IFRS最前線(9)
「のれん償却廃止」で利益が乱高下!?
IFRSで変わるM&A戦略の行方
林恭子
ダイヤモンド・オンライン
2010/9/2
これまで、IFRSの適用が膨大な手間とコストを招く可能性を指摘してきたが、否定的なことばかりではなさそうだ。「のれん」に関する会計方針の変更は、「利益を押し上げる効果がある」というのだ(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2010年3月17日)。
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問題事業は「減損」
リスクと隣り合わせのM&Aへ
こうしたことから、IFRSによる「のれん」の会計処理は良いことづくめのように感じるかもしれない。
しかし、そこにはやはり“落とし穴”がある。IFRSでは、のれんの定期償却がない代わりに、年1回は「減損テスト」を行って、のれんの価値を再評価しなければならないのだ。
「減損テスト」とは、のれんの価値が毀損していないかを確かめるために、回収可能額と帳簿価額とを比較すること。帳簿価額に満たない場合は、損失処理をしなければならない。これまでの日本基準でも、減損の兆候がある場合には「減損テスト」が行われていたが、IFRSでは減損の兆候の有無に関わらず、年1回は必ずテストを行わなければならない。企業にとっては、手間がかかると同時に、減損リスクも高まりそうだ。
さらに、減損テストにあたって、のれんの帳簿価額と比較をする「回収可能価額」の算出方法についても、日本基準とIFRSでは異なっている。このことも、減損リスクを高めそうだ。
前出の山田氏は「日本基準の場合、のれんは関連資産から生じる“割引前”将来キャッシュ・フローであるのに対し、IFRSは“割引後”将来キャッシュ・フローであるため、将来の価値が低くなりがちで、減損になる可能性が高まる」 と指摘する。
つまり「減損テスト」の実施が義務付けられることによって、のれんの償却から免れたとしても、のれんの対象となる企業や事業の業績が悪化すれば、逆に多額の減損リスクを背負い込んで、一時的に莫大な損失を被りかねない。
これまで採算性を度外視した買収額でM&Aを行っていた企業は、うかうかしていると大きな痛手を被る羽目になるはずだ。
外食業界も標的に!?
減損は業績に追い討ちをかける
あまり知られていないかもしれないが、土地や店舗を多数保有している外食業界も「のれん」の額が大きい業界の1つである。例として、大手カラオケ・レストランチェーンのシダックスと、『甘太郎』『ラ パウザ』といった居酒屋・レストランチェーンを運営するコロワイドを挙げ、彼らがどれだけ減損のリスクに晒されているかを見てみよう。
まず、シダックスの財務諸表を見てみると、09年3月期の純資産226億3700万円に対して、のれんは127億7800万円と純資産の約2分の1に及んでいる。
さらに、コロワイドに関しては、純資産に占めるのれんの割合が突出して大きい。09年3月期の純資産140億6000万円に対して、のれんは104億2700万円と、なんと純資産の7割を占めているのだ。
前述のように、減損になるのは、のれんの対象となるビジネスの調子が悪く、事業が傾きかけているときだ。そういう状態にある企業は、ただでさえ本業の収益が厳しく、ヘタをすると赤字に陥っている場合もある。そんなときに、のれんの減損まで費用処理されることになれば、より大きな赤字を招きかねない。
つまり、「業績が悪くて損益が厳しい上に、のれんによる減損を損失として計上すれば、業績悪化に追い討ちをかけることになる。業績が大きくぶれるのがIFRSの特徴」(野村直秀 アクセンチュア・エグゼクティブパートナー)なのだ。
これまでのれんを定期償却してきたことからもわかるように、日本人は企業経営において、「リスク分散」を好む傾向が強い。それに対してIFRSでは、一気に損失を吐き出すドラスティックな会計処理が好まれる。