事例は自らが作るもの 〜事例病かどうかが分かる5つの判定基準〜:久納と鉾木の「Think Big IT!」〜大きく考えよう〜(3)(2/2 ページ)
「1番じゃなくて2番でもよい」なんてなぜ言える? 事例は本当に必要か? なぜ人の後ばかり追おうとする? 後追いでディスラプターに勝てるわけがない――新しいことに取り組む際、「事例」を求め、「事例」につぶれる人や企業には5つの特徴がある。
あなたは「事例病」か? 今すぐ分かる5つの判定基準
さて、ここであなたに問い掛けたい。世に「1番じゃなく2番じゃダメなんですか?」という迷言があるが、あなた自身も「2番でよい」と思ってはいないだろうか? 2番でもよいなんていうマインドセットで、ディスラプターと競合したり、協業したりできるだろうか?
象徴的なお話をしよう。
あなたやあなたの周囲の方々は、何か新しいことに取り組もうとするとき、(1) 取引のある外部ベンダーに「類似する事例」の紹介を依頼してはいないだろうか? そして、いざ紹介されると(2)「自社と同じ業界の事例」を持ってくるよう依頼してはいないだろうか? 紹介されると次は(3)「自社と同程度の事業規模の事例」を探すように依頼してはいないだろうか? そして今度は(4)「これは本当に効果の上がった成功事例なのか?」と疑いの目を向けてないだろうか? 最後には(5)「自社より成熟した企業の事例なので、この事例は自社には参考にならない」と切り捨ててはいないだろうか?
もうそこまで行くと、それは「自社が成功した後の未来の姿を、事例として持ってこい」という禅問答のようにも聞こえる。原点に立ち戻って考えてみてほしい。果たして、新しいことを創造しようとしているとき、そこに先進事例は存在するのだろうか? 事例があったら、その試みはすでに創造的ではないのではないか?
事例公開の舞台裏にも目を向けよう。筆者は過去にさまざまな事例公開プロセスに携わってきたが、プロジェクトが成功した暁に「ぜひ事例として情報公開してほしい」とお願いすると、「広報の許可が取れない」という理由で、実に多くの企業が事例公開に積極的ではなく、先進的な優れた取り組みの大半が世に知られずひっそりと稼働しているというのが現実である。
また、何とか公開にまで漕ぎ着けた事例においても、それが公開に至るまでにはさまざまな社内ステークホルダーのレビューを経るケースも多く、その過程で化粧直しが施されて事例としてのフォーカスがボケてしまう場合も多い。またそもそも、門外不出の企業独自のコアコンピタンスが、事例を通して公開されることは決してないと思った方が良いだろう。
このようにさまざまな制約がある中で、事例に頼ることにどれだけの意義があるのか? どうすれば事例に頼らなくなるのか? これはあなた自身のマインドセット次第なのではないか? 結局のところ、事例を求めてもイノベーションは先へ進まないのが現実である。時間の無駄だ。
事例は自ら作るもの。今こそスピード、俊敏性を高めるべきだ
アメリカには80:20(エイティ・トゥエンティ)という言葉がある。これは「おおよそ8割程度実行可能と判断した企画であれば、残り2割の不確定要素のリスクは取って(リスク管理をして)どんどん前に進もう」という意味である。こういうマインドセットが定着しているお陰だろうか、アメリカではIT関連の新しい起業や発想を元にしたイノベーションがどんどん生まれている。もちろんその裏で多数の失敗があることも認めるが。
事例を拠り所に2割のリスクを消そうと考えても時間の浪費だということは既に述べた。実行の遅れは先行者利益を減らす。機会損失が大きくなるだけだ。考え方を改め、「ビジネスイノベーションの事例は自らが作るもの」と肝に銘じるべきだ。
それに、事例に頼るようなマインドセットでは、取り組みを開始(プロジェクトを開始)したとしても、その後に立ちはだかるさまざまなマイルストーンやハードルを乗り越えられるとは到底思えない。
インターネットの黎明期とは異なり、今はクラウドの時代、FinTechの時代である。各家庭には光ファイバーが行き渡り、誰もがスマホと共に生活している。クレジットカードによる回収代行サービスもこなれており、運送会社もロジスティックスをサービスとして提供してくれる。インフラやプロセスを一から設計する必要は全くなくなったのだ。ディスラプターとの対峙に集中できる環境は、整っているはずだ。
もう事例に頼るような進め方からは脱却し、自らが事例になる気概を持って新しいことにチャレンジする必要があると思う。それができなければわれわれ(あなた自身)の将来のキャリアパス(社内昇進や転職、起業)を描くことはできないだろうし、チャレンジ精神があってリスクもマネージできる人材が多くの企業で渇望されている時代に、飛躍のチャンスを逃してしまうであろう。
余談だが、当時ITサービスマネジメント的発想を持ち込むことができず、紙おむつビジネスのイノベーションができなかった私は、今、サービスマネジメントをビジネスの本丸に据えている企業の一員である。同じ議論に参加していたファイナンス部門の1人はトイザらスを追い込んだと報道されたAmazon(紙おむつも通販している!)のトップとしてイノベーションの先頭を走っている。実に面白い偶然と現実だ。
今回は「事例を求め、事例につぶれる」ケースを紹介したが、次は「ROIを求め、ROIにつぶれる」ケースを紹介しよう。お楽しみに。
著者プロフィール
久納 信之(くのう のぶゆき)
ServiceNow ソリューションコンサルティング本部 エバンジェリスト
米消費財メーカーP&Gにて長年、国内外のシステム構築、導入プロジェクト、ITオペレーションに従事。1999年からはITILを実践し、ITSMの標準化と効率化に取り組む。itSMF Japan設立に参画するとともにITIL書籍集の日本語化に協力。2004年からは日本ヒューレット・パッカード株式会社、その後、日本アイ・ビー・エム株式会社においてITSMコンサルタント、エバンジェリストとして活動後現在に至る。「デジタルビジネスイノベーション=サービスマネジメント!」が標語・座右の銘。EXIN ITILマネージャ認定試験採点を担当。著書として『アポロ13に学ぶITサービスマネジメント』『ITIL実践の鉄則』『ITILv3実装の要点』(全て技術評論社)などがある。
鉾木 敦司(ほこき あつし)
ServiceNow ビジネス推進担当部長
日本ヒューレット・パッカード株式会社に19年間勤務。顧客システム開発プロジェクト、ハードウェア・プリセールス、ソフトウェア・プリセールス、プリセールス・マネージャー、ソフトウェアビジネス開発に従事。2017年より現職。一男三女の父であり、30年後も多くの日本企業が世界中で大活躍する野望実現のため、サービスマネージメント・プラットフォームの重要性啓蒙活動にいそしむ。電気情報通信学会発表論文に『OSS市場と市販製品の動向-市場成熟度が製品シェアに与える影響』がある。
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