変わる「リフト&シフト」の意味――既存システムのクラウド移行、成功のポイント:各種クラウド機能の適用基準とは(1/3 ページ)
AI、IoT、データ分析など、ITを活用して新しいビジネスに取り組む企業が増えている。その実践基盤として不可欠となるクラウドだが、デジタル変革に真に生かすためにはどのようなポイントを押さえておけばよいのだろうか。クラウド移行やサービス選定の考え方をアクセンチュアに聞いた。
IoT、AI、データ分析など、デジタル変革に向けてクラウドを活用する動きが加速している。一方で、システム運用の抜本的な効率化を狙い、既存システムのクラウド移行を進める企業も着実に増えつつある。特に昨今は既存システムを“そのままクラウド上にリフトできる”とうたうソリューションも複数登場するなど、移行のハードルは年々下がりつつあるといえるだろう。
ただ、複数のベンダーが多様なサービスを展開している上、サービスや機能の進歩も著しい。最近はFaaS(Function as a Service)やCaaS(Container as a Service)といった概念も登場し、クラウド活用の幅も広がっている。では企業はクラウド活用をどう捉え、どのような基準で自社ビジネスに適用していけばよいのだろうか――。
アクセンチュア テクノロジー コンサルティング本部の福垣内孝造氏と、伊藤啓介氏に、クラウド活用も浸透した今あらためて、この基本的な問いを聞いた(インタビューは@IT編集長の内野宏信)。
クラウドファーストが定着、企業におけるクラウド活用の課題は?
── クラウドをめぐる最近のユーザー企業の動向をどう見ていますか。
福垣内氏 ユーザー企業におけるクラウド活用はもはや当たり前になってきたと思います。クラウドファーストを前提に、クラウドを検討しないシステム基盤はないと言ってもいいほどです。以前と変わったのは、IaaSではなくPaaSやSaaSから検討に入るようになったことでしょう。「必要のないものは作らない」「利用できるものは利用する」が基本になりました。
伊藤氏 IaaSに対して「仕方なく使うもの」という認識が広がってきたように思います。以前は、オンプレミスのシステムをIaaSに置き換えるケースが中心でしたが、最近はIaaS上でしか作れないものだけはIaaS上で作って、使えるものは自前で作らずSaaSやPaaSのサービスを使うといったケースが増えています。
福垣内氏 コンテナへの注目度も高く、一部の企業が試行錯誤を始めています。コンテナがどの程度使えるかを知るために新しいシステム領域で試したり、既存システムがコンテナに乗るのかどうかを検討したりといった具合です。
── クラウドの利用目的や適用領域に変化は見られますか。
福垣内氏 目的としては、今でもハードウェアやインフラのコストを下げたいという「コスト削減」が中心です。PaaSでは、OSのパッチ当てのような「運用負荷の低減」というニーズも強い。クラウドを使って「データセンターの整理と再構築」を進める企業も増えています。データセンターがスパゲティ状態で密結合しているので、クラウドに一度出すことですっきりさせる。後は、AIや機械学習などの「新技術の活用」。いずれにしても、クラウドそのものが目的ではなく、何か達成したい目的に合わせてクラウドを活用するスタンスは根付いていると思います。
── ただ一般に、コスト削減のような「守りのIT」だけではなく、収益向上やデジタル変革を推進する「攻めのIT」に向けてクラウドを活用すべきだとも叫ばれていますが。
福垣内氏 もちろん、新しいアプリケーション/サービスの開発など「単体でできる取り組み」では「攻めの活用」がなされていると思います。ただ「クラウドを使って攻める」という意識はあっても、「既存システムをクラウドに移行して、システム全体を攻めの仕組みに刷新する」といった取り組みは現実的にはなかなか難しい。例えば、SoR(System of Record)のデータを活用してSoE(Systems of Engagement)に生かすような取り組みがうまくいっているケースはまだまだ少ないと思います。
伊藤氏 その背景として、データがメインフレームのどこにあるか分からない、企業がクラウドなどの外部環境にデータを出せないなどの事情があるようです。ため込んだデータを分析したが、分析しただけで終わってしまったというケースも少なくありません。「クラウドを使った攻めのIT」という言葉だけが独り歩きしてしまっているようにも感じます。
変わる「リフト&シフト」の意味付け
── クラウドを使って既存システムを攻めの手段とするためには、移行するシステムだけではなく、その周辺のシステムやデータ資産も含めて、システム全体を包括的に考え直す必要があるわけですね。そうした中、最近は既存システムのクラウド移行の手段として、「リフト&シフト」を掲げるベンダーやSIerが増えています。SoRのクラウド化やSoRとSoEの連携など、クラウド移行支援のアプローチについてはどのように変わってきたと見ていますか?
福垣内氏 リフト&シフトという言葉は、当初は「オンプレミスからアプリケーションをリフトして、クラウドにシフトする」といった意味合いで理解されていましたが、最近は「クラウドにリフトして、クラウドネイティブな仕組みにシフトする」という意味に解釈されています。前者の意味合いでは「単純にクラウド上に移すだけ」ですから、運用コストはそれほど変わりませんし、その先の「新しいこと」にもつながりません。クラウドに移したことで目的を果たし、そこで取り組みが終わってしまうのです。
重要なのは、そこで取り組みをやめないことです。ハイブリッドクラウドを構築して終わりではなく、コストや生産性の面での効果を高めるために、アプリケーションをクラウドネイティブな仕組みに改修したり、運用プロセスを効率化したり、IaaS上に移した独自システムをPaaSやSaaSに変更することを検討したりといった具合に、「クラウド移行のその先」を考えることが大切です。
── 具体的には、何が移行の成果を引き出すポイントになるのでしょうか。
福垣内氏 中でもリファクタ(既存システムのアーキテクチャやアプリの仕様には変更を加えず、クラウドサービスが提供するインフラ構成に合わせて部分的に修正すること)と、リビルド(クラウドサービス上で既存アプリケーションを稼働させるために、既存ロジックを再検討してアプリケーションを再構築すること)が重要です。クラウド化してそのまま動くシステムは、ポータルサイトやeラーニングシステムなど、独立したシンプルなシステムぐらいしかないためです。例えば基幹システムは、アプリケーション(AP)サーバ、データベース(DB)サーバなどが複雑に絡み合っているため、単純にクラウド化してもほぼ動かない。オンプレミス側のシステムのバージョンが古く、クラウド側でサポートしていない場合もある。各システムの移行アプローチをきちんと検討することが不可欠です。
―― 一方で、SLAなどの都合上、クラウドに移行すべきではないシステムもあります。各システムの特性を基に、移行すべきか否か、移行するならどのように移行するか、考慮することがプロジェクト成功の鍵ということですね。
福垣内氏 確かにクラウドは新しいサービスが次々に登場するため魅力的に見えます。しかもPaaS系はベンダー側で可用性や拡張性を保証してくれますから、「これはいいぞ」と突き進みがちな傾向も見受けられます。しかし、ただクラウド上に移すだけでは得られるメリットは限定的です。アプリケーション開発者、アーキテクト、インフラ担当者が業務と新しいテクノロジーをしっかりと理解した上で、最適な形で移行していくことが重要です。
伊藤氏 特にクラウドネイティブな仕組みに刷新しようと、マイクロサービスやAPIなど、新しいものばかりに意識が向かい過ぎてしまうと、技術を使うこと自体が目的化してしまいかねない傾向もあります。クラウドで業務を動かし、新しいテクノロジーやアプリケーションの恩恵をいかに享受するかという視点が最も大切だと考えます。
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