積水化学工業は2015年1月、インターネットイニシアティブ(IIJ)が提供する「IIJクラウドエクスチェンジサービス for Microsoft Azure」を採用し、Microsoft Azureの閉域網(専用線)接続サービス「Microsoft Azure ExpressRoute」の利用を開始した。積水化学工業の上野茂樹氏とIIJの四倉章平氏に導入の経緯を聞いた。
住宅や環境・ライフライン、高機能プラスチックスを中心に、ひとの暮らしや社会基盤に豊かさを提供する様々な商品とサービスを展開する積水化学工業。同社は2015年1月、海外拠点ごとに導入していたERP(Enterprise Resource Planning)システムのグローバル統合に向け、オンプレミス環境とパブリッククラウド環境を閉域網(専用線)でシームレスに接続できるネットワーク環境を整備した。
構築した新たなネットワークは、インターネット回線を介さずに既存のWAN(Wide Area Network)環境をクラウドサービスのデータセンターに直接接続するため、セキュアで高い信頼性と安定性を確保した通信が可能になった(図1)。
積水化学工業の上野茂樹氏(経営管理部 情報システムグループ 担当部長)は「安定性や信頼性といったオンプレミスのメリットに、スピードや拡張性に優れたクラウドのメリットをうまく融合させることができました。グローバルにガバナンスを効かせるためのIT基盤を構築できただけでなく、事業への貢献という観点からも大きく寄与できると考えています」と、新たなネットワーク環境の意義を説明する。
クラウドとの閉域網の接続には、インターネットイニシアティブ(IIJ)が提供する「IIJクラウドエクスチェンジサービス for Microsoft Azure」を利用(画面1)。同サービスは、日本でサービスが始まったMicrosoft Azureの閉域網接続サービス「Microsoft Azure ExpressRoute」(以下、ExpressRoute)を活用したものだ。
IIJの四倉章平氏(マーケティング本部 アライアンスマーケティング部 副部長)は「日本では閉域網接続に対するニーズが高く、Microsoft Azureにおいても閉域網接続サービスの開始が待ち望まれていました。クラウドを用途に応じて使い分けて利用していく上では、欠かせないサービスです」と話す。積水化学工業ケースは、IIJが提供するExpressRouteサービスを採用した、国内初の事例となる。
積水化学工業では、どのような背景からExpressRouteに注目し、いかに活用しようとしているのだろうか。上野氏と四倉氏にさらに詳しく話しを聞いた。
ExpressRouteは、顧客のオンプレミス環境とMicrosoft Azureデータセンター間をプライベートなネットワーク(閉域網)で接続するサービスだ。米国では2014年5月にサービスが開始され、日本では2014年7月に、IIJが日本初のExpressRoute接続事業者としてお客様にMicrosoft Azureへの閉域網接続を提供予定である旨発表された。ExpressRouteの提供により、Microsoft Azureデータセンターとの接続は、それまでのパブリックなインターネット回線を使ったVPN(Virtual Private Network)に加え、完全にプライベートな専用ネットワークでの接続が可能になる。7月のIIJとマイクロソフトによる発表は積水化学工業にとって「ベストなタイミングだった」として、上野氏は次のように説明する。
「弊社では4年ほど前からERPシステムのグローバル統合を進めており、専用線タイプの接続方法を探していました。そんなときに米国でExpressRouteの発表があったのです。まずは米国拠点での利用を想定して調査を進める一方、国内でもExpressRouteが利用できるかどうかをマイクロソフトに問い合わせました。それが2014年7月10日です。ちょうどIIJさんが国内でのサービス開始を発表した日でした」(上野氏)
IIJは、積水化学工業のネットワークインフラの構築や運用を長年支援してきたパートナーでもあった。積水化学工業では従来よりIIJのデータセンターを利用しており、インターネットサービスや各種セキュリティでもIIJのサービスを使用してきた。そんな身近な存在のIIJが、ERPシステムのグローバル統合に欠かせないExpressRouteのパートナーとなり、これ以上ないというタイミングで国内でのサービス提供を発表したというわけだ。
ExpressRoute接続事業者には、お客様がExpressRoute接続事業者のパートナー企業からサービスや接続回線を自由に選択し設計・運用する「フレキシブルサービス型」と、お客様がご利用のキャリアのままWAN構成を変えずにExpressRoute接続事業者に接続可能、かつ導入時に必要な機器の設置や運用・管理がワンストップで提供される「フルマネージドサービス型」の二つがあり、IIJでは後者(フルマネージドサービス型)を提供する。
具体的には、同社の高速なバックボーン上に用意されたクラウドサービス向けプライベートバックボーンを経由し、接続サービス「IIJクラウドエクスチェンジサービス for Microsoft Azure」を使って、Microsoft Azureデータセンターに接続するという構成になる。既存のWAN環境で利用されているキャリア構成のままでの利用が容易で、複数キャリア冗長による二重化やマルチクラウド対応も可能。積水化学工業ではこのサービスを用いることで、既存環境をそのまま生かしたネットワークを整備することができたという。
「ERPシステムにはマイクロソフトのDynamics AXを採用しています。海外拠点の基幹システムをDynamics AXで統合し、ネットワーク経由で海外工場の生産管理系システムと連携しながら、グローバルで利用します。また、リソースを柔軟に調達できるように、クラウドサービスにはMicrosoft Azureを採用しています。ExpressRouteは、こうしたオンプレミス環境とクラウド環境を組み合わせたハイブリッドな基幹システムの構築に欠かせない重要なサービスです」(上野氏)
積水化学工業のグローバルERP統合でまず課題になったのは、システムの拡張性をどう確保するかであった。グローバルで経営の見える化やさまざまな切り口でのデータ活用を促進することがERP統合の目的だが、各拠点が単独で保持していたデータを集約して一元的に管理するためのコンピュータリソース不足が懸念されていたのだ。
「特に懸念されたのはストレージです。オンプレミス環境では、ERPシステムの展開に伴い急増するデータに合ったストレージをすぐに調達することは非常に困難です。そこで、クラウドを利用し、リソースを柔軟に拡張できるIT基盤を整備することにしました」(上野氏)
2014年7月までにDynamics AXや既存のWindows系システムとの親和性を考慮し、クラウドサービスにMicrosoft Azureの採用を決定。クラウドとオンプレミスを組み合わせたハイブリッド環境を構築することで、サーバーやストレージなどのリソースを柔軟かつ迅速に調達できるようにした。
次に浮上してきた課題は、ネットワークの品質だった。クラウドとオンプレミスの接続方法としてはインターネット回線によるVPNもある。しかし、インターネット環境は通信帯域や速度が安定せず、高度な信頼性が求められる基幹システムには運用面から採用が難しかった。
「例えば、各工場の生産管理系システムとの連携では、安定した遅延の小さいネットワークが理想的です。システム間連携が密である旧来のシステムが残る環境では通信品質の影響が端的に出てしまいます」(上野氏)。こうした企業がビジネスで利用する上での品質、セキュリティ、レイテンシーといったインターネット回線の課題に対応するための手段として登場したのがExpressRouteだった。
積水化学工業では国内のデータセンターとMicrosoft AzureデータセンターをExpressRouteで接続した上で、海外拠点の業務データを国内に集約して一元管理する仕組みを構築。ExpressRouteを使ったハイブリッド基盤の運用をスタートさせる。
こうしたハイブリッドな基盤について上野氏は「さまざまなシステムを用途に応じて最適な環境で使い分けるための手段の一つ」と説明する。積水化学工業のクラウドに対するアプローチは「クラウドに移行できるものは積極的に移行するが、移行できないものはオンプレミスで活用し、クラウドとオンプレミスの相互連携を図る」というものだ。実際、生産管理系システムや非IAサーバーなど、現状でクラウドへの移行が困難なシステムについてはオンプレミスに残したままで、クラウドに近いメリットを享受できるような仕組みを築いているという。今後オンプレミスに残る非IAサーバーや所有している自社リソースはIIJが提供するプライベートクラウド向けのラインアップを活用することも検討し、よりクラウド化を進めて行く。
IIJの四倉氏も、こうしたハイブリッド構成は「国内企業に適した在り方」と指摘する。国内はWAN環境が充実していたこともあり、専用線を使ったシステム連携などの利用実績が多かった。こうしたシステムの下で作られたさまざまなアプリケーション資産をすぐにクラウドに移行することは現実的ではなく、段階的に移行を進めることが望ましいからだ。
上野氏と四倉氏は、企業がこうしたハイブリッド環境を構築する背景には、パブリッククラウド側の急速な進化もあると指摘する。特に、Microsoft Azureに関しては、2014年秋までのアップデートでエンタープライズ向けの機能が大幅に強化された。そのことが、今回のExpressRoute導入プロジェクトを後押しする大きな力になったと上野氏は振り返る。
「ネットワークやセキュリティの機能が大幅に強化され、企業がMicrosoft Azureを一つのデータセンターとして利用する体制ができました。一つの壁を突破し、企業にとって格段に使いやすくなったというのが率直な感想です」と上野氏。さらに、四倉氏も「マイクロソフトが企業向けのクラウドも本気で進めていくことが分かりました。クラウドかどうかが重要ではなく、やりたいことをやるには、何が最適かということを選択できるようになりました。その意味でも、利用目的に応じて、オンプレミスとクラウドを使い分ける時代になったと思います」と説明する。
今後のグローバルERP統合計画としては、オンプレミスのDynamics AXをMicrosoft AzureのIaaS(Infrastructure as a Service)上に移行すること、日本以外にもMicrosoft Azureデータセンターを立ち上げ活用することが挙げられるという。海外のMicrosoft Azure拠点としては米国を候補とし、日米のデータセンターと各海外拠点をつなぐ有機的なネットワークを構築する予定にしている。これらにより、クラウド上の仮想サーバー数は2年後には現行の2倍程度に増加する見込みだという。また、ExpressRouteの帯域も今後の利用状況に応じて増強していく計画だ。
Microsoft Azureのサービス機能としても、「Azure Site Recovery」などを使った災害対策にも取り組んでいく。そのために運用管理ツールの統合も進めているという。具体的には、オンプレミスとクラウドに構築したWindows環境を「System Center」で統合管理する。上野氏は「これにより、オンプレミスとクラウドのシームレスな運用管理を実現したい」と話す。
四倉氏も、米国のMicrosoft AzureデータセンターなどについてIIJの海外拠点から支援することや、ExpressRouteの帯域拡充をサポートしていくと話す。
さらに、上野氏によると、ExpressRouteは基幹システムのハイブリッド環境への展開という意味でも大きな意義を持つものだという。ERPシステムの統合において、オンプレミスのシステムが安全にクラウドと連携できるという実例を示すことができたからだ。
「これを一つの突破口として、ERPシステム以外のエンタープライズシステムについても、クラウドへの移行を積極的に進めていきたい」(上野氏)
上野氏、四倉氏が重ねて強調するように「用途に応じてクラウドを使い分ける時代」に入ったことは間違いない。ExpressRouteは企業にそのきっかけを与えるものであり、今後どのような流れを生み出していくのか大いに注目される。
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アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2015年2月15日