病院情報システムでは、部門システムの調達が、ソフトウェアとハードウェアの一括購入という形で行われてきた。これがITコストの大幅な過剰につながっている。学校法人 関西医科大学は附属3病院を有するが、その中核となる関西医科大学附属枚方病院で進められているのは、仮想化技術によってソフトウェアとハードウェアの分離を行い、このような現状から脱却することだ。
大阪府の枚方市駅からほど近い場所にある関西医科大学附属枚方病院(以下、枚方病院)は、750床と大規模な医療施設で、北河内地区の中核病院となっている。この病院でいま、国内医療機関における前例のほとんどない、大きな挑戦が始まっている。部門システム、すなわち診療科ごとの医療を支えるシステムを、物理サーバから仮想化基盤へと移行しつつあるのだ。仮想化統合がなぜ「大きな挑戦」なのか。それは医療システムの調達のあり方を、本質的に変革するきっかけになるからだ。
関西医科大学 大学情報センター長の高橋伯夫氏は、枚方病院における部門システムの仮想化基盤への移行について、次のように説明する。
「病院が目指すのは、安全・安心な医療を提供すること。これを実現するためのミッションクリティカルな医療情報インフラとしてITを位置付けている。その意味でITは非常に重要だが、だからこそより広範にITを活用するためにコスト効率を高めたい。従来の物理サーバを使った部門システムを、できる限り仮想化して統合することで、サーバ余剰リソースの有効活用と大幅なコストダウンが期待できる」。
枚方病院は2006年1月にオープンした。最新設備を持つ特定機能病院であり、最先端の医療システムを積極的に導入。近年では、医療機器/医療支援システムのデジタル化が進んでおり、これらについてもいち早く取り入れた。
「この病院では、開院当初から電子カルテを構築するなど、医療安全のためにITを最大限活用するというコンセプトで動いてきた。安全で質の良い医療を提供するために部門システムを充実させた結果、約30のベンダによる、100台を越えるサーバが併存することになった」と大学情報センター医療情報部門准教授の仲野俊成氏は話す。
中央診療部門や診療科の業務を支えるアプリケーションである部門システムは、各種の医療機器で接続されていたり、医療機器の一部となっていたりすることもある。各システムはそれぞれの部門における診療業務に特化したものであるため、高い安全性や安定性が求められる。だが、ソフトウェアとハードウェアの一括購入だと、調達する側は適正なハードウェア構成かどうかを十分確認できない。
枚方病院が開院当時に導入した各々の部門システムも、ベンダ主導による、ソフトウェアとハードウェアが一括で調達されたものだった。しかし、導入から数年経つと、やがてサーバの保守切れが発生し始める。保守期限を過ぎてしまうと、故障部品の交換も容易ではない。また、これらのシステムは同時期での調達であるがために、このリスクも同時期に発生することになるため、対策が必要となっている。ソフトウェア機能は十分にニーズを満たしており継続利用に問題がない一方で、ハードウェア保守期限の都合により、一括調達されたが故の矛盾をユーザーはリスクとして背負い込まなければならない実態が、往々にしてある。
一般的な対応方法は、新しいサーバにアプリケーションを載せ換えることだ。すると上記のように、適切な構成かどうかの判断ができないままにハイスペックなサーバを再び購入しなければならない。さらに場合によってはOSやデータベースの入れ替えが必要となり、アプリケーションも更新しなければならないといったことが起こり得る。これではベンダのいうままに、負のコストスパイラルに陥ってしまう、と大学情報センター学術・業務部門係長の新貝欣久氏はいう。
「現在では、仮想化の技術を使って、ハードウェアとソフトウェアを分離できるようになった。これを利用すればハードウェアに引きずられることなく、本当にシステム更新対応が必要か否かの判断ができる。そうすれば無駄なコストを減らすことにもつながる。仮想化はわれわれにとって、システム維持の合理性を高めるための、有効な武器が1つ増えたことを意味する」。
まず、既存の部門システムを徐々に仮想化基盤へ移行し、運用の実績をつくる。これをベースに、最終的には新規システムの調達についても、ソフトウェアのみの構成を前提とするのが当たり前の世界に持っていくことを、関西医科大学は目指している。
こうしてスタートしたのが、枚方病院における部門システムの仮想化基盤への移行プロジェクトだ。「まず仮想化ありき」ではなく、あくまでも「合理性あるシステム更新と機能維持」が重要であり、医療現場では前例のない取り組みであることを踏まえ、周到な準備のもとに、少しずつ進められている。
まず、薬事法上、医療機器の一部とみなされるシステムや、機器との接続の関係で物理サーバでなければならないものは、対象から外している。一方で、仮想化への対応方針について、部門システムのベンダ全社にヒアリングを実施。協力的なベンダと共同で、仮想化のために必要な作業を進めている。現在のところ、2ベンダの6サーバが仮想化への移行を完了。100台を超えるサーバのうち、3分の1から2分の1程度を仮想化することを、当面の目標としているという。
ヒアリングでは、多くのベンダが「既存バージョンの仮想化もしくは、次バージョンで仮想化への対応を検討する」など、前向きな回答だったという。
部門システムのベンダにしてみれば、ソフトウェアをハードウェアと一括して納めることで、製品売り上げや保守料を増額できる。とはいえ、サーバは自社製品ではない。サーバの製品ライフサイクルに振り回される点では、ユーザー組織と変わらない。自社のアプリケーションを別サーバに載せ替える場合には、その都度検証しなければならない。一方、いったん仮想化してしまえば、アプリケーションは物理ハードウェアと切り離されるため、その後はハードウェアごとの検証が不要になるというメリットがある。
ただし、障害対応については、不安を感じているベンダもいるという。従来は、ソフトウェアとハードウェアを責任分界点として、部門システムベンダがユーザーに対する窓口を1つに見せる方法をとってきた。仮想化では、ユーザー組織が運用する仮想化基盤で、自社のソフトウェアが稼働することになるため、どう切り分け、どう対応すべきかが分からないというベンダもいるという。だが、これは部門システムのベンダが、ユーザー組織との間の明確な合意と、経験によって解決していかなければならない問題といえる。
では、病院内の各部門はどう考えているのだろうか。大学情報センター学術・業務部門係長の西野典宏氏は、次のように語っている。
「サーバが保守切れになり、現実に部品がなくなれば、いつ止まっても不思議でなくなる。背に腹は代えられない状態になりつつあるなかで、かなり有効な対策といえるのが仮想化だ。このため、各部門も協力的だ。部門にとっては、システムの立ち上げ時はいいが、その後の維持は大変なので、医療情報部が一緒にやることを評価してくれる。ただし、部門とお互いに話し合いながら無理なくやっていくことが、今後も大事だと思う」。
枚方病院では、仮想化基盤を支えるサーバとして、インテル® Xeon® プロセッサーを搭載したシスコのサーバシリーズ「Cisco Unified Computing System(以下、UCS)」を選定した。選定理由を新貝氏は、「シスコはネットワーク製品では有名で、大学全体でも使用実績がある。コンピュータメーカーとしては後発だが、仮想化にターゲットを絞っている。このため、サーバの構造自体が仮想化に適したものになっている点が大きい」と話した。
加えて西野氏は、次のようにいう。
「シスコは、自社のサーバの価値を最大限に発揮させられるのは仮想環境だと考えているので、話がスムーズだった。また、(枚方病院の仮想化プラットフォーム・ソフトウェアとして採用した)ヴイエムウェアとシスコは、技術面で密接に連携している。ヴイエムウェアのVMware vSphereを採用することになったとき、サーバはシスコを、というのは自然な流れだった」。
西野氏と新貝氏が、さらに高く評価するのは、「シスコアドバンスドサービス(AS)」だ。これはシスコが事業を展開する各分野で、技術コンサルティング、技術支援、ノウハウ移転を行うサービス。シスコは今回、UCSを用いた仮想化環境の構築、システム移行やテスト、運用に関する一連のコンサルティングおよびワークショップのサービスを提供した。
「仮想化を初めてやるという組織は、誰もが不安だし、手探り状態だ。こうした中で、物理環境から仮想環境への移行トラブル時に、どのデータを収集して、不具合の原因を見つけるか?という分析力と、問題を解決するための的確な指示で効率よく次のステップへ導く力強い技術的支援を受けられたのはありがたい」(西野氏)。
「ハードウェアとヴイエムウェアの双方に精通したシスコのコンサルティングエンジニアが対応することで、本学スタッフにとって良い技術蓄積になった。カリキュラムとしてシステムの移行作業を行っている。その際には、問題の調査および対策の検証作業を行ってアドバイスや技術を提供いただいた。移行の第1号となった部門システムのベンダに直接アドバイスもしてくれた。移行が円滑に運んだ理由の1つはここにある」(新貝氏)。
実際の移行作業(仮想化マイグレーション)は必ずしも順調だったわけではない。24時間365日常時稼働という病院システムの性格を踏まえ、システムを稼働状態のままマイグレーションを行う「ホットクローンP2V(Physical to Virtual)」の手法を基本とし、最終同期と切り替えのために最低限のシステム停止を行うのだが、最終作業は計画的かつ緻密な作業スケジュールが要求される。またマイグレーション後に仮想マシン上で発生するエラーの対応を迫られることもあり、時には物理サーバへの切り戻し工程や、調査ツールの導入とパフォーマンス分析、部門システムのベンダすら把握していない潜在的欠陥との障害切り分けなど、仮想化基盤上への新規構築に比べ高度な作業を必要とした。しかし、これらの技法を実践できれば、仮想化移行はローコストかつ驚くほどスムーズに推進できる。これはほんの一部であるが、さまざまな高度なノウハウが投入されている。
前述のように、枚方病院における部門システムの仮想化統合は、あくまでも各システムについて、安定的な稼働と運用の合理性を確保できるかを検討したうえで進められている。部門システムのベンダの協力は不可欠だし、何よりもシステムのユーザーである各部門の人々が納得できなければならないからだ。
一方で、安全・安心が最優先のシステムだからこそ、仮想化を推進すべきだという理由もある。VMware vSphereには、サーバの計画メンテナンスを容易にする仮想マシン移動機能や、再起動型フェイルオーバー機能、同期型フェイルオーバー機能が搭載されているからだ。例えば「サーバ・ハードウェアを冗長化し、さらに高価なクラスタリングミドルウェアを導入することなしに、仮想サーバを自動的に再起動するVMware HAを使えば、アプリケーションの可用性要件を十分に満たせるケースも多いはずだ」(仲野氏)。
仮想化は単なるコスト削減の手段ではない。抽象化と自動化のパワーによって、システムを柔軟かつ安定的に運用していくための基盤になる。つまり、医療の世界だからこそ、仮想化による統合の潜在的なメリットは大きい。
大学情報センター長の高橋氏は、仮想化をIT投資の戦略化のためのかぎだと考えている。このため、「影響の少ないところから早く統合化を進めていければいい。当大学の持つ3病院の部門システムを統合することも視野に入れている。そのデータセンターとしての役割を、枚方病院が果たせればいいと考えている」と語っている。
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提供:シスコシステムズ合同会社
アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2013年11月15日
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