連載:監査法人に聞くIFRSのコツ(1)
PwC Japan「IFRSのチャンピオンを育てましょう」
垣内郁栄
IFRS 国際会計基準フォーラム
2010/1/7
IFRSの任意適用が決まり、企業の財務・会計プロセスをサポートする監査法人がIFRS適用支援のサービスを活発化している。新連載「監査法人に聞くIFRSのコツ」では、各監査法人のIFRS適用支援サービス担当者に聞いたIFRS適用に向けてのポイントをお届けする。第1弾は、あらた監査法人を中心とするプライスウォーターハウスクーパース ジャパン。
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原則主義で求められる説明責任
――企業はIFRSのメリットをどうとらえればいいでしょうか。
木内氏 メリットはたくさんありますが、特に内的影響での「財務報告、海外子企業の管理をより効果的・効率的に実施できる」という点が一番大きいと考えています。われわれが接している企業のうち、IFRS早期適用を希望するケースの大半がこの内的な要因からです。やはり海外から財務諸表を取り寄せても、会計処理方法が異なると、果たして実際に経営判断に役立つ数字であるかどうかを疑問に感じることが多いようです。ベースの会計処理が子会社によって異なると、適切な経営判断を下すのも難しいでしょう。この会計処理をグループ企業内で標準化することで、子会社の財務諸表を経営判断に活用できるほか、決算の早期化にもつながります。
鹿島氏 グローバルに展開している企業の間では、この1年できちんとした数字を集めて判断することの重要性が特に高まったと考えています。というのも、2008年秋から急激に企業業績が悪くなり、本当に先が見えなくなりました。当社はこれまでも経営管理の重要性は訴えてきましたが、実際はあまり痛みを感じている企業は多くなかったのです。ところが、特に2008年秋からの半年間は急に霧の中に入り、経営者はまったく計器がない中で操縦をしなければならないという状況に置かれました。そのため、経営管理における情報へのニーズが飛躍的に高まったのだと思います。早く正確な情報を得るためのモノサシがほしいという思いが根底にあるのでしょう。
木内氏 IFRS適用のデメリットは対外的に開示する情報量が増えることで、世界の投資家の厳しい目にさらされるという点です。
また、内的には原則主義の適用によって、自社で会計処理のプロセスなどを決定しなくてはならないケースも発生するため、適切な判断が求められると同時に、その説明責任も生まれます。さらに日本基準からの切り替え作業には、時間とコストもかかります。IFRSは基準そのものがグローバルの専門家組織によって決定されますので、必ずしも日本の実態を反映した基準が策定されるとは限りません。IFRSの原文は英語ですから、英語力も必要となってくるでしょうし、日本の実情に必ずしも即していない基準にも的確に対応していかなければならないのです。
ポイントはナレッジトランスファー
――IFRS適用のステップと留意点にはどのようなものがあるでしょうか。
木内氏 IFRSを実際に適用するのは各企業ですから、最終的には企業の方々がスキルや知識を身に付けなくてはなりません。しかしながら、原則主義という性質上、勉強が終わったからといってすぐに対応することは難しいでしょう。適用に向けてのステップは3つあると考えています。最初は経験やスキルを持った専門家のアドバイスを受けながら、原則主義に対応していく。2つめは社内でナレッジトランスファーをきちんと実施して、原則主義対応を企業に根付かせていく。そして、3つめは企業の方々が独自に原則主義に対応していく、というものです。
日本基準からの切り替えに要する時間とコストは、最小限に抑える必要があります。そのカギとなるのはプロジェクトを効果的、効率的に行うことです。そのためにはまず事前調査や計画の策定を適切に行うことが大事です。会計処理のギャップ分析や業務プロセス、ITへの影響、対応にかかる時間などを分析した上で優先順位付けをし、それをもとに対応プランを作成していきます。闇雲にスタートすると多大なコストがかかり、右往左往してなかなかゴールが見えてこない、という状況に陥る危険性もあります。
また、時間がかかりそうなところ、システムの改変がありそうなところは2012年を待たずに早い時期から取り組んだ方がよいでしょう。一方で、IFRSはこれから2011年までに大きく変わります。変わることが想定される部分についてはある程度様子を見て、見えてきた段階で本格的に取り組む必要があるでしょう。このようなプランを社内で明確に策定した方がよいと思います。プランを確実に推進するに当たっては、同時に関係者のスキルアップを図っていくことが重要です。
何でも知っている「IFRSのチャンピオン」を
――企業側でのサービスを受ける体制は?
木内氏 勉強会や予備調査の段階ではそれほど大きな体制は不要です。経理部を中心にシステム担当、場合によっては財務や子会社の人が入ればいいでしょう。兼任体制で大丈夫です。ただ、本格的な導入プロセスでは、過去の経験から10人前後の専任者を置かれた方がよいと思います。このチームには経理だけでなく、関連する部署のメンバーを入れる必要があります。プロジェクトオーナーはトップマネジメントとし、トップマネジメントのリーダーシップによってステアリングコミッティを推進していくのがよいでしょう。また企業の中に、IFRSについてはこの人に聞けば何でも分かる、という「IFRSのチャンピオン」を作るとよいと思います。従来の日本基準は、経理担当者なら勉強すれば理解は可能です。しかし、IFRSは一朝一夕では分かりません。人事のローテーションも考慮し、チャンピオンを作るように心掛けるのがよいでしょう。
――ITシステムの改修は何が挙げられるでしょうか。
鹿島氏 少なくともほぼすべての企業で、何らかの手を入れる必要があると考えられるのは連結システムです。また、弊社の実績では製造業が多いのですが、製造業で日本基準とIFRSのギャップが大きいのは、リースも含めた固定資産関係です。固定資産関係の仕組みの改修が必要となる企業が多くなるでしょう。
また、ほとんどの企業で現状不足しているのが、研究開発プロセスを管理する仕組みです。製造業であれば開発費を管理する仕組みが必要になります。会計システムで複数の帳簿をどのように持つかの判断は、最終的にIFRSと日本基準、海外のローカル基準との差がどのくらい残っているかがポイントになります。
システムに関する計画作成が難しいのは、IFRS対応に関する仕様が決まるまで時間がかかるということです。会計に関するルールとそれに伴う業務処理要件が固まるまで時間がかかり、なかなか線引きがしづらいのです。
――コストを増大させないためのコツは?
鹿島氏 要素としては2つあります。1つはこのようなことを見据えて、計画的に実行できるかどうかです。1つ仕組みを作ってそれをグループ会社で共有すれば、コストを最も抑えられます。業務やルール、勘定科目、レポートなどを標準化できれば1つの仕組みで問題ありません。トップダウンで標準化できるかどうかが要素としては大きいでしょう。
その発展系として、グローバルでのシングルインスタンスでのシステム構築なども実現できれば、コストをさらに下げることができます。これまでも、グループの連結経営管理システムをグローバルに展開する企業の事例はいくつかありましたが、その際にはグループの経営管理マニュアルを作成したり、グループ標準のマネジメントレポートのフォーマットを作成したりしてきました。つまりグループの標準システムを、主要な子会社に展開するプロジェクトを経験している企業は多いのです。今回はその中身がIFRSに変わっただけですから、その経験を生かすことができると考えられます。各企業が狙っているのはIFRSだけでなく、2000年代の前半に導入したグループ経営管理の仕組みを高度化することです。IFRSに取り組みながら、経営管理を高度化する要件を入れていくというプロジェクトがすでに始まっているのです。