なぜAIによるエンジニア代替はうまくいかないのか? “効率化”のはずが、現場で起きている逆転現象:Deep Insider Brief ― 技術の“今”にひと言コメント
AIで開発は効率化したはずだった。ところが現場では、品質低下やベテランの疲弊といった想定外の問題が広がっている。AI時代の開発現場で何が起きているのかを読み解く。
AIで開発は、もっと楽になるはずだった。少なくとも、ベテランエンジニアがこれほど疲弊する未来を想像していた人は、多くなかったのではないだろうか。
実際、コードを書く時間は減った。だがその代わりに、AIが生成したコードを確認し、直し、なぜそう書かれたのか理由を探す時間が増えている。何が起きているのか分からないまま、「取りあえず動いているから」と先送りされるコードも少なくない。
生成AIは、開発現場の生産性を大きく高めた。これは事実だ。しかしその一方で、コードの品質低下や、熟練エンジニアの負担増といった、別の問題が静かに広がり始めている。
こうした現象を取り上げているのが、「Why Replacing Developers with AI is Going Horribly Wrong(なぜ開発者をAIに置き換えようとする試みは、ひどくうまくいっていないのか)」と題したYouTube動画(Mackardチャンネル)である。本稿では、この動画で提示された内容を手掛かりに、開発現場で何が起きているのかを整理していく。
この問題を最も象徴する言葉が、「AIベビーシッター」である。AIが生成するコードは、一見すると正しく動きそうに見えるが、内部には前提の誤りや判断の抜け落ちが含まれていることも少なくない。その結果、熟練エンジニアがコードの妥当性を確認し、修正や調整を行う「監督役」を担う構図が生まれている。
動画内で紹介された調査によれば、こうした役割変化の影響もあり、熟練エンジニアはAIツールを使うことで、作業速度が約19%低下したと報告されている(参考:METRによる2025年7月の論文)。とりわけ、「AIが作ったコードの修正や指示出し」に多くの時間が割かれており、業務の中心が実装から管理・調整へと移りつつある実態がうかがえる。
――ここからは『Deep Insider Brief』恒例の“ひと言コメント”として、今回の動きを手掛かりに、技術の「今」をもう一段深く考えてみたい。その後で、YouTube動画で提示された問題点を整理しつつ、AI時代の開発現場が直面している課題を読み解いていく。
Deep Insider編集長の一色です。こんにちは。
生成AIの進化を背景に、「ソフトウェア開発は簡単に自動化できる」「ソフトウェアエンジニアはもう不要になる」といった見方が、開発現場から距離のある層を中心に広がっているように感じます。実際、米国のテック企業では、そうした認識を後押しするかのようにエンジニアのレイオフが続いています。
しかし本稿で見ていくように、AI導入が進んだ開発現場では、生産性の向上と引き換えに、品質低下やレビュー負荷の増大、熟練エンジニアの疲弊といった問題が表面化し始めています。人員削減によって、これらの課題がかえって深刻化するケースが増えていくのではないでしょうか。
個人的には、AIによる開発が万能ではないことが明らかになるにつれ、数年後には「人が足りない」という現実に直面し、揺り戻しが起こる可能性もあると見ています。その時、業界には十分に育ったソフトウェアエンジニアが残っているのか。また、新人育成の空白が致命的な影響を及ぼすことはないのか。
こうした問いは、ソフトウェア産業そのものの持続性に直結する重要な問題です。短期的な合理性だけで判断せず、開発現場と人材育成の両立をどう図るのか。今こそ立ち止まって考える必要があるのではないでしょうか。
以下に、AIによるエンジニア代替がなぜうまくいかないのか、開発現場で顕在化している問題を整理する。
※なお本稿の数値や傾向は、最後の「情報元」に示すYouTube動画で紹介された内容を起点に、筆者が独自に調査し確認できた範囲で補足した。動画が参照した参考資料と完全に一致しない可能性がある点はご了承いただきたい。
ITの現場を襲う5つの深刻な逆転現象
熟練者が「AIベビーシッター」の役割を担う開発現場
この現象は既に触れた通りだが、全体像を整理するため、ここでもう一度、まとめておきたい。
- ベテランの負担増: 熟練エンジニアは、AIが吐き出した「一見正しく動くが、前提や条件に問題を抱えたコード」の検証や修正に追われている
- 本来業務の圧迫: 設計や技術判断に使うべき時間が、AIの出力を監視し、後始末をする作業に置き換わりつつある
- 生産性の低下: 効率化を狙ったはずのAI補助が、修正と確認の負担を増やし、結果としてベテラン層の生産性が約19%低下したとする研究報告もある(参考:METRによる2025年7月の論文)
※動画内では「週に11時間をAIの修正に費やしている」との言及もあったが、具体的な一次ソースを確認できなかったため、本稿では時間量の断定は避けている。
「速く作れる」が、「長く使えない」コードの量産
- 全体構造の欠落: 自然言語(日常的な言葉)で“雰囲気”を伝えて指示を出す「バイブコーディング」は、その場のタスクを素早く終えられる一方で、全体構造や設計思想の一貫性が失われやすい
- 使い捨てコードの増加: 短期的には動作しても、拡張や変更に耐えられず、結果として早期に作り直しが必要なコードが積み上がっている
技術的負債が雪だるま式に膨らむ「スロップレイヤー」
- コードのクローン化: AIによる生成で似たようなロジックが大量に複製され、どこを直せばよいのか分からない状態が広がっている
- ブラックボックス化: その結果、全体像を把握できず、修正も困難なコードの層(スロップレイヤー)が形成されつつある
- 将来コストの爆発: 短期的な効率化の代償として積み上がった「スロップレイヤー」という技術的負債が、将来的に「最も高くつく負債」となり、後から返済を迫られる
静かに崩れていく品質とセキュリティ
- 脆弱(ぜいじゃく)性の増加: AI生成コードの約45%に深刻な脆弱性(=攻撃者に悪用される可能性のある欠陥)が含まれているとの報告がある。特にJavaでは、セキュリティ上の失敗率が約72%に達したとされている(出展:Veracodeによる2025年10月の調査レポート)
- 責任の空白: AIが本番環境で重大な事故を起こしても、AI自身は判断や説明の責任を負えない。結果として、最終的な責任とリスクは人間側に残り続ける
- レビュー負荷の増大: AIが作成したプルリクエスト(PR)は、人間が書いたPRに比べて約1.7倍(=平均すると、AIが10.83件に対し、人間が6.45件)多くの問題点が検出されている。結果としてレビューや修正にかかるコストを押し上げている(出展:CodeRabbitによる2025年12月の調査レポート)
次世代が育たなくなる「ジュニア・デス・スパイラル」
- 初級職の急減: 「簡単な作業はAIに任せる」という判断により、ジュニアエンジニア(若手)の採用が米国のテクノロジー企業では50%減少している(出展:SignalFireによる2025年5月の調査レポート)
- 学習機会の消失: 新人が定型的な実装を通じて基礎を学ぶ「下積み」の機会が消失しつつある
- 人材パイプラインの崩壊: 若手が育たないことで、数年後に複雑なシステムを設計/運用できる人材が不足するリスクが高まっている。このように人材育成の循環そのものが断ち切られる現象を「ジュニア・デス・スパイラル(Junior Death Spiral)」と呼称
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