IBMのRed Hat買収と(デジタル)トランスフォーメーションの関係:Red Hat CEOの発言から探る(1/2 ページ)
来日したRed Hat CEOのジム・ホワイトハースト氏は、一般企業のデジタルトランスフォーメーションについて語った。これはIBMによるRed Hat買収にも関係してくる。
2018年11月中旬、同社のイベント「Red Hat Forum 2018」のために来日したRed Hat CEOのジム・ホワイトハースト氏は、基調講演で一般企業のデジタルトランスフォーメーション(デジタル変革)、そして自社のこれまでのトランスフォーメーションについて語った。
「一般企業の90%はデジタル化に取り組んでいるものの、大胆な戦略に基づいて手を打っていると答えた企業は16%しかいない」という調査結果を引用し、ホワイトハースト氏は「新しいテクノロジーを採用して変革を目指す」「変革を加速しリーダーの地位を目指す」「常に前進を続けてリーダーの地位を維持する」という段階を踏んだアプローチが必要だと話した。
そしてRed Hatという企業自体が、「エンタープライズIT市場の変遷に従って、前進を続けてきた」と続けた。
ホワイトハースト氏の発言が事実に裏付けされていることは、誰もが認めざるを得ない。
現在では、オープンソースソフトウェア(OSS)企業の株式上場に驚くことはなくなった。だが、数年前まで、オープンソースで成功するビジネスモデルを築くのは困難とされ、上場を果たす企業は少なかった。1999年に上場したRed Hatは、その後増収増益を繰り返し、株価も2017年までは、着実な右肩上がりのトレンドを維持してきた。
上場OSSベンダーが増えた今でも、Red Hatは数少ない例外だ。他のベンダーは大部分が、特定製品カテゴリーに特化している。一方Red Hatはインフラからアプリケーション基盤、ミドルウェアまでを取りそろえ、企業のITインフラ担当者、ソフトウェア開発者双方のニーズに応えている。そのほぼ全てが「オープンソース」の「ソフトウェア」であり、「(広義の)クラウド」に焦点を当てている。
参照記事:ソフトウェア業界最大、IBMがRed Hatの買収で目指すものとは
「ソフトウェア」「オープンソース」「クラウド」は、エンタープライズITの今後を導く3大キーワードといっていい。IBMのような企業が自社の未来の一部を託すには、格好の存在であることは疑いの余地がない。自社のデジタルトランスフォーメーション(IT業界に属している企業に「デジタルトランスフォーメーション」という言葉を使うのが不適切なのであれば、単純に「トランスフォーメーション」)を進めるためには、Red Hatが包括的な製品群を有しており、ビジネスの規模も小さくなく、IBMにとっては大きなインパクトを社内外に示せること、そしてRed Hatが自ら変革を繰り返してここまで伸びてきたという事実が、助けにならないはずはない。
ホワイトハースト氏は、OSSベンダーであるがゆえの、自社の伸びしろも強調した。
「当社はOSS開発モデルのおかげで、(新たな)市場カテゴリーに比較的迅速に対応できる能力を備えている。新たなカテゴリーのソフトウェアを、自社で全て開発する代わりに、既存のOSSコミュニティーに参加すればいいからだ。当社の市場機会は、2021年には730億ドルに達すると考えている。しかもこれは、当社が現在関わっている市場に限った話だ」
「今後5年間が勝負」という発言の意味
基調講演の後の記者会見では、買収に関するさまざまな質問が飛んだ。ホワイトハースト氏の答えで最も印象的だったのは次の部分だ。多少長文になるが引用する。
「今後5年間で、企業は自社の業務アプリケーションをクラウドネイティブに移行する取り組みの過程で、幾つかのアーキテクチャ的な決断を行う。当社の営業担当者1000人、サービス担当者2000〜3000人といった規模では、(こうした決断について)十分な影響力を発揮できない。数万人の営業担当者、数十万人のサービス担当者を擁するIBMの一部となることで、当社は現在の活動を飛躍的に拡大できる。また、これにより、製品ポートフォリオを迅速に拡大するための投資ができるようになる。当社のキャッシュフローは潤沢だが、株主に対し還元する必要もある。このため、既存あるいは新規のOSSプロジェクトに対する投資は、全く思う通りにできていない」
「顧客がアーキテクチャ的な決断をいったん行うと、次のパラダイムが生まれるまで続くことになるだろう。パブリッククラウドへのトレンドが現在のまま進めば、複数の垂直的なソフトウェアスタックに分断された、(以前の)UNIXの時代に逆戻りしてしまう。当社もIBMも、長期的に言って、それは顧客にとっていいことではないと確信している。『一度ソフトウェアを構築すれば、どこでも走らせることができる』というハイブリッド/マルチクラウドのアーキテクチャははるかに優れている。だが、(多くの企業にこのアーキテクチャを採用してもらうことは、)当社だけではできない。率直に言ってIBMだけでもできない。なぜならKubernetesとRed Hat OpenShiftにより、この分野での立場を確立しているのは当社だからだ」
このコメントからは、幾つかの点が読み取れる。
前提として、「IBMがRed Hatの買収で、Amazon Web Services(AWS)、Microsoft Azure、Google Cloudなどに対抗する」という解釈は誤りだ。Red Hatはこれらのメガクラウドとの連携を、ますます深めていこうとしている。「どうぞメガクラウドを使ってください、ただしコンテナ/Kubernetes/OpenShiftを間に挟むことでクラウド間の違いを抽象化し、いずれかのクラウドにロックインされない形で使ってください。そうすれば、将来いつでもアプリケーションを望むところに移動できる自由を得られますよ」。これが上記のホワイトハースト氏のコメントにあった「ハイブリッド/マルチクラウドのアーキテクチャ」の意味であり、現在のRed Hatにとっては中核的なメッセージだ。従って、買収完了後に、IBM Cloudを使うよう、顧客を誘導するようになったとしたら、これは自殺行為だ。
その上で、「今後5年間に〜」のくだりでは、「このままでいくと、多くの企業はいずれかのメガクラウドに絡めとられてしまい、Red Hatのビジネスチャンスが縮小していきかねない」というホワイトハースト氏の焦りがうかがえる。同社のコンテナアプリケーション基盤であるOpenShiftはクラウド上でも動くが、ユーザー組織側がいずれかのクラウドにコミットしてしまうと、コンテナ基盤についてOpenShiftをかませる必要はなくなる。単純にクラウドが提供するコンテナサービスを使うほうが手っ取り早いということになる。
コンテナはもともと、仮想マシンに比べてポータビリティが高い。また、Amazon Web Services(AWS)やMicrosoft Azure、Google Cloud Platform(GCP)は、最新のKubernetesバージョンに追従するKubernetesベースのコンテナサービスを提供している。これにより、ユーザーはKubernetesのバージョンすら気にすることなく、コンテナをハイブリッド/マルチクラウド環境で利用できる素地が生まれている。従って、いずれかのクラウドのコンテナサービスを使ったからといってロックインされるという議論にはならない。Red Hatの言い分は、「オンプレミスでも、どのパブリッククラウドでも、周辺ツールを含めて同じ使い勝手と統合的な運用を実現できるようにすべきだ」ということにある。
クラウドをコモディティ化するための投資とIBM
関連して、ホワイトハースト氏のコメントで最も印象的なのは、「製品ポートフォリオを迅速に拡大するための投資ができるようになる」という部分だ。
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