クラウド移行に「コスト削減」ばかりを求めてはいけない理由〜経営層に贈る言葉〜:特集:日本型デジタルトランスフォーメーション成功への道(3)(1/3 ページ)
ビジネスに一層のスピードと柔軟性が求められている今、それを支えるインフラとしてクラウドを検討することはもはや当たり前になっている。既存システムのクラウド移行を支援するベンダーも複数存在し、クラウド活用のハードルも下がってきた。だが使いやすくなったことと、クラウドの効果を獲得することは、また別の話だ。ではなぜクラウド移行でメリットを享受できない例が多いのか。その真因を探った。
昨今、既存システムのクラウド移行に対する企業の関心が高まっており、そのノウハウとして「リフト&シフト」が注目されている。単にクラウド上に移行するだけではなく、いったんそのまま移行した上で、アプリケーションの特性に応じてクラウドネイティブな仕組みにシフトするアプローチだ。
ただ、企業の関心としては、経営から強く求められ続けている「コスト削減」の手段としてのみ、「クラウド移行」や「リフト&シフト」を捉えている傾向が強く、仮にリフトしても、そこで取り組みが終わってしまうケースが多い。しかし、真にこれからの経営環境に対応できるインフラに変えていく上では、リフトはスタート地点にすぎず、そこからが重要となる。
このためには、クラウド移行の成果を単純にコストだけで測らず、そのメリットを「いかにビジネスに生かせたか」という視点が必要だ。だが、そうした視点は得てして経営トップのリードがないと、なかなか持ちにくいものだ。では経営層が認識しておくべきクラウド移行の必要性とは何か。企業ITに対する豊富なコンサルティング実績を持つ吉羽龍太郎氏に聞いた。
「攻めの手段」としてクラウドを捉えることが、正しい理解への近道
編集部 「自社システムをクラウドに移行するのはどうも不安」と言われていた時期もありましたが、最近はクラウドファーストという概念もだいぶ浸透してきました。「三菱UFJフィナンシャル・グループのような大手金融機関もクラウドに移行したし、他社もやっている。ならばうちも移行しよう」といった具合に、多数の企業がクラウド前提で検討し始めているようです。吉羽さんはこうした状況をどう見ていらっしゃいますか?
吉羽氏 トレンドを振り返ると、「クラウドファースト」という単語が出てきたのが2013年頃ですね。その後、感度の高い会社が2014年、2015年にかけて、基幹系システムも含めてクラウドを使い始めました。そしてここ1〜2年は、ITに対する感度があまり高くない層、レイトマジョリティーも、「システムの保守期限もちょうど切れるし、皆がやっているからやらないといけないのかな」という感じで使い始めているようです。クラウド移行それ自体が目的化してしまって、載せ替えから先をやれる体力も関心もない層までクラウドを使い始めている印象です。結果として、クラウド移行に関しては企業間の差は広がっているのではないかと思います。
編集部 著書『業務システム クラウド移行の定石』(日経BP社)でも触れていらっしゃいますが、そもそもクラウド移行は何を目的として行うべきでしょうか。
吉羽氏 目的は幾つかあり得ますが、一つは「コスト削減」で相談されることも多いです。ただ、既存システムを単純にクラウドに移行するだけで削減できるハードウェアのコストはさほど大きくありません。大きな会社であればあるほど、価格交渉力や調達力がありますから、クラウドに移しただけではさほどのコスト削減効果は望めない。
一番コストが高いのは、オンプレミスのデータセンターに張り付けているエンジニアの人件費です。本当にコスト削減するなら、運用の在り方をはじめ、“人が関わっている部分”を変えるしかありません。誤解を恐れずに言えば、(繰り返しの定型作業、単純作業に充てている)人を減らすために道具と業務ブロセスを変える、というやり方です。
ですから、コスト削減という目的は短期的には達成できるものではないと思います。例えば、運用方法を変えて定型作業を自動化する、DevOpsやアジャイルを取り入れて開発から運用に至る一連のプロセスの自動化を進める、仮にシステム障害が起こっても業務には問題がないようにインフラを設計・運用する「Design for Failure」という考え方を取り入れるなど、中長期的な取り組みを通じて、人手の介在を減らしていく。そうすれば自ずと運用コストは下がります。
編集部 つまり、“コストが生じている元”を見据えて、「そもそもコストが増大しにくい仕組み」に変えるわけですね。従って、リフトだけで終わってしまっては期待効果も得にくいわけですね。
吉羽氏 ただ、自社の力だけでそうした取り組みができる会社は限られていると思います。そこで「クラウドに移すだけ」で終わらないためには、クラウド移行の「目的」として、「ビジネス的な価値を上げること」を設定するといいのではと考えます。
既存のビジネスが縮小する中、企業としては新しいビジネスを作らなければいけません。今までの情報システムは、「問題」と「答え」が明確な状態であり、それを解くものでした。情報システムは「人がこなしている仕事を肩代わりするもの」であったため、「この業務を省力化したい」という「問題」も明確なら、「それならこんなシステムを」と「答え」も明確だった。つまり、情報システムを配備する計画を入念に立てることができた。
編集部 しかし今は違いますよね。情報システムは「人の仕事を肩代わりする」だけではなく、収益向上や差別化の手段になっています。FinTechなど、各業種で起こっているX-Techの取り組みがまさにそれですね。
吉羽氏 そうした取り組みは、不安定で不確実、かつ複雑で曖昧というVUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)の経営環境で行わなければなりません。最初から「正しい答え」など分からないのです。まずは素早くリリースして、 反応を見て作るものを変え、またリリースするといったように、「正しい答え」すなわち「情報システムを使ったもうかるサービス」を、トライ&エラーを繰り返して模索していくしかない。それも早いペースで。
けれど企業としては、10個に1つ、100個に1つ当たるかどうかも分からないものに、サービスを開発・運用するインフラの初期コストとして、何千万円も投資するわけにはいかない。従って、初期投資を抑えながらスピーディーにトライ&エラーを繰り返す手段が必要です。それがクラウドとアジャイルなんです。
クラウドなら必要な時に必要なだけ利用できますから、初期コストを抑えられます。アジャイル開発なら「こんなサービスを作りたい」という要件を考えるプロダクトオーナーと開発者が組むことで、スピーディーにサービスを作ることができます。
編集部 最初に要件を考え抜き、長い時間をかけて開発する従来のウォーターフォール型開発だと、リリースした時には世間のニーズとズレていて反響がない、もうからないといったことになりがちです。そうなれば時間と投資が無駄になってしまう。しかしアジャイル開発なら、迅速かつ短いスパンでサービスをリリースできるため、ニーズから乖離(かいり)しても修正できる。しかもそのためのインフラにクラウドを使えば初期コストもかからない。投資の無駄がない賢いやり方というわけですね。
吉羽氏 そうですね。このクラウドとアジャイル開発の組み合わせによって、競合に先駆けてマーケットにサービスをリリースして反応を見る。それでうまくいきそうなら、そこで初めて投資をすればいい。こうしたビジネス価値を作る「攻めのIT」にクラウドは合っていますし、そうした使い方を考えることがクラウドのメリットを理解し、引き出す近道だと思います。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 「ハイブリッドIT」におけるアーキテクチャとその意義、変革への3ステップ
「ハイブリッドIT」が具体的に「どのような形態を持つものであり、企業にとってどういった意義があるのか」を述べるとともに、ハイブリッドITへの変革の鍵となるクラウドマイグレーション&モダナイゼーションの手法を紹介する。 - 超入門「クラウドマネージドサービス」――オンプレミスの運用・保守との違い、利点、注意点
クラウドのシステム運用・保守サービスである「クラウドマネージドサービス」について、概要や具体的なサービス内容、責任範囲、オンプレミスの運用・保守との違い、利点、注意点などを解説する。 - レガシーシステムのモダナイゼーションとマイグレーションはどうあるべきなのか
基幹業務がメインフレーム上で稼働している企業は多くあり、レガシーシステムとクラウドを組み合わせた「ハイブリッドIT」の実現が必要です。今回は、その課題と対応について考察します。