Rails作者DHH「Pencils Down、もう手でコードは書かない」 それでもソフトウェア開発の未来は明るい理由:Deep Insider Brief ― 技術の“今”にひと言コメント
Ruby on Railsの作者DHHがRails World 2026の基調講演で、37signalsでは手書きコードをやめたと宣言した。一方で「ソフトウェア開発の未来は明るい」とも言う。手書きが例外になった現場で開発者は何をするのか、講演の要点と筆者の考えを紹介する。
「ほとんどの会社のほとんどのプログラマーにとって、手でコードを書くことは、もはや経済的に生産的な行為ではない。それが今日の状況だ。年末までには、ほぼ全ての領域、ほぼ全てのプログラマー、ほぼ全ての会社がそうなる。」
こう言い切ったのは、Webアプリケーションフレームワーク「Ruby on Rails」の作者、DHH(David Heinemeier Hansson:デイビッド・ハイネマイヤー・ハンソン)氏だ。2026年9月23日、米オースティンで開かれたRails World 2026のオープニング基調講演でのことである。自身が率いる37signals(Basecampやメールサービス「HEY」の開発元)では、手でコードを書くことを通常業務としてやめた。本人の言葉では「Pencils Down(鉛筆を置く)」だ。
ところが、講演後のXポストでDHH氏はこう続けている。「でも、ソフトウェアを作る未来はこれまで以上に明るい。この美しい瞬間をブラックピル(悲観)で台無しにするな」。鉛筆を置け、しかし悲観するな。この一見矛盾したメッセージが、海外でも日本でも大きな反響を呼んだ。手書きが終わった現場で、開発者は何をする人になるのか。講演の内容を順に見ていく。
まず補足しておくと、DHH氏の「Pencils Down」は手書きコードの全面禁止ではない。手で書くことが「例外的な状態」になった、という意味だ。その中身は後述するとして、DHH氏はこの変化を、ある歴史のたとえから語り始めた。
カメラの登場で、画家の仕事はどう変わったか
DHH氏は講演の冒頭で、自分の今の状態を「AIデリリウム(せん妄)」「AIユーフォリア(多幸感)」と呼んだ。AIに浮かれていると診断されそうな高揚ぶりだと、自ら笑い話にしている。
その上で持ち出したのが、写真の歴史のたとえだ。DHH氏の高祖父はデンマークの画家で、1枚の王室肖像画に3年をかけたという。1900年に安価なカメラ「Kodak Brownie」が登場すると、写真は大衆のものになり、肖像画家は「現実そっくりに描く職人技」で食べていけなくなった。画家たちは印象派やキュビスムへと、絵画にしかできない方向へ進んだ、とDHH氏は語る。
そしてプログラミングにとってのKodak Brownieは、2025年11月24日に登場したClaude Opus 4.5である、とDHH氏は言う。このモデル以降、細かい実装手順を指示する段階から、問題や望む成果そのものをエージェント(人間の指示を受けて自律的に作業を進めるAI)に渡す段階へ進んだ、と語っている。
――ここで、この講演をどう受け止めるか。『Deep Insider Brief』恒例の“ひと言コメント”として、筆者の考えを先に述べておきたい。
Deep Insider編集長の一色です。こんにちは。
私の会社でも、もう何カ月も前から「手でコードを書くのではなく、AIコーディングに切り替えてほしい」というメッセージが経営陣やCTOから強く出ていました。それでも、人はなかなか変われません。基本的には手で書くやり方が続いていました。
ところがここに来て、社内のメンバーが一人また一人と、AIコーディングを中心にした開発に移り始めています。経営陣はそれを「覚醒した」と表現していました。自分のやり方をがらりと変えるのは大変ですし、抵抗感もあると思います。特に「本当にそんなことができるのか」と信じ切れていない人ほど、手を出しにくいはずです。それでも、勇気を持ってどっぷり浸かってやってみる。結局はそれしかないのだろうと感じています。
だからDHH氏の「ホワイトピルを飲め」というメッセージが、私には面白く思えました。コードを書くことから、コードを書く仕組みを作り、監視し、評価する役割へ人間が変わる。これ自体は多くの人が言っていることです。ただ、それを開発者が今この場でやるのは大変で、勇気が要ります。その勇気を持って実行し、しかもそれを自分の強みや楽しみとして引き受けていく。
今強く求められているのは、そういう行動そのものではないでしょうか。その意味で、この講演で語られた内容は、単なる挑発ではなく、非常に価値のあるものだと思いました。
それでは、講演の要点を順に整理していく。
「手書きは例外状態」という運用ルール
37signalsの新しい方針を、DHH氏は次のように説明した。
- 通常業務としては、手でコードを書くのをやめた(pencils down)
- 手でコードを書くのは「例外的な状態」であり、監視ツールSentryでバグを見つけたときと同じ扱い
- 手書きが必要になったら「なぜエージェントは望むものを作れなかったのか」を問う。当面は手で書いて補うこともあるが、本来やるべきことは「機械(machine)を直し、製造ライン(factory:工場)を直し、再実行する」こと
ここで言う「機械」とは、筆者の解釈ではコードを生産する装置としてのエージェントそのもの、つまりモデルや指示ファイル、スキル(作業手順をまとめた指示ファイル)の側であり、「製造ライン(工場)」はその周りにあるハーネス(エージェントを動かす実行レイヤー)、テストやLintなどのガードレール、コードベースの整理といった周辺の仕組みを指す。
例えば実際の工場であれば、製品に不良が出たとき、職人が手で作り直すのではなく、機械の設定と製造ラインの両方を見直して流し直すだろう。ソフトウェア開発でも同様に、人間の仕事はコードそのものを書くことから、コードを生み出す装置と仕組みを整えて、それを通し直すことへ移る、という考え方だ。
このとき、DHH氏は会場に「今も毎週、かなりの量のコードを手で書いている人は」と挙手を求め、「5人くらいか」と驚いてみせた。Rails Worldに集まった開発者の多くが、すでにエージェント中心の開発に移っていることを示す場面だった。
Basecamp 5で起きた失敗と、DHH氏の結論
講演には、37signals自身の失敗談も含まれている。2026年春、Basecamp 5の仕上げで、デザイナーたちに最終機能をVibe Coding(バイブコーディング:AIの出力を細かく読まず、雰囲気と結果で進める開発)で作ってもらった。個々のPR(プルリクエスト:コード変更の提案)はもっともらしかったが、20〜30本を合わせるとアーキテクチャ(全体の設計構造)が「スイスチーズのように穴だらけ」になった。
このとき37signalsは「まだ技術が追いついていない。全て手動レビューに戻し、プログラマーだけに任せよう」と判断した。しかしDHH氏は今、それを「明らかに間違った結論だった」と振り返る。理由は2つある。すぐ後により強いモデル(Fable)が登場し、当初の意図通りに機能したはずだったこと。そして、今のソフトウェア開発で本当に重要な問いは1つしかなく、それは「この知能の爆発から、どうやって最大限を引き出すか」だということだ。
人間の作業に戻るのではなく、エージェントが失敗しない仕組みを作る側に回れ、という主張である。先ほどの「機械を直す」ルールは、この失敗から生まれたものと読める。
1人の開発者はどこまで行けるか
DHH氏は、1968年のSackmanらの研究(プログラマー間に約10倍の生産性差があるとした古典的研究)を引き合いに、「ツールを使わない最悪のプログラマーと、ツールを使いこなす最高のプログラマーの差は100倍だと言っても、今ではそれほど物議を醸さないだろう」と述べた。さらに「100倍か、1000倍か」と会場に問いかけている。これは測定に基づく数字ではなく、規模感を示すための問いかけだ。
自身の変化としては、次の数字を挙げた。
- 2026年8月の1カ月で、15万行のコードを本番投入した。それまでの年平均は約3万行
- 過去21年の仕事の半分以上はRubyのコードだったが、今年はRubyが約3%
- 自分の一番好きなプログラミング言語は英語である
- 自分は「職業プログラマーを引退した」。時期ははっきりしないが、おそらく3月ごろ
ただしDHH氏自身、コード行数について「奇妙で曖昧で、どうとでもなる指標だ」と断っている。厳密な生産性の証明ではなく、桁が変わったことを伝える数字として受け取るべきだろう。
RailsはAI時代に向くのか、そしてHEYはRustへ
Railsの作者としての主張も忘れていない。Railsの「設定より規約(Convention over Configuration)」という原則は、ディレクトリ構造や命名が統一されているため、エージェントに余計な前提を説明せずに済み、トークン効率(AIが消費する処理量の効率)に直結すると述べた。1人の開発者が遠くまで行けるように作ってきたRailsの思想は、エージェント時代の要求と一致する、というわけだ。
一方で、意外な発表もあった。メールサービス「HEY」の次期版「HEY Next」を、各プラットフォームのネイティブアプリとRust製バックエンドで作り直しているという。講演の時点で着手から約1週間のデモ段階だが、Rust化によってCPU使用量は99%、メモリ使用量は95%減り、概算ではHEYのピーク時のトラフィックがRaspberry Pi 1台に収まる、と語った。DHH氏はRustを「人間が読み書きするには不快だが、エージェントが書き、アプリが速くなるなら素晴らしい」と評している。
人間が書くならRailsが楽しい。しかしエージェントが書くなら、人間にとっての書きやすさは選定基準から外れる。この発言は、Railsコミュニティにとっては重い意味を持つ。
締めの言葉は「徹底した楽観」
講演の最後でDHH氏は、不確実さや不安があっても選択肢は1つしかないとして、「徹底した楽観(total optimism)」を呼びかけた。「ホワイトピル(楽観)を飲め。ブラックピル(悲観)は負け犬のものだ」というネットミームを交えた言い回しで、会場を鼓舞して講演を終えている。冒頭で紹介したXポストの「未来は明るい」は、この締めの言葉をそのまま持ち出したものだ。
反響と、読むときの注意点
講演後、海外では賛否が分かれた。肯定的な受け止めとしては、写真や印刷の歴史と同じく、道具の進化が作り手を高次の仕事へ押し上げるという見方がある。批判としては、Basecamp 5の逸話について「より強いモデルが各PRを書いても、誰も全体を所有していないという本当の問題は解決しない」という指摘や、手でコードを書いた経験のないジュニア開発者がどうやってレビューの目を養うのか、という懸念が出ている。ジュニアの育成については、講演内に直接の言及はない。
日本では「Rails is dead宣言」と受け取る反応がXで広がったが、講演の主題はRailsの終わりではなく、開発者の仕事の変化である。また、講演で挙げられた数値はいずれもDHH氏の自己申告で、測定方法は示されていない。HEY Nextも着手1週間の実験段階だ。「37signalsの実績」というより、「37signalsの現在の賭け」として読むのが正確だろう。
まとめ:開発者の仕事はどこへ移るのか
DHH氏の講演を、開発者の仕事という観点で整理すると次のようになる。
- 書く仕事は、エージェントに渡す: 実装手順ではなく、問題や望む成果を渡す
- 人間は、成果を外側から評価する: 事業主がプログラマーの成果物を見るように、ブラックボックスとして結果を判断する
- うまくいかないときは、コードではなく仕組みを直す: 手で書き直すのは応急処置で、本来の仕事はエージェント(機械)とその周辺(製造ライン・工場)を整えること
「Pencils Down」は、開発者が不要になるという宣言ではない。鉛筆を置いた手で何をするのかを問う宣言だ。DHH氏の答えは「コードを生む機械を直す人になれ」であり、そこに未来の明るさがあると言う。この答えに納得するかどうかは別として、手で書くことが例外になった現場が実在し、そこで人間の仕事が具体的にどう変わったかを、Railsの作者自身が語った意味は大きい。
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