大阪・堂島に、さくらインターネットの秘密を見た 〜自前だからできる本当の差別化 |
「そもそも、私はデータセンターなんて差別化できるもんじゃないと思ってるんです」。さくらインターネットの創業社長、田中邦裕氏は驚くべき率直さで、こう言ってのけた。新幹線に乗って大阪にまで取材に訪れた記者は一瞬たじろぎ、広報担当者の表情を盗み見た。差別化ポイントを取材しにきたのに、そんなものはないというのだ。しかし、自らのビジネスを否定するかのようなこの爆弾発言の裏には、真摯な取り組みに裏打ちされた自信があるのだった。激化する競争環境の中で「自社にしかできない差別化」を徹底して追求する同社のビジネスの根幹とは何か。苦笑いする広報担当には目もくれず、田中社長はやわらかな関西イントネーションで語り始めた。 |
データセンターが差別化できない理由 | ||
さくらインターネットの創業者で現社長の田中邦裕氏は、データセンターはもはや差別化が困難だと指摘する |
さくらインターネットは、レンタルサーバビジネスの草分け的存在だ。田中社長は学生ベンチャーに近い形で事業をスタートしている。1996年、まだ舞鶴工業高等専門学校在学中だった学生時代に、「自分の技術の腕試しもかねて」(田中社長)、学内向けに無償レンタルサーバサービスを開始したのが、さくらインターネットの始まりだ。
まだホームページの作成手段がISPの接続サービスのおまけ的存在か、高額な企業向けレンタルサーバしかなかった時代に、手軽で使い勝手の良いサービスを提供したのがウケた。やがて、IT創業ブームや外部利用者ニーズの高まりを受け、卒業後にジョイントベンチャーとして創業。その後開始した専用サーバサービスも順調に伸び、徐々にデータセンターを拡充してきた。現在では東京の西新宿、大阪の堂島を中心に、東西計6カ所のデータセンターを抱えている。2009年3月には専用ホスティングのサーバ稼働数は1万台を超えている。
レンタルサーバ市場では、2004年に月額125円という破格のサービスを開始。衝撃的な価格破壊で業界にその名を轟かせ、現在に至るまで日本を代表するレンタル / 専用サーバサービス事業者として知られている。
学内サービス立ち上げの学生時代から数えると、13年に渡ってレンタルサーバ/データセンタービジネスを見てきた田中社長は、もはや単なるデータセンター事業では誰も差別化できないところまで来ていると見る。過去の差別化要因がなくなったからだ。
「われわれが1999年に東京と大阪の都市部にデータセンターを構築したときには、地理的メリットで売れたし、それが差別化にもなりました」(田中社長)
一昔前、ホストセンターといえば都市部から少し離れた地盤の固い場所にあるのが一般的だった。それが10〜15年ほど前からiDCと呼ばれるIP網とオープン系サーバを使ったデータセンターが一般化。自社サーバを設置、管理してもらうコロケーションサービスが企業ユーザーの間で広まった。そうした企業ユーザーは管理のための入局作業の利便性から都市型データセンターに流れたのだ。
「今は都市型データセンターといっても、もはや当たり前すぎて差別化要因になりません。現在のテーマは(ラック当たり)電力容量ですが、これも少なくとも当社にとっては差別化のポイントになりません」(田中社長)
ラック当たり50Aよりも100Aがいいのは自明だ。より多くの機材が設置できるからだ。しかし、電源の大容量化というデータセンター業界のトレンドに同社は必ずしも与しない。
「単に大容量というなら誰でも作れます。これは設備投資です。ほかより大容量のデータセンターを作ればいいだけで、要するに先に投資した方がいいっていうだけの話です。これは不動産やマンション販売と同じで、旧来型のビジネスモデルです」(田中社長)
昨今、大資本を背景に不動産関連や倉庫関連の企業がデータセンター事業に参入し、電力供給量に余裕を持たせたデータセンターを建設中だ。競争激化は必至だが、そもそも田中社長はコロケーションビジネス自体が飽和気味と指摘する。すでにコロケーションは企業ユーザーの間で一般化して久しく、供給過剰になりつつあるからだ。さらに問題なのは、電力供給が十分でも、排熱の問題から集積度を上げづらくなってきていること。だから電力だけでは差別化にならない。それが田中社長の読みだ。
全体最適による競争力の確保 | ||
では、さくらインターネットの競争力の源泉はどこにあるのか? キーワードの1つは「全体最適」だという。
「バリューチェーン全体を考えると、データセンターという箱、バックボーンネットワーク、サーバ、OS、ソフトウェア、運用、サポート、営業、ブランドと下から上までいろいろあって、このすべてで少しずつ利益を出して全体最適を目指すことで1割か2割の利益を確保することはできると思うんです」(田中社長)
例えば、ラックやサーバなどは規格化されているため、後は組み合わせだけのように思えるが、さくらはそう考えない。
一般に流通しているラックやサーバは、さまざまな組み合わせを想定して余裕を持たせた設計になっている。個別製品を見ると最適化されてはいても、すり合わせてみるとムダが出る。
「サーバのファンも、そのシステム構成に必要な最低限しか付いていません。こうしたことができるのは、すべて自前でインテグレーションをやっているからです」(田中社長)
大阪・堂島のデータセンターでは、サーバの仕様や吸気方法、キャッピング条件をもとに熱解析を実施。最適なサーバ形状と収容方法を割り出し、サーバの高収容化とスムーズな廃熱設計を行っているという |
さくらインターネットの自社開発による“1Uクォータサーバ”。前後左右に4分割して4台のサーバを1Uに実装した |
一般的なサーバで数個から十数個付いているファンが、さくらのあるカスタムサーバでは3つ。電源をシャーシから外に出し、ケースを開けっぴろげにすれば最終的にはゼロにまでできると田中社長は言う。それが可能なのは、カスタムサーバの設計だけでなく、アイルキャッピングを含む空調設備やラックの設計、サーバ配置などの全体設計を自前で行っているからだ。これにより、一般的なコロケーションでは考えられないような集積度でサーバを設置でき、電力消費も最低限に抑えられるのだという。実際、堂島にあるデータセンターでは、1Uに4サーバを詰めたもので最大1ラック当たり160台という非常に高い集積度を実現している。さくらが独自開発したAtom搭載サーバの場合、発熱が小さいため集積度が高い上に、消費電力も3分の1程度で済み、こうした最適化されたシステム構成が低価格サービスにつながっている。
自らサービスレイヤを理解しているからこそできること | ||
バリューチェーン全体を自前で用意する同社の強みは、上位レイヤのサービスへの深い理解があることだ。自社でさまざまなインターネットサービスを構築、運用しているため、それに合わせたサーバやデータセンターが設計できる。安価な専用サーバとして提供しているAtom搭載のカスタムサーバは、その典型例だ。
「利用シーンに合わせて設計しています。Web系だとAtomで問題ないケースが多い。特に開発系のIT企業は分散処理に長けています。自社でアプリケーションレイヤを作っているところは、ハードウェアに合わせてソフトウェアやサービスを作れるので、安いサーバをたくさん買ってくるほうがいい。こういう場合、Xeonを1台使うより、Atomを2台使ってWebとDBを分けるなど冗長構成にするほうが、同じコストで冗長化できるメリットがあります」(田中社長)
こうしたユーザーのニーズを見越して、サーバやデータセンターを設計できるのが、さくらインターネットの強みだ。自前主義を貫き、サーバを自作することで知られている「はてな」が、さくらインターネットの顧客でもあるということも、こうした事情を物語っている。
劣化専用サーバとしてのVPSには競争力はない | ||
レンタルサーバ市場では、仮想化技術を使った格安のVPSが伸びつつある。海外では月額1ドルでroot権限が使えるサービスまである。しかし、さくらでは単純な価格メリットしかないVPSは提供しないという。
「専用サーバでどこまで価格を下げられるかに挑戦したいし、どこまででも追求したい」と話す田中邦裕社長 |
「125円の激安サービスを提供しながらよく言うなと指摘されるんですが(笑)、安値を追求するためにVPSをやっても過当競争になるだけなのでやりません。当社でも、やろうと思えば月額500円のVPSはできると思います。でも、それは誰でもできることなので競争優位性が保てません。共用サーバなら、付加サービスの仕入れ価格で競争力が出ますし、コントロールパネルの開発ノウハウも生かせます。ここは各社ノウハウがかなり違って差別化できるポイントです。VPSにしかできないようなこと、例えばライブマイグレーションとか、1000台のリソースを一時的に使うとか、利用時間帯に合わせてCPUリソースを動的に変えるといったことなら取り組みがいがあります。でも、専用サーバ相当の機能を安価に提供するだけのVPS、言ってみれば“劣化専用サーバ”ですが、そういうものは作りたくないんです」(田中社長)
VPSで可能なことは専用サーバでもやりようがある、というのが田中社長の持論だ。すぐに利用が開始できるシンプロビジョニング的なことも、サインアップから5分で使える専用サーバを用意することで同等の利便性が出せる。OSのインストールもKVMスイッチのオプションを提供することで、遠隔操作でできるようになる。あるいは最初からハイパーバイザを入れて仮想環境を標準にした安価な専用サーバがあれば、VPS相当のことができる。この構成ならCPUリソースを確実に確保した上で、利用者は上位レイヤを柔軟に構成、運用できる。Atom搭載のカスタムサーバはそうしたサービスメニューへの布石でもあるという。
「極論を言えば、専用サーバで価格競争をしたほうが競争力を出せる。専用サーバでどこまで価格を下げられるかに挑戦したいし、どこまででも追求したいんです」(田中社長)
さくらインターネットは安さで売ってきたと見られがちだが、「安かろう悪かろうと見られたくない」(田中社長)という思いが強いという。安さだけでは先がない。そうした考えから2000年、経営理念の1つに「コストパフォーマンス」を掲げた。安いのに品質がいいサービス。ただひたすらに安価なだけのVPS提供ではそれは満たせない。ISO27001やプライバシーマークの認証を取得したのも、こうした考えからだという。低価格専用サーバで、これら品質基準をクリアしたサービスは多くないし、まして格安VPSでは望むべくもない。
データセンター事業は、もはや設備投資ビジネスで資本力勝負。そういう見方をするならば、確かにサービスでの差別化は極めて困難だ。しかし、機敏にニーズを汲み取り、設備からサービスまでを一貫して設計するとなれば話は違う。さくらインターネットの低価格、高品質の秘密はそこにある。仮想化、クラウドなど、今後同社が取り組もうとしている領域でも、魅力的なサービスの登場が楽しみだ。
提供:さくらインターネット株式会社
アイティメディア営業企画
制作:@IT 編集部
掲載内容有効期限:2009年6月25日