
自前主義と独自機能の開発で差別化
なぜ今さくらがVPS参入? 田中社長に聞いた
2010/9/1
「VPSはやりたくないんです、“劣化専用サーバ”なら意味がありませんから」――。VPSサービスに懐疑的で、かつてインタビューでVPSは提供しないと言っていた、さくらインターネットの田中邦裕社長。あれから約1年、さくらは新サービス「さくらのVPS」を発表し、関係者を驚かせた。一体どういった環境変化によりVPSサービス市場へ参入するに至ったのか? サービス開始直前の8月、田中社長に話を聞いた。
サーバが悲鳴、自らクラウドのニーズを痛感
「世の中のパラダイム転換を自ら体験したということなんです(笑)」
あの時はVPSはやらないんだと言ったではないですか。そう記者が切り出すと、少し苦笑いを浮かべながら田中社長はこう答えた。

さくらインターネット 代表取締役社長
田中邦裕氏
「2009年の暮れに暇を持て余していて、ある日、ユーザーが文字を入れるとロゴ画像が自動生成されるWebサイトを個人的に立ち上げたんですね。これがGigazineやアキバBlogといったサイトで取り上げられて、アクセスが殺到してサーバが落ちそうになりました。このとき、いったんAmazon EC2でサーバを起動して追加したり、自分のサーバ上に仮想環境を作ってインスタンスを増やしたりして対処したんです」(田中社長)
自らのサイトの一時的なトラフィック激増、サーバの負荷増大により、田中社長は柔軟なリソースの運用ができるクラウド的なサービスの必要性を痛感したのだという。
「以前に比べるとホストとなるサーバの性能が上がっていますし、Intel-VTなどの仮想化支援機能が広く普及してきた1年だったこともあります。仮想化を使ったVPSの需要が伸びていることや、予想を上回るIaaSの発展という背景もありました」
田中社長は、VPSサービス開発に至った外部環境の変化をこう指摘する。だがもう1つ、さくらインターネットには懸念事項があったのだという。北米を中心とした安くて使い勝手のいいVPSサービスに顧客を奪われていることを肌で感じていたのだ。
「さくらから海外のVPSに乗り換えましたというような声を、ブログを中心によく耳にするようになったんですね。正直、このままじゃだめだと思いましたね」(田中社長)
技術リテラシーの高い利用者に使ってもらう――。それが自らが考える“さくら像”だった。ところが現実には、アンテナ感度の高いユーザーたちは、英語の壁やパケット遅延というマイナス面を乗り越えて、安価で使い勝手の良いVPSサービスを探し求め、海外へと視線を向け始めていたのだ。
980円の低価格、高いコストパフォーマンス
国内サービスより、むしろ海外の人気VPSに対抗しなくてはならない。こうしたチャレンジ精神こそ、さくらがVPSサービス参入で掲げた目標だという。
スペックを聞いただけでも、それはうなずける。
物理サーバはQuadCore Xeon搭載機。各インスタンスには512MBのメモリと2GBのスワップを割り当てる。実は格安VPSの中にはスワップが設定されていないために、ちょっとした作業でメモリ不足となりプロセスが止まることがある。一方、さくらのVPSでは、そうした心配がない。さらに、物理ホストが持つメモリの8割程度しか仮想環境に割り当てていないため、各インスタンスは実質的に700〜800MB程度のメモリを使っても、まだスワップ利用によるディスクI/Oが発生せず、一時的にメモリ使用量が512MBを超えた場合でもパフォーマンス低下は避けられるという。それとは別に、余剰メモリはディスクキャッシュにも使われるため、仮想インスタンス上でのディスクの読み書きを行う操作が快適ということもある。
仮想化を使ったVPSサービスでは、こうした“下”の構成が見えづらい。このため格安サービス提供者は、さくらのように余裕を持たせた設計とは逆に、仮想インスタンス間でメモリページを共有させることのほうが多いという。最近では「オーバーコミットメント」と呼ばれる、物理ホストのメモリ量を超えてインスタンスにメモリを割り当てる機能のために、パフォーマンス低下が問題となることもあるという。
処理性能は各サーバの利用状況に左右されるが、それでも2仮想コアが各インスタンスに割り当てられていて「UnixBenchで1400ほどのスコアが出ている。Atomサーバだとせいぜい3桁」」(田中社長)という。
これに20GBのストレージが付いて月額980円。これは、海外の安価なVPSの相場より安い。加えて、100〜250msの遅延が避けられない海外サーバに比べて、条件が良ければ10ms程度というレスポンスの速さも魅力だろう。
オープンソース活用と自前開発主義で差別化
数字的なスペックを聞いただけでも、十分に魅力的なサービスだが、本当の勝負どころはコストパフォーマンスではないのだと田中社長は力説する。
例えば、さくらのVPSですぐに目を引くのは、Webブラウザによる独自の管理画面だ。パフォーマンス監視やOSの再起動ができるほか、ブラウザ上からシリアル経由でコンソールを呼び出せてしまうなど、非常に良く作り込まれている。この機能により、起動前の画面を見て操作することすらできてしまう、ということだ。これは国内、海外とも同業他社では、あまり例を見ない先進の機能と言っていいだろう。
こうした差別化戦略のポイントは“オープンソース活用”と“自前開発主義”にあるようだ。
仮想化インフラには、Linuxカーネルのモジュールとして実装された「KVM」(Kernel-based Virtual Machine)を採用。競合の多くが商用の仮想化インフラで先行する中、さくらはライセンス料がかからないオープンソースで追う形だ。実績という面では先行するXenやVMwareに分があるが、KVMはLinuxカーネルと一体である分、開発リソースも多く集まりつつあり、将来性の高さは抜群だ。
「KVMは商用サービスでの実績面ではまだまだですが、社内では以前から他システムで使い倒しており、ノウハウ蓄積の面では十分です。なにより、(他の仮想化インフラよりも)速いですしね」(田中社長)
オープンソースを選ぶのはコストメリットだけが理由ではない。上述したWeb管理画面のように、競争力があり差別化できる独自機能を自社開発できる上に、コミュニティに貢献していくことで、自社の開発リソース以上のことが実現できる。実際、今回の新サービス開発でも、コストはせいぜい10〜20人月程度だったという。1、2万人の利用者が見込めれば、すぐに回収できる1度きりのコストに過ぎない。田中社長は、こともなげに、そう指摘した。
かつて、「ただ安いことを目指すためだけのVPSであればやりたくない。それは“劣化専用サーバ”に過ぎない」と言い切った田中社長。仮想化という新技術でなければできない、付加価値の高いサービスを開発していくのだ、としていた。Webブラウザ経由でのシリアルコンソール画面へのアクセス機能の開発は、そうした同社の姿勢を示している。さらなる付加価値機能の開発に期待できそうだ。
国内利用者のニーズに独自サービスで応える
クラウドサービスといえば、Amazon EC2/S3がさまざまなサービス群を出している。先行者は、単なるOSインスタンス以上の世界に進化している。さくらはこうした開発競争にどう立ち向かっていくのか?
「VPSだけではなく、IaaS型のクラウドサービスの開発も進めています。まず時間課金を提供できるようになった時点でAPIも出します。IaaSでセルフサービスができないと意味がありませんからね。ほかにも、すでにmemcached互換プロトコルによるキーバリューストア(KVS)をアルファサービスとして提供していますし、ストレージについてもAPIによる追加や切り離しの機能を提供します。CPU仮想化以外の部分が、むしろ差別化ポイントになると思っています」
VPNを使ってプライベートクラウド的な構成が可能になるAmazon VPCと同等のものも提供予定だという。ただし、Amazon VPCとはひと味違うもののようだ。具体的には、既存のさくらの専用サーバと、VPSによる仮想サーバ群を、同一データセンター内で、あたかも1つのセグメントにあるかのように扱えるサービスになるだろうという。
「日本の一般企業だと、クラウドにすべてのデータを置くということはしないでしょう。富士通やNECのサーバを2台並べてSANを組み合わせるというオーソドックスなシステムはコロケーションのまま残ると思います。でも、Webサーバは必要に応じてクラウドでエラスティックに増減させたい。いわば、コロケーションの良さ、ホスティングやクラウドの良さをいいとこ取りしてベストミックスで使いたい、そういうニーズに応えたいのです」
単なる後追いをするのではなく、日本の土壌にあったサービスを考えているところが、国内ホスティング事業の草分けである同社らしい姿勢だ。
石狩平野にクラウドを
既存製品やソリューションの単純な組み合わせではない自前開発主義と、新しい技術を活用しようというチャレンジ精神、それが、さくらインターネットの強みだろう。そうしたチャレンジを体現した究極の姿とも言えるのが、先日計画を発表したばかりの「石狩データセンター」(仮称)だ。

北海道の石狩市に建設予定の大規模データセンターの模型を前に説明する田中社長
「倉庫業など、すでに土地や建物をもっている会社がデータセンター事業に進出するケースがありますよね。でも、石狩だと東京の倉庫より圧倒的に土地が安いんですよね。土地代が安いので建物も低層にできますし、建設コストも安い。加えて、新データセンターでは1ラック当たり最大15kVAほどあって、Xeonも満載できますから、VPSを月額980円で売っても十分に利益が出るという感じになるでしょうね。場合によっては、値下げの余地も出てくるかもしれません。石狩では(顧客からサーバや機材を預かる)コロケーションをせずに、全ラックをホスティングにしか使わないことにしました。(社外利用者の)入退室管理が不要で、ラックにも扉を付けない予定です。こうしたことで、さらにコストが安くなっています」
「(データセンター建設予定地の)石狩の新興地域は、全体で山手線の内側の約半分にあたる3800ヘクタールほどあって、まだ400ヘクタールほども土地が余ってるんですよね。うちのデータセンターは5ヘクタールほど使っています」
土地が余っていて、いくらでも追加で建設できると言わんばかりだ。そもそも8棟の建設を予定している同社の石狩データセンターにも、まだまだ追加でサーバが置けるだろうという。建設予定の模型を指差しながら、田中社長は楽しそうに続ける。
「棟と棟の間にはコンテナ型データセンターも置けます。模型で見ると狭く感じるかもしれませんが、全体で東京ドーム1個分以上の広さがありますからね(笑)。あと、この辺の広場もかなり空いてて、まだなんぼでもコンテナ型データセンターは置けるでしょう」
国内とはいえ、北海道はネットワーク的に遠くないだろうか? 帯域当たりのコストも不利では?
「東京とのRTTは15〜20msと近いものです。回線代についても、光回線事業会社と協業すれば、3、4年で東京=大阪と変わらない水準になると思います。当社の進出に合わせて、新規に回線を引く計画を立ててくれているところもありますし、心強い限りです」
VPSサービスの参入では出遅れた感のあるさくらインターネットだが、ひとたび発表してみれば、スペック的にも機能的にも一気に先頭グループに入った感がある。さらに田中社長の話から分かるのは、今後のサービス拡充や価格競争の“伸びしろ”という点でも、まだまだ同社には大いに期待できそうだ、ということだ。IaaS型クラウドサービスでもきっと台風の目となってくれることだろう。
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提供:さくらインターネット株式会社
アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部
掲載内容有効期限:2010年9月30日