企業がデジタルトランスフォーメーションを実践するためには既存システムとのデータ連携や社内外リソースを最大限に活用することが重要なポイントだ。そして、デジタルトランスフォーメーションを進めるロードマップには大きく3つのステップがあり、APIがキーになるという。アジャイルAPIインテグレーションを提唱するレッドハットに、その理由やAPIエコノミーを形成している4社の事例、API化を進めるための具体的な施策を聞いた。
テクノロジーの力で新しい価値や利便性を生み出す「デジタルトランスフォーメーション」に向けた取り組みでは、エンドユーザーの支持を獲得するためには、ユーザーのニーズの変化に合わせてアプリケーションを改善し続けていくことが欠かせない。しかし、サービスやモバイルアプリケーションを独立して提供するだけでは、ユーザー体験も限定的なものになってしまう。利便性や体験価値を向上させるためには、既存システムとのデータ連携や社内外リソースを最大限に活用することが重要なポイントとなる。
これは、新しいサービスを時間をかけて構築するよりも、今ある社内外のサービスを利用したり、連携したりすることにより、市場にサービス投入を早くするとともに1社では創出できない新たな付加価値や新しい顧客のアプローチが可能となるということだ。そこでポイントとなるのは「つなぐ」と「引き合わす」だ。例えば、基幹システムとのデータ連携としての「つなぐ」、社外パートナーが持つサービスとの接続などの「引き合わす」が求められる。
社内のシステム同士や他社サービスなどとの連携によって、開発効率性とともに新たな価値創出と新規顧客や新規領域へのアプローチを支援するものとしてレッドハットが提唱しているのがアジャイルAPIインテグレーション(Agile API Integration)だ。レッドハット テクニカルセールス本部 スペシャリストソリューションアーキテクト部 シニアソリューションアーキテクトの駒澤健一郎氏は、企業がデジタルトランスフォーメーションを実践するためのロードマップには大きく下記3つのステップがあるとする。
「【ステップ1】は、既存ビジネスにおけるコア事業の見極めと、その強みをデジタル化によって引き出す取り組み。【ステップ2】は、デジタル化されたコアビジネスをAPIで外部連携できるようにする取り組みです。【ステップ3】は、APIによって他社のサービスと連携しエコシステムを形成していく取り組みです。この3つのステップのいずれにおいても重要になるのがAPIです」(駒澤氏)
なぜAPIがキーになるのか。レッドハット テクニカルセールス本部 エンタープライズソリューションアーキテクト部 シニアソリューションアーキテクトの杉本拓氏は、こう説明する。
「Netscape Navigatorを開発したMarc Andreessen氏は『ソフトウェアは世界を飲み込む』と言いましたが、現在は『APIが世界を飲み込む』と言っていい状況です。APIはさまざまなサービスをつなぎ合わせるために欠かせない部品や材料のように機能します。IoTデバイス、顧客向けサービス、サプライヤーやリセラー/パートナーとのシステム連携、サードパーティーのクラウドサービスなどと連携するベースにあるのは全てAPIです。Forrester Researchの言葉を借りればAPIは『Digital Glue』、つまり、デジタル化のための接着剤なのです」
では、APIをキーにしたこの3ステップに具体的にどう取り組んでいけばいいのか。杉本氏は「組織をいきなり変革するのは無理なので、それぞれのステップでゴールを明確にし、そのゴールを達成するための小さな取り組みを少しずつ実施していくことがポイントです」とアドバイスする。
【ステップ1】のゴールは「自社が持つデータやアセットをAPIでアクセス可能にする」ことだ。APIによるアクセスを可能にすることで、蓄積されたデータやノウハウを重要な資産として活用できるようになる。その際には、社内システムのサイロ化からの脱却や、既存ビジネスのバリューチェーンそのものをデジタル化することを目指す。また、フロントサイドでは、オムニチャネル対応も図っていく。
【ステップ2】におけるゴールは「APIを公開することでより多くの顧客にリーチする」ことだ。まずは、自社のデータやサービスをより多くのパートナーやユーザーに開放する。オープンイノベーションや新しい収益モデルの開発に取り組み、サービスの利用を促進する。それにより、認知度が向上すると、自社のデータやサービスの価値も向上していくという。
【ステップ3】のゴールは、「エコシステム(APIエコノミー)を形成することで、より安定的なビジネスの成長を実現する」ことだ。自社だけで実現できることの限界を打破し、異業種と積極的につながることで、新たなイノベーションとエコシステムの拡大を図っていく。
最終的にビジネスのプラットフォーム化を実現できれば、より大きな経済効果を生み出していくことができる。プラットフォーム上でのAPIの利用が多ければ多いほど、ネットワーク効果はより高まることになる。
アジャイルAPIインテグレーションの3つのロードマップがデジタルトランスフォーメーションに有効なことは事例からも明らかだ。
「デジタル・インダストリアル・カンパニー」になることを表明してデジタルトランスフォーメーションの取り組みを推進したGeneral Electric(GE)のケースでは、航空エンジン製造販売のモノ売りから、航空エンジンのモニタリングサービスのコト売りに変化する過程で、先述の3ステップを踏んだ。
まず、デジタル関連組織「GE Digital」とCDO(デジタル最高責任者)を設置し、ものづくりのノウハウというアセットを最大限活用した。次に、社内の生産性向上を図りながら、航空エンジンの動作をモニタリングするアプリケーションとサービスを外部に公開した。そして、APIをベースにした産業向けプラットフォーム「Predix」を提供し、業界のエコシステムを構築していった。
またAPIをキーにデジタルトランスフォーメーションに取り組むケースは米国ではとても身近になってきているという。
例えば、日本でもおなじみのスープ缶を展開するCampbell Soup Company(以下、キャンベル)では、自社のスープ缶を使ったレシピ集をAPIで公開した。すると、公開したAPIによって、スマートスピーカーAmazon Echoと連携させる機能が開発された。Amazon Echoにお勧めのレシピを聞くと、スープ缶を使ったレシピを答えてくれるわけだ。Amazonからスープ缶を注文することで、売上にもつながる。
キャンベルはそれまで、ニーズの多様化や顧客離れなどで、売上の不振に悩んでいたという。そこで、カスタマーエクスペリエンス向上に向けてデジタルに積極的に投資し、蓄積されたレシピ情報や食品栄養学に関するデータを活用してAPIとして公開するに至った。それが、Amazonのエコシステムに乗り、従来の物販の在り方を変えるまでになったのだ。
APIを通じて空港の情報を公開し、APIエコノミーを推進しているオランダのアムステルダム・スキポール空港の事例も興味深い。
同空港は、「2018年までに世界最高のデジタル空港になること」を掲げ、API管理基盤をデジタル戦略推進の必須要素に位置付けた。空港のさまざまな施設をつなぎ合わせ、新しい顧客体験を生み出している。
例えば、空港に着くまでのカーナビゲーションや、空港についてからのフロアマップ、搭乗ゲートの場所や最短距離で向かう方法などのガイドなどを提供する。こうした新しいサービスを迅速に提供するにはAPI化が不可欠だったという。そこで、同空港では、DevOpsの実践やハッカソンによるオープンイノベーションを推進し、カスタマーエクスペリエンスを継続的に改善している。
APIをキーにした変革のステップは、既存アセットを持つ伝統産業だけに限られるわけではない。「ディスラプター」と呼ばれるようなスタートアップも、こうした取り組みを率先して行っている。
例えば、Airbnbは、サービスのAPIを公開して開発者のアプリケーション作成を支援し、エンドユーザーがそのアプリケーションを利用することでアセットをより良いものにし、その成果をAPIに反映していく好循環を作り出している。
ここで重要なのは企業規模の大小や既存アセットの有無ではない。「APIをキーテクノロジーに据えた取り組みを実践できるか。コアビジネスを中心にしてリーンスタートアップやDevOpsの考え方を実践し、アジャイルなリリースサイクルと顧客体験の向上ができるか。デジタル化を推進していくための企業文化や組織体制を確立できるかです」(杉本氏)
こうした取り組みを実践するためにレッドハットが提供しているソリューションがサービス連携ツールの「Red Hat JBoss Fuse」(以下、Fuse)やAPI管理ツールの「Red Hat 3scale API Management Platform」(以下、3scale)だ。Fuseは、マイクロサービスアーキテクチャに基づいたAPI連携を実現していくためのインテグレーションフレームワークで、主に【ステップ1】で必要になる、既存システムのサービス化とAPI化で効果を発揮する。また、3scaleは作成されたAPIを管理するためのプラットフォームとなるものだ。
駒澤氏は、Fuseを使った【ステップ1】の取り組みのポイントについて、こう話す。「コアビジネスに関わる既存資産は、モノリシックなアーキテクチャで作られていることは少なくありません。そこから必要な機能を切り出してサービス化する必要がありますが、サービスをゼロから作り直すことは大きな時間と予算が必要です。そこで、『このサービスは作り直す』『このサービスはAPI層をかぶせて再利用する』といった、アーキテクチャの見直しを行っていきます。Fuseは、さまざまなデータやインタフェースに対応するアダプターが豊富で、そうしたアーキテクチャの再設計(※)とAPI化をスムーズに行えます」
※モノリシックアプリケーションアーキテクチャのモダナイゼーションに関しては、次回記事で詳しく紹介
アーキテクチャの再設計に当たっては、「Red Hat OpenShift Container Platform」(以下、OpenShift)などのコンテナプラットフォームも活用する。コンテナ化することで、どのサービスをAPIとして外部に公開するかといった取り組みも柔軟に行える。さらにコンテナの強みを生かして開発プロセスを自動化することで迅速なサービスリリースが実現できる。
公開するAPIは、【ステップ2〜3】の取り組みの中で、認証や認可といったセキュリティ機能で保護しながら、ビジネスの拡大に耐えられるようなスケーラビリティや可視性を備えていく必要がある。そうした機能を提供するのが、3scaleだ。杉本氏は、その特徴について次のように話す。
「3scaleは700社以上の導入実績があるAPI管理プラットフォームです。オンプレミス/クラウド両方に対応したデプロイメントモデルを持ち、柔軟に拡張可能なアーキテクチャを持っています。Fuse、OpenShiftと連携させることで、既存システムのAPI化から、新規API開発、API外部公開、公開されたAPI管理までを一貫したプラットフォーム上で実行できるようになります」
アジャイルAPIインテグレーションによるAPI化とAPI公開は、単なるシステム改修ではなく、組織のさまざまな部門が関係する全社的な取り組みだ。そうした取り組みをスムーズに実施する上で頼りになるのが、知識とノウハウを持った専門家によるサポートだろう。レッドハットは、企業がITツールを活用するためのワークショップに力を入れており、API関連ツールについても主に2つのワークショップを提供している。
1つは、アジャイルAPIインテグレーションのワークショップだ。「アジャイルインテグレーションディスカバリーセッション」というプログラムが実施される。これは、冒頭で触れたデジタルトランスフォーメーションのロードマップの解説や、具体的なインテグレーション方法、導入事例などを紹介し、ワークショップ参加者と「アジャイルインテグレーションキャンバス」を作成。これにより業務の流れや業務サービスがSoRなのかSoEなのかが可視化できるとともに、インテグレーション時の課題などを発見することができる。特にSoEであれば、記事「DevOps実践とDevOpsのカギとなるマイクロサービスを生かし切る秘訣とは?」で紹介したDevOpsに向く業務アプリケーションの可能性が高い。また、外部との接続部分も明確になり、API化について検討することが可能となる。
もう1つは、APIに関するワークショップで、「APIストラテジーディスカバリーセッション」というプログラムだ。これは、独自の「APIモデル・キャンバス」を利用し「なぜAPIを作るのか」「結果として、具体的には何が得られるのか」「結果を得るためにAPIプログラムをどのように実行していくのか」といった問題意識の下、APIを活用していくに当たっての課題や検討項目を整理する。「実際に、企業でどのような取り組みを進めればいいのか」など、API戦略立案のアドバイスも行い、それらの要素を総合的に整理することで、最適なAPI戦略を支援する。
駒澤氏は「アジャイルAPIインテグレーションを実践する場合、それぞれの企業が抱える課題に対して企業ごとに異なるアプローチが求められます。ある部署では、【ステップ1】を進めつつ、別の部署では【ステップ3】を同時に行うといったケースも少なくありません。ワークショップでは、そうした企業独自の取り組みを支援できるようになっています」とアドバイスする。
また、杉本氏も「APIプログラムのベストプラクティスには、『初めからビジネスモデルを明確にすること』『APIの運用管理を最重要事項とすること』『APIのマーケティングをどう行っていくか考えること』などがあります。APIはITやシステムだけの話ではなく、さまざまな部門が連携して取り組んでいくことが不可欠です。そうした点からも、多くの方がワークショップにご参加いただきたい」と話す。
デジタルトランスフォーメーションに向けて、アジャイルAPIインテグレーションの理解と実践は大きなドライバーになり得る。ツールやワークショップを活用しながら継続的に取り組むことが重要だ。
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提供:レッドハット株式会社
アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2017年10月10日