行ったり、飲みにいったりしようね!
はい!
( ♪♪♪♪ )
ん、梧籐くんに着信?
ちょっとすいません(スマホを取り出し) ……はい、どうもお世話になっております……。
あ、……はい! はい、……はい、よろしくお願いします!
せんぱい、もしかして……。
……採用だそうです。先日、面接を受けた第一志望の会社なんです。
……! やったー!!!
アンドロイドたち、先輩を胴上げして!
うわー高い! この胴上げめちゃくちゃ高い!
冷蔵庫にお茶があったから、乾杯しよう!
……はーい、スカイプの向こうの社長もグラスの用意はいいですか?
それじゃ、梧籐くんのこれからの活躍を祝って……
かんぱーい!!!
おつありでーす! スタジアムが歓声に包まれていまーす!
イエス、サー。拍手が鳴りやみません。ご注意ください。
True
……!!!
イラスト:鳴海マイカ/ad-manga.com
ご愛読ありがとうございました。
激務な職場を辞めたいが、美女が邪魔して辞められない バックナンバー
IT企業で働く平凡なエンジニア梧籐 剛、27歳。美人上司と可愛い過ぎる後輩に挟まれて日々開発にいそしむ彼には、誰にも言えない悩みがあった……。
第2回 壁ドンされたって、ドキドキなんかしない……んだから……ね……
ここは都内のとあるIT企業。退職を希望する27歳のエンジニア梧籐 剛は、上司に辞意を伝えたのだが、なぜか今日も山ほどの業務(アンドロイド開発、ただし人型の)を全力でこなしていた……。
第3回 せんぱいにだけ伝えちゃう! わたしの素直な気・持・ち
27歳のエンジニア梧籐 剛は、忙し過ぎる業務に嫌気がさし、思い切って上司に辞意を伝えたが、あいかわらず山ほどの業務(アンドロイド開発、ただし人型の)を全力でこなしていた。早く辞めたいと焦りはつのるが、本人の心にも一抹の迷いが……?
第4回 ハートに火を付けて! 燃えさかる案件の中心で辞意を叫ぶ
思い切って上司に辞意を伝えた27歳のエンジニア梧籐 剛。しかし状況は変わらず、今日も山ほどの業務(アンドロイド開発、ただし人型の)を全力でこなしていた。早く会社を辞めたいと焦りはつのるが、後輩の椎子に「まずはキャリア設計が必要だ」と言われ……。
第5回 「false」を返すと「null」で上書きする、そんな上司と働いています
一日も早く辞めたい27歳のエンジニア梧籐 剛。「ぼくのやりたいことはこれだったんだ!」と気付いたものの、後輩の椎子に、まだまだキャリア設計が甘いと指摘され……。
第6回 右手に椎子、左手にリナ。僕、ほんとはしあわせなんじゃ……
ついに転職先を探し始めた27歳のエンジニア梧籐 剛。「僕、ようやく進むべき方向がつかめてきました」ところが社長にバレて……?
相変わらず辞められずに激務をこなす27歳のエンジニア梧籐 剛だったが、今日のアンドロイドのバグは……草?不可避wwwww?
可愛過ぎる後輩 椎子のサポートで、27歳のエンジニア梧籐 剛の転職に関する知識はだいぶ増えたのだが、肝心の転職活動がなかなか進まず、焦りはつのるばかり……。
業務(アンドロイド開発、ただし人型の)が小康状態に入り穏やかな日々を送っていた梧籐たちに社長から告げられたのは、まだ仕様があやふやなところが山ほどあるアンドロイドの緊急リリース命令だった。
第10回 アンドロイド(人型の)開発から、アンドロイド(人型の)による開発へ!
梧籐はあいかわらず山ほどの業務(アンドロイド開発、ただし人型の)を全力でこなしていた。しかし、ここへきて案件に異変が……?
山ほどの業務に追われ続ける梧籐。しかし、新しく部下(ただし人型アンドロイド)ができて順風満帆!?
第12回 そのしぐさが心変わりのサインだなんて、ボク知らなかったよ……
アンドロイド駆動開発プロジェクトのマネジャーである梧藤、流行に乗り遅れまいと夏風邪をひいて会社を休んでいたら、何やら異変が……。
第13回 False! True!! ヨヨイのヨイ! 開発合宿でプレイ☆ボール
リナが投げて椎子が打つ!同業他社チームとの交流試合に、アンドロイド開発チーム(物理)のマネジャー梧籐 剛はどう仕掛けるか?!
第14回 「せんぱい! ヤメてください」――椎子の決意にボクのドキドキが止まらない!
アンドロイド(物理)3体と共に取り組んでいたIoT開発がいよいよテスト工程まで進んできた。このプロジェクトが終わったら、何をしようかな……そうだ、た・い・し・ょ・く???!
ドS美人面接官 VS モテたいエンジニア 転職十番勝負! シリーズ
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必死の転職活動にもかかわらず、いまだに採用通知を手にできない彼は、今日も梅雨空の下、どんよりと湿りがちな心を奮い立たせて面接会場へと足を運ぶのだった……。
何度も挑戦しては敗退し、面接もついに10回目。今回こそは! と意気込みつつ、気になるのはやっぱりあの人のこと……?
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