ハルシネーション排除、最大200倍高速――元OpenAI研究者の新AI「Jev」は何が違うのか:文字列生成を捨てた
TypeSafe AIは、自動化に特化した新AIモデル「Jev」の早期アクセス提供を開始した。文字列生成を廃止し、従来のLLM比で最大200倍の高速化とハルシネーション排除を実現したという。
米国AIスタートアップのTypeSafe AIは2026年9月15日(現地時間)、自動化に特化したAIモデル「System One Model」を発表し、第1弾となるモデル「Jev」の早期アクセス提供を開始した。「ChatGPT」の基盤技術開発に携わった元OpenAIの研究者で、TypeSafe AI創業者のディオゴ・アルメイダ氏が主導した。
「System One Model」という名称は、心理学者ダニエル・カーネマン氏の著書『ファスト&スロー』で提唱された直感的で高速な「システム1」(速い思考)に由来する。
「Jev」は、蒸気機関の効率化が石炭消費拡大を招いた「ジェボンズのパラドックス」を提唱した経済学者William Stanley Jevons(ウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズ)氏にちなむ。知能の利用コストが下がることで、ソフトウェアにおける需要とユースケースが爆発的に拡大することを見据えているという。
従来のフロンティア大規模言語モデル(LLM)と比較して、「System One」(自動化)タスクにおいて同水準の知能を維持しながら、40倍から最大200倍高速化し、原理的にハルシネーションや型エラーが発生しない設計を採用したとしている。
自動化タスクで「ハルシネーション排除、最大200倍高速」の理由
アルメイダ氏は発表で、過去4年間にわたって「チャットAIが対話能力を獲得したにもかかわらず、なぜソフトウェアの自動化が進まないのか」という課題意識を抱いてきたと説明する。同氏はOpenAI在籍時、LLMが指示に従って会話する手法の開発に携わり、ChatGPTの研究基盤を築いた。だが、自由な文字列を出力する対話型モデルでは、業務ソフトウェアや基幹システムの自動化に組み込むには信頼性と速度の面で決定的な制約があったという。
TypeSafe AIが開発したJevは、自由形式のテキスト生成を排し、非構造化データやプログラムの状態を入力として受け取り、定義された型に従った確率的判断を構造化データとして直接返す「フロンティア知能を備えた関数呼び出し」として機能する。
従来のLLMは出力文字列にハルシネーションや指示の拒否などが含まれ得るので、プログラム側でパースやバリデーションが必要となり、予期しない動作のリスクを抱えていた。Jevは出力可能な構造があらかじめ固定されており、型安全な値のみを返すので、プログラム側での型エラーが数学的に発生しない。
LLMと何が違うのか――RLCDによる学習と並列サンプリング
TypeSafe AIは、Jevの機能を実装するためにアーキテクチャ、サンプリングエンジン、トレーニング手法を刷新した。
学習手法には「人間のフィードバックによる強化学習」(RLHF)や「検証可能な報酬による強化学習」(RLVR)に代わり、新手法「RLCD」(Reinforcement Learning for Calibrated Decisions:調整された判断のための強化学習)を導入した。RLHFが「人間の評価者が好む対話テキスト」を最適化し、RLVRが「プログラムで正誤判定できる解」を最適化するのに、RLCDは「知識で誠実な確率を伴う判断」を最適化する。
これにより、Jevは全ての出力で較正された信頼度スコアと不確実性を同時に出力する。高い信頼度スコアが提示された場合は精度が高く、類似の入力には一貫した回答を返す挙動が保証されるという。
サンプリング手法も処理速度が向上している。従来のLLMは1トークンずつ順番に生成する「自己回帰型の逐次サンプリング」を採用するので、トークン数に比例してレイテンシが増加する。一方、Jevは出力構造が事前に確定している「並列サンプラー」を採用し、1回のクエリで全ての出力を並列に一括生成する。
この結果、フロンティアLLMの応答時間が3〜329秒を要するのに対し、Jevは70〜500ミリ秒で処理を完了する。同一水準の知能を要するSystem One型タスクにおいて、40〜200倍の処理速度を達成した。
トークンコストも圧縮した。従来のLLMが入力100万トークン当たり0.20〜10ドルを要するのに対し、Jevの利用料金は入力100万トークン当たり0.042ドル(10億トークン当たり42ドル)だ。出力トークンについては「計測して請求する意味がないほど安価」として、無料で提供される。
ワークフロー評価で最大193倍の高速化と444倍の低コストを実現
TypeSafe AIは、業務コード内でAIがどれだけ機能するかを測定する「ワークフロー評価」の結果を公開した。コードで表現された計算グラフ(ワークフロー)を実行させ、外部フロンティアモデル(OpenAIの「GPT-6 Astra」およびAnthropicの「Fable 5.1」の平均値)を基準確率として比較検証した。
ビジネス自動化で求められるワークフローは、複数の独立した問いに分解され、確率に基づく動作制御を必要とする。評価の結果、Jevはパレートフロンティアにおいて、既存モデルを約100倍上回る性能領域を確立したという。
この評価において、Jevは基準とした外部モデル群と比較して「最大193.6倍の高速化」および「444.6倍のコスト削減」を記録した。検証に用いられたLLM群には、同社がオープンソースソフトウェア(OSS)として公開する「System One LLM」(system-one-adapter-python)ラッパーが適用され、構造化出力をAPI準拠で返す制約下で計測されている。
「ハルシネーション(ツール呼び出し)率0%」が保証される理由
生成AIを自律型エージェントや基幹システムへ組み込む上で、最大の障害となってきたのが型エラーとハルシネーションだ。ツール呼び出し段階で誤った形式のデータを返すと、後続のパイプライン全体が破綻するからだ。
TypeSafe AIは、既存のLLMでは型(構造化出力)エラーやハルシネーション(ツール呼び出し)が残存するのに、Jevはスキーマ適合が数学的に保証されており、ツール呼び出し発生率を0%として扱えるとしている。自由な文脈生成を行う自然言語生成エンジンの役割を排し、事前定義された出力形式に対する確率割り当てに特化したアーキテクチャによる結果だという。
リアルタイムゲームから大規模データ処理まで――開かれる新用途
Jevの特性が発揮される用途として、同社は従来のLLMでは対応が難しかった領域を挙げている。
- インテリジェントな条件分岐:静的な条件分岐では柔軟性が足りず、LLMでは脆い領域において、分類やルーティング、スコアリングなどの判断ロジックを既存ソフトウェアに直接組み込む
- ビッグデータに対するMapReduce処理:ペタバイト級の大規模データから特徴量やインサイトを高速に抽出するバッチ処理
- リアルタイムアプリケーション:100ミリ秒未満の応答性が要求される、ユーザー体験に直結するシステム
- LLM出力の検証、ガードレール:他のLLMが出力したプロンプトや推論ログ、生成結果に対する判定やジェイルブレーク(脱獄)検知
実証デモとして、FPSゲーム「DOOM」のゲーム状態を毎秒10回Jevにクエリし、1時間当たり約7ドルのコストでリアルタイムに行動判断させる自律エージェントや、「Wikipedia」の記事間リンクをたどる「Wikiracing」において数千の選択肢から高速かつ型エラーなしに経路を選択する例を公開した。
TypeSafe AIは早期アクセスプログラムを通じ、開発者が求める判断業務の自動化についてのフィードバックを収集し、改善を継続する方針だ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
「ヒューマン・イン・ザ・ループ万能説」崩壊 AIエージェント時代に企業が迫られる“防御の再設計”
AIエージェントが企業インフラを操作し、攻撃側もAIで侵入作業を分単位に圧縮する時代。従来の静的な権限管理や「人間が最後に承認すれば安全」という前提は崩れ去ろうとしています。NISTの最新提言と現場の脅威事例から、AI時代に求められる新たなセキュリティと防御の再設計を掘り下げます。
AI開発の進化なのに人類滅亡にもつながり得る「再帰的自己改善」とは
Anthropic CEOなどの業界関係者が、AI開発のペースダウンを訴えている。懸念されているのはAIモデル開発プロセス自体の進化だ。「再帰的自己改善」と呼ばれる、AIによるAIの自律的改善ループが回り始めることへの危惧がある。
人間介入ゼロで「Jiraの認証情報」が流出 Copilotが見逃した1行の改修
Wizは、同社のセキュリティ研究特化型AIエージェントが、Snowflakeが公開しているGitHubリポジトリで脆弱性を発見し、Snowflake社内の「Jira」の認証情報アクセスに至った事例を公表した。脆弱性が顕在化してから5日後の出来事で、人間の介入はなかったという。
「AIに任せる」はどこまで? 最終判断まで容認する20代、慎重になる50代
生成AIに仕事を任せるとして、どこまで許せるのか。チェンジホールディングスの調査から、人間がAIに「任せたい業務」の実態が浮かび上がった。世代別では、20代は最終承認までAIに任せたいと考えているという。
OpenClawが事実上の「2.0」にアップデート、1.6万PRでAIエージェントを「使う」から「育てる」へ
オープンソースのAIアシスタント「OpenClaw」が、過去最大規模となるアップデートを実施した。公式ブログポストは冗談交じりに「偶然、OpenClaw 2.0と呼べるものになった」と表現しているが、インストール、メッセージング、メモリ、スキル、モデル、自動化、ブラウザ、ネイティブアプリ、プラグイン、セキュリティなど、ほぼ全機能に変更が及んでいる

