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約1000人の機械学習/AI人材を育成、パナソニックの全社展開における課題とは「IoTではリベンジしたい」

パナソニックは、事業のデジタル化でディープラーニング/AIにどう取り組んでいるか。パナソニックビジネスイノベーション本部AIソリューションセンター 戦略企画部部長の井上昭彦氏が、DataRobotのイベントで語った内容をお届けする。

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 パナソニックは、事業のデジタル化でディープラーニング/AIにどう取り組んでいるか。パナソニック ビジネスイノベーション本部 AIソリューションセンター 戦略企画部部長の井上昭彦氏が、DataRobotのイベントで語った内容をお届けする。

 井上氏は技術者として、パナソニックで半導体の開発に長年携わってきた。デジタルカメラのLumixに搭載されている顔検出機能を担当した経験もある。


DataRobotのイベントで語った、パナソニック ビジネスイノベーション本部 AIソリューションセンター 戦略企画部部長の井上昭彦氏

 「ルールベースでの識別では、例えば白人と黒人の顔を同時に検出するのは非常に難しい。だから、ディープラーニングが出てきたときに『凄い』と思った」

 同氏は今、戦略企画部長として、パナソニックにおけるAI関連の活動を全社的に推進する役割を担っている。全社的とは、パナソニックグループ全体だ。

 「パナソニックの組織は、白物家電やテレビなど、大量生産型の商品を対象としたモノづくりに最適化されてきた。このためインターネットが登場すると、勝つことはできなかった。そこでIoT(Internet of Things)ではリベンジしたいと、経営陣以下考えてきた。このタイミングで、ちょうど第3次AIブームが起こった」

 IoTの前にも、M2M、ユビキタスネットワークなど、モノをつなぐ動きはあった。IoTがこれらと異なる理由の1つに、モノが生み出すデータに高度な分析を適用することで、ビジネスモデルを変え、あるいは全く新しいビジネスを生み出せる可能性が見えてきたことがある。

 パナソニックは2015年、「技術10年ビジョン」として、同社における研究開発の方向性を示した。具体的には「IoT/ロボティクス領域」「エネルギー領域」に分かれ、前者では「AI ロボティクス家電」「自動運転・コミューター」「店舗・接客ソリューション」「次世代物流・搬送」に注力していくとしている。

AI時代に向け、1000人のAI人材育成が進行中

 ディープラーニング/AIへの取り組みは、これを受けて始まった。

 「当時はデータもない状況だった。だが、データが集まってソリューションを構築できるようになる時期が来るのに備え、まず人の育成を進めることにした。過去のデジタル化で、Linux人材を育成したことが功を奏したからだ」

 パナソニックでは、2015年の技術ビジョン発表と同時に「AI強化推進室」を立ち上げ、人材育成活動を始めた。

 約1年半後、「各事業所、カンパニーでデータが貯まり、ソリューションを構築できるようになった」(井上氏)ため、今度は「AIソリューションセンター」という組織を発足。同センターは約100名態勢で、新ソリューションの開発支援と、AI強化推進室から引き継いだ人材育成活動を併せて進めている。

 新ソリューションの開発支援では、AIソリューションセンターの抱えるデータサイエンティストが、各カンパニー、事業所の要望に応える活動も実施している。だが、それだけでは対応しきれない。そこで、全社的な人材育成はますます重要性を帯びてきているという。

 AIソリューションセンターは、2016年から5年をかけ、1000人のAI人材を育成する計画だ。同センターでは毎年100〜200人を育成。それぞれの職場に帰った人が、周囲のスタッフに教えることも期待している。2017年度終了時点で、約300人の育成が終わっているという。

「機械学習/AIは半導体開発と同じ、やがては自動化が普及する」

 一方、井上氏は機械学習/AIプロセスの自動化に注目。DataRobotを自動化ツールとして利用することを、同社が日本法人を設立する前から考えていたという。

 機械学習自動化ツールに注目した理由を、井上氏は自身の経験で説明する。

 「半導体設計でも、当初は社内で自動化ツールを作っていた。だがやがてSynopsysやCadenceが登場し、こうしたツールの普及によって、LSIの大規模化が促進された。機械学習では、現在のところプロフェッショナルサービスが広く使われているが、この世界にもやがて自動化の波が来る。DataRobotは自動化ツールの勃興期を象徴している」

 DataRobotは、「市民データサイエンティスト」のための機械学習/AI自動化をうたうツールだ。市民データサイエンティストとは、データ分析の専門家ではないが、データからビジネス上の知見を得たい人を指す。

 だが井上氏は「DataRobotを利用したとしても、誰もが機械学習/ディープラーニングを使いこなせるわけではない」と話す。

 井上氏たちは、DataRobotの社内展開を、まず体験してもらうことから始めたという。

 「すぐに100人以上のユーザーが付いた。だが、どう使えばいいのかが分からず、ユーザーが少しずつ消えていった」と振り返る。

 結局のところ、どんなツールを使うにしても、機械学習をやりたければ、データ分析および機械学習に関する基本的な知識は必要だ。分析の前に、データに当たりを付け、適切な前準備をする必要がある。また、思ったような精度が出ないときに、何らかの対策が講じられるかが大きな分岐点になる。

 特にDataRobotの場合、汎用的な機械学習自動化ツールであるため、特定分野に特化したツールに比べ、「何をやればいいかが分からない」ということになりがちだ。

 一方、機械学習/AIをビジネスで活用するほとんど全ての人々が指摘するように、井上氏も「ドメイン知識が重要」とする。つまり、適用しようとする業務やビジネスモデル、ニーズに関する知識がないと、適切な分析や予測ができず、使いものにならないということになってしまいがちだ。

 現在では「(データ分析とドメイン知識)の双方を掛け算で備えたコアユーザーが、人材育成プログラムの成果もあって増えてきており、こうしたユーザーがDataRobotを活用しているという。

 井上氏はDataRobotが役立たないと言っているわけではない。今後は、ある程度の関連知識を備えた事業側の人々が、広く機械学習/AIを活用できる環境を整えていかなければならない。その際には作業の効率化のため、自動化ツールは不可欠だ。ただし、「誰でも全く勉強なしに、機械学習が活用できるようになる」というのは幻想だ。

 もともと、井上氏たちは、社内の誰にでもDataRobotを使ってもらおうとはしていない。AI人材育成に関しても、主な対象はデジタル化の際に育成したソフトウェア技術者だ。文科系の事業スタッフもいるが、少数だという。

米AIベンチャー企業のArimoを買収した理由

 関連してパナソニックは2017年10月、米シリコンバレーのAIベンチャー企業、Arimoを買収した。Arimoは時系列データに特化して、機械学習/AIのツールとプロフェッショナルサービスを提供してきた会社だ。

 井上氏は、Arimoを「時系列データに知見を持つデータ分析のプロ集団」と形容する。ツールではなく、人材を獲得するのが買収の目的だったという。

 「パナソニックでは、画像系に関しては、AI/ディープラーニングを以前からやってきた。この分野では人材育成も順調に進んでいる。だが、事業側の今後に向けたニーズとしては、センサー/時系列データを扱う部署が半数を占める。この分野における人材はほとんどいなかった」

 短い時間軸で、センサー/時系列データをビジネスに結び付けるために、この分野のプロが必要だったと話している。買収の結果、数十人のスタッフがパナソニックに移籍。「半年経ってようやく成果が見え始めてきた」という。

機械学習/AIは、信じてもらえなければ意味がない

 パナソニックでは、工場における機器故障予測や、店舗の需要予測、店舗や各種施設における顧客の行動/動線分析などへの、機械学習/AIの適用を進めている。「ようやくソリューションが生まれつつあるところ」という。

 社内の研究開発でも、例えば材料インフォマティクスへの適用に挑戦している。ただし、これは「プロが勘と経験でやってきた世界。機械学習の結果を信じてもらえないケースがよくある」。

 社外向けの製品やサービス、社内の各種業務を対象とした改善のどちらにしても、直接利用するユーザーが信頼し、喜ぶようなものが求められる。パナソニックの機械学習/AI活用は、最終的にはこれを目指しているという。

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