公認会計士・高田直芳 大不況に克つサバイバル経営戦略(11)
横浜銀行の救世主? “繰延税金資産”の罠
高田直芳
公認会計士
2011/2/10
経営分析を行なっていると袋小路に陥ってしまう原因の1つに「税効果会計」がある。実はその税効果会計により繰延税金資産を計上することで、増資を行なうよりも手軽な資本増強策になってしまう恐れがある。(ダイヤモンド・オンライン記事を転載、初出2009年7月3日)
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新日本石油の場合で当期純利益を推算したところ、827億円になった。800億円という強気の予想に対して、ブレはほとんどないといえる。
近年、決算短信で業績予想を「非開示」とする企業が徐々に増えつつあるが、いくら「アタマを隠して」も、税効果会計によって「シリ」まで隠すことはできないことを知っておくべきだろう。
一見、マトモに見える税効果会計だが……
では、今回の本題である横浜銀行と千葉銀行に戻ろう。
両銀行の2010年3月期における当期純利益の筆者による「推定値」と「公表値」の差額を検証したものが〔図表6〕である。
〔図表6〕横浜銀行と千葉銀行の10年3月期純利益の推定値と公表値 |
〔図表6〕の最終行にある「差額」を見ていただきたい。横浜銀行11億円、千葉銀行43億円というように、意外と僅少である。〔図表4〕では法定実効税率と実際実効税率に格差があったにもかかわらず、〔図表6〕では格差がないという事実について、どう解釈していいものか迷うところだ。
〔図表4〕で示した2009年3月期の実効税率は、横浜銀行20.9%、千葉銀行13.2%であるから、損益計算書に計上された税金は過小といえる。それは相対的に、貸借対照表に計上された繰延税金資産が過大だといえなくもない。
ところが、〔図表6〕を見る限り、来年(2010年3月期)の予想に齟齬(そご)はない。これをどう解釈すべきだろうか。
税効果会計の脆弱性を問う
単純に考えるならば、横浜銀行と千葉銀行では、来年(2010年3月期)ではなく、再来年(2011年3月期)以降に、何かとてつもない「ビッグビジネス」がなければならないことになる。
しかし、それはどう好意的に解釈しても無理がある。したがって、今年(2009年3月期)と来年(2010年3月期)についてはとりあえず辻褄を合わせ、都合の悪いものは再来年(2011年3月期)以降の繰延税金資産に突っ込んでフタをしておけ、と解釈するのが正しい。こういうものに「正しい」という表現を使うのも妙な話ではあるが。
会計監査や金融検査で、繰延税金資産に対する検証がどこまで行なわれているかについて、筆者は関知しない。少なくとも、こうした横車を押し通せる余地があるところに、税効果会計の脆弱性があるといえるだろう。
本連載は、税理士法人や監査法人に所属する専門家諸氏に広く読まれていると聞く。現場で活躍する彼らの矜持に委ねることとしよう。もちろん、彼らを迎え撃つ銀行などの企画担当は、理論武装で怠りなきようにしていただきたい。
税効果会計を横車に仕立てた資本増強策
横車に仕立てられた税効果会計を容認すると、どうなるか。貸借対照表の左側にある繰延税金資産を多めに計上すると、右側にある自己資本も同時に膨らむという「副産物」が得られる。増資を行なうよりも手軽な資本増強策になってしまうのである。
この副産物を得たいがために、税効果会計は難解な仕組みでありながら、銀行業界にとって「救世主」やら「お地蔵様」やらと、崇め奉られる制度となるわけだ。
1998年6月に、旧大蔵省と法務省の名で『商法と企業会計の調整に関する研究会報告書』が公表されて以来、繰延税金資産については「特に配当規制を行なう必要はない」とされている(同報告書V4)。だからといって調子に乗りすぎると、いずれは「違法配当だ!」とレッドカードを突きつけられる可能性が残ることを指摘しておく。
2003年に経営破綻した足利銀行がその例であり、栃木県民はいまでも、あのときの騒動を忘れていないのである。
筆者プロフィール
高田 直芳(たかだ なおよし)
公認会計士、公認会計士試験委員/原価計算&管理会計論担当
1959年生まれ。栃木県在住。都市銀行勤務を経て92年に公認会計士2次試験合格。09年12月より公認会計士試験委員(原価計算&管理会計論担当)。「高田直芳の実践会計講座」シリーズをはじめ、経営分析や管理会計に関する著書多数。ホームページ「会計雑学講座」では原価計算ソフトの無償公開を行う。