AIが明らかにする「運用管理者の役割」:特集:AIOpsとは何か(2)(2/2 ページ)
ITシステム/サービスがビジネスとイコールの関係になっている今、運用管理の在り方こそが「ビジネスの成果」を左右し得る状況になっている。こうした中、一部で注目を集めているAIOps(Artificial intelligence for IT Operations)は運用管理者の役割をどう変えていくのだろうか。
改めて「AIOps」とは何か? 必要な体制とビジネスメリットは何か?
── では具体的に、AIOpsの実践に向けてどのようなステップを踏めばよいのでしょうか。改めて、AIOpsの定義を教えていただきたいのですが。
阿部氏 ガートナーでもAIOpsを定義していますが(※)、考え方だけでは抽象度が高くなりがちです。よって、ここではAIOpsを実践するために必要な「AIOpsプラットフォーム」の技術要件を挙げたいと思います。
これまでの運用におけるログデータなどの分析とは、大きく3つの違いがあります。
参考リンク:Gartner Glossary―Aiops (artificial Intelligence For It Operations)
1つ目は、ストリーミングデータを扱いながら、任意の履歴データの検索、データの保存、分析が可能であることです。従来のログ分析ツールでも、「ストリーミングデータを監視して異常値などのアラートを出す」といったことはできました。ただ、過去データも含めてリアルタイムに分析することができなかった。AIOpsプラットフォームでは、例えば「過去のデータを基に、稼働状況に関する一定のパターンを学習して、あるパターンに合致した際に障害が発生しやすいことをつかみ、ストリーミングデータからリアルタイムに予兆検知ができる」といったことが要件の一つとなります。
2つ目は、ログやマシンデータだけではなく、非構造化データも扱えることです。例えば、SNSデータやエラーメッセージなどです。特に障害が起きたときのエラーメッセージは、体系化されていればエラー番号などから原因を追求できますが、そうでない場合も多く、大量のメッセージの意味を読み解いたり、対応の優先順位付けをしたりするには多大な工数がかかります。そうしたメッセージを機械学習することで、本当に対応が必要なメッセージだけを選び出してくれる機能があることが重要です。3つ目は、パターン検出や相関分析などの機能が備わっていることです。
これらのポイントは、「人の力だけでは難しい判断を、AIの力によって迅速・正確にできるようになること」です。例えば、あるマシンデータを人間が分析しても、そこから有益な意味を読み取るのに時間がかかったり、「その状況がビジネスにどのようなインパクトを与えているか」までは把握できなかったりすることが多い。しかし、AIOpsプラットフォームを利用すれば、ログデータやワイヤーデータ、センサーデータ、SNSやアラートなどの非構造化データなどを、ビジネスのKPIにひも付けて迅速に分析できるようになるのです。
── AIというと、すなわち「自動化」と捉えて、「仕事が楽になる」あるいは「仕事がなくなる」と誤解してしまう向きも多いと思いますが、ポイントはあくまで「システム/サービスの稼働状況をビジネスのKPIにひも付けて分析できる」ことにあるのですね。
阿部氏 これまでの運用管理は、あくまでインフラのレイヤーでの監視や分析にとどまるものでした。つまり、稼働状況に関するデータはインフラ担当者にとっては有益でも、ビジネス部門にとっては特別意味を持つものではなかった。AIOpsプラットフォームも、“これまでと同じ観点での使い方”だとビジネスメリットはほとんど得られません。
AIOpsはそれ以上の価値を備えたコンセプトです。その価値とは「ビジネスにフィードバックできる」ことです。データを監視、分析することで、例えば「コンシューマ向けITサービスの売り上げが落ちた要因は何だったのか」など、システム/サービスの稼働状況をビジネスへの影響度や改善指標などにひも付けて考えられるようになるのです。
例えば、AIOpsを自社プロダクトの品質担保につなげて活用できないかと取り組んでいる例があります。そのプロダクトは、計測機器の制御ソフトで、ライフサイクルが10〜20年と非常に長い。とはいえ、顧客ニーズに応え続けるためにはマイナーアップデートを頻繁に行う必要があった。
そこで、まずDevOpsのアプローチを取り入れて内製化し、マイナーアップデートを頻繁に行える環境を作った。その上でAIを活用し、「テストシナリオの数」「テストフェイルした際の原因」「エラーメッセージ」などの相関分析を行うことで、「テストシナリオの変更や数がプロダクトの品質にどのような影響を及ぼすのか」を把握できないかと考えた。つまり、プロダクト改善のスピードを上げるだけではなく、AIOpsによって「求められているスピードで、プロダクトの品質を向上させる」ための効率的なアプローチを探ろうとしたわけです。これもAIOpsの良い例だと思います。
自社ビジネスを知り抜くITの専門家――IT部門だからこそAIを推進できる
── 「ビジネスへのフィードバック」というAIOpsのポイントは、社内向けの業務システム/サービスも対象に入るのでしょうね。
阿部氏 例えば、フロントオフィスのシステム/サービスなら「営業案件の成約状況」や「働き方改革の達成指標」などに影響があります。社内向け、社外向けを問わず、ビジネスに使っているシステム/サービスであればビジネスインパクトは必ずあります。
―― これまでIT部門はビジネス部門と分断され、運用管理も「システムのお守り」と形容されることが一般的でした。しかしビジネスとITが直結している今、AIOpsはまさしくIT部門がビジネスに寄与するためのツールになり得るわけですね。
阿部氏 そうです。ただし、AIOpsプラットフォームという“出来合いのツール”があるわけではありません。システム/サービスの強み、エンドユーザーに支持されているポイント、運用管理の在り方などは各社各様である以上、AIを“全てやってくれるもの”ではなく、「人の能力を拡張するもの」と考えることが大事です。つまり、AIを使う運用スタッフ側が、「ビジネスの要件を満たすためには、システム/サービスはどのように稼働しているべきなのか」を把握している必要がある。それを基に、「システム/サービスの品質を維持・向上させるためには、どのようなデータセット、どのような分析手法が必要か」を考える必要があるのです。
このためには、いきなりAIOpsを始めようと考えるのではなく、目の前のできるところからスモールスタートすることがポイントです。例えば、まずは既存の監視ツールで収集しているデータを「splunk」や「Elasticsearch」といった既存のデータ検索/分析ツールで分析してみる。すると、システム/サービス品質の維持・向上のためにはどのようなデータと分析手法が必要か、次第に見えてくるはずです。そこからAIを使った分析の際のアルゴリズムを考えるなど、「人の力ではできない部分」をAIに代替し、徐々にAIプラットフォームへと拡張していけばよいのです。「何がビジネス目的なのか」というゴールが見えていない中で、AIOpsに取り組んでも成果は望めません。
── ビジネス目的とIT運用を直結させる――そうした取り組みは、ビジネス部門のニーズを聞ける立場にあり、ITの専門家でもあるIT部門だからこそ推進し得るわけですね。
阿部氏 そうです。AIの専門家になる必要はなく、ビジネスニーズを満たすためにAIをどう利用できるかを判断できればいい。例えば、「ITサービスの売り上げが伸び悩んでいる原因」についてビジネス部門から相談を受けた際に、「このような分析をすれば、こうした手掛かりがつかめる」などと回答できれば、ビジネス部門からも信頼されるはずです。つまり“ビジネスとITの分断”の解消に役立つわけです。
ただし、取り組みのハードルは高く、負荷の高い日々の運用管理業務と兼任できるほど甘いものではありません。よって、例えば半年間など期間限定でもいいので、最低でも2〜3人のAIOps専任チームを作り、取り組みを進めることが重要だと思います。DevOpsもその発祥は2009年のFlickrの取り組みにありましたが、ここまで浸透するのに10年かかりました。AIOpsも同様です。5年、10年という長いスパンで考える必要があります。だからこそ、すぐにでも始めるべきなのです。
―― ITがビジネスのコアとなり、AIOpsの必要性が高まっていくと予想される以上、より多くの知見を獲得できた企業ほど有利になるわけですね。ただ運用担当者は、ビジネス部門に直接的に関わってこなかったため、何から始めるべきか、分からない人も多いのではないかと思います。
阿部氏 まずはビジネス部門と対話し、彼らのニーズを正しくヒアリングできる力を伸ばすことが重要だと考えます。少しでも分かるところから対話を重ねていくと、ビジネス部門の用語、彼らが重視していること、何をビジネスの成功と考えているか、などが徐々に見えてくるはずです。
ただし、これを実現するには「現場に赴く」というアクションが意外に重要になります。「会議室に現場担当者を呼んでヒアリングする」といった形だと本当のニーズは見えてこないものです。実際にビジネスの現場に赴き、自分の目で現場を観察した上で、「なぜ、その作業をやっているのか」「事業部門の人が本当にやりたいことは何か」など、疑問を持ってヒアリングすることが重要です。
すると、ビジネスを伸ばすためにはITがどうあるべきか、ビジネス部門と対話する上ではどのようなデータ、どのような見せ方、どのような言葉が必要かといったこともおのずと見えてくる。これがAIOpsの取り組みの礎となります。
―― 主体的にビジネス部門に働きかけ、共通のゴールを見据え、ITの専門家として提案するというのは、IT部門本来の役割として以前から指摘されてきたことです。AIはあくまで人の能力を拡張するものであることが、改めてうかがえます。
阿部氏 今後はどういう形であれ、ビジネスへの貢献が一層強く求められるようになっていくはずです。IT部門としての存在価値を維持する上では、これまでのような役割にとどまり続けることはリスクになると考えます。
システム/サービスのエンドユーザーのエクスペリエンスが重要なのは、社外向け、社内向けを問わず同じです。ユーザーニーズを阻害する要因は何か、自ら問題を追求し、解決策を提示していく。それがエンジニアに求められる態度だと思います。
自分たちがやっていることが何のためなのか、なぜ求められているのか、あるいはなぜ求められていないのかを見直すことで、自分たちに必要なスキルセットを自ら見つけ出していくスタンスが一層大切になっていくと考えます。
特集:AIOpsとは何か〜インフラ運用、AIで変わること、変わらないこと〜
ITがビジネスを加速させる昨今、多くの新規サービスが開発、リリースされ、運用管理者には安定したサービスの供給や、利用動向のログを解析することが求められている。だが、これに伴い解析すべきログや拾うべきアラートも増す一方となり、多大な負担が運用管理者の身に振り掛かっている。こうした中、AIを利用したIT運用「AIOps」が注目されている。では企業がAIOpsを取り入れる上で必要なこととは何か。運用管理者は、AIとどう向き合うべきなのか。本特集では、そのヒントをお届けする。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.