昨今、ビジネスのスピード感を向上させようと、フロント系システムと基幹系システムを連携させる試みが始まっている。そこで注目されているのが「SAP S/4HANA」だ。しかし、従来のSAPのERPをS/4HANAに移行するには、専門スキルを持った人材や時間、コストがかかる。その問題を解決する方法を紹介する。
ERP(Enterprise Resource Planning)というと、これまでは企業の基幹システムを支える“重厚長大”なシステムというイメージが強かった。ERPは現在、SAPに代表されるオープン系パッケージ製品を使って実装するやり方が主流になっており、一度導入すれば最低でも5年、場合によっては10年以上にわたって同じシステムを運用し続けることもある。
このようにERPは、一度導入してしまえば途中で大きな変更を加えることなく、長期間にわたって同じ運用を続けるイメージが強いが、ここに来て新たな流れが起きようとしている。アビームコンサルティング ITMSセクター P&T Digitalビジネスユニット シニアマネージャーの鈴木和馬氏は、次のように述べる。
「現在、多くの企業が、デジタルビジネスを推進するために、自社サービスのフロント系システムに先進技術をつぎ込み、顧客に新たなユーザー体験を提供しようとしています。さらには、そうしたフロント系システムとバックエンドの基幹系システムをシームレスに接続し、ビジネスのスピード感を向上させようとする試みも始まっています」(鈴木氏)
加えて、「クラウドをはじめとする新たなインフラ技術の普及も、ERPソリューションに大きな影響を与えつつあります」とアビームコンサルティング ITMSセクター プロセス&テクノロジー ビジネスユニット シニアマネージャーの石井博昭氏は指摘する。
「自社システムのクラウド環境への移行は、業界、業種ごとに多少の温度差はあるものの、製造業などでは『クラウドファースト』という形で、システム更改の際に必ずクラウドがファーストチョイスに挙がるようになっています。監査をはじめ、少し前までクラウドの懸念点として挙がっていた課題も、クラウドベンダー側の歩み寄りによって徐々に解消に向かっています」(石井氏)
こうした情勢を背景に、現在ERPの世界に新たな風を呼び込んでいるのが、SAPのERP製品「SAP S/4HANA」(以下、S/4HANA)だ。SAPといえばERPの代名詞ともいえるベンダーで、「SAP R/3」(以下、R/3)から「SAP ERP」へと至る同社の製品はERPパッケージのワールドスタンダードとして世界中の企業によって導入された。その系譜に連なるS/4HANAは、同社がこれまで培ってきたERPの機能はそのまま継承しつつ、インメモリデータベース(DB)「SAP HANA」(以下、HANA)と一体になったアーキテクチャを大胆に採用したことで、これまでにない特長を備える製品となった。
最大の強みは、HANAの高速性とアーキテクチャの単純化により、SCM(サプライチェーンマネジメント)やCRM(カスタマーリレーションシップマネジメント)、MDM(マスターデータマネジメント)など、従来複数の製品に分かれていたトランザクション処理系機能やマスター管理機能を集約できるようになったことだ。これにより、フロント系システムとバックエンドの基幹系システムとの連携がシンプルになる。
「例えば、デジタルマーケティングのようなフロント系システムが生成したデータを、即時にERPに反映できるようになりました。これにビッグデータやAI(人工知能)などの分析技術を組み合わせれば、デジタルビジネスをスピーディーに展開できるようになります」(鈴木氏)
またインメモリDBならではの高速性と、現代的で使いやすいUI(ユーザーインタフェース)を採用したことで、「これまでにない使い勝手を実現しています」(鈴木氏)
このように、ERPの世界に変革をもたらし、ひいては企業のデジタルトランスフォーメーションを大きく前進させる可能性を秘めたS/4HANAは、R/3やSAP ERPといったこれまでのSAP製品とはアーキテクチャがかなり異なる。そのため、従来のSAP環境からの移行は、これまでは決して簡単ではなかった。しかし石井氏によれば、そうした状況もかなり改善されてきているという。
「『S/4HANA 1610』以降は大幅な機能拡張とともに移行ツールも安定してきました。そのため、これまでは新規構築案件が多かったS/4HANAですが、今後は旧バージョンからの移行案件も増えてくることが予想されます。今やS/4HANAは、すっかり普及期に入ったと言っていいと思います」(石井氏)
とはいえ、大きなアーキテクチャ変更を伴うため、旧製品からの移行にはある程度の手間がかかることも事実だ。データベースのスキーマが変更されていたり、データ型の変換が必要だったりと、特にデータのコンバージョンと移行に関しては技術的なノウハウが必要となる。そこでアビームコンサルティングでは、SAP ERPの旧バージョンからS/4HANA環境へと移行する際の作業を代行するサービスを提供している。それが、「ABeam Cloud Conversion Express Factory for SAP S/4HANA」だ。
このサービスは、SAP ERPからS/4HANAへの移行に際して必須となる各種の作業のうち、大量の分析作業やデータ変換作業、カスタマイズなど、手間のかかる作業をアビームコンサルティングの専門コンサルタントが代行するというもの。作業自体はアビームコンサルティングが運営するクラウド環境「ABeam Cloud」上で行われる。
顧客はまず、自社のSAP ERPのバックアップファイルをアビームコンサルティングに送付する。アビームコンサルティング側では、このファイルを基に、クラウド環境上に顧客のSAP ERPのコピーを構築。アビームコンサルティングの専門家がこの「Factory」と呼ばれるコピー環境に対してS/4HANAへのコンバージョン作業を施す。そして全ての作業が完了した後、コンバージョン済みの環境をバックアップファイルおよび移送ファイルの形で顧客に返送する。
企業は、高度で専門的な知識を要するコンバージョン作業をアウトソースできるため、S/4HANAへの移行に要する時間やコストを節約できるとともに、自社で専門スキルを持った人材を確保する必要がなく、リスクを抑えた移行が可能になる。
「弊社内には、4000人を超えるSAP分野の専門知識を有したSAPコンサルタントがいます。そのメンバーを集中的に投下し、同時並行で複数の移行案件を進めることで、安定的かつ効率的に移行サービスを提供できるようになります。こうした体制の下で移行案件をこなしていくうちに、どんどんノウハウがたまっていき、さらにスピーディーに案件をこなせるようになるという好循環が回るようになります」(鈴木氏)
こうしたサービスを提供するに当たって、クラウドのインフラが欠かせない理由を石井氏は次のように話す。
「S/4HANAへの移行作業の過程においては、中間的なシステムを一時的に構築する必要があります。しかしそのためだけに、いちいちオンプレミスに新たに環境を構築するのは効率的ではありません。その点クラウドであれば、一時的に必要な分だけのリソースを必要なときにすぐ調達できるので、時間の面でもコストの面でも非常に効率が良いです」(石井氏)
現在、既に国内企業数社に対してこの移行サービスを提供しており、それ以外にも既に複数の企業から引き合いが来ているという。加えて今後は、国内だけではなく海外の企業に対しても同サービスを提供する予定だ。その際には、「Microsoft Azure」(以下、Azure)の利用を前向きに検討したいという。
「海外の顧客に対してこのサービスを提供する際には、Factoryのベースとなるクラウド環境もグローバル対応している必要があります。その点、ワールドワイドにサービスを提供しており、世界中にリージョンを持つAzureは極めて有力な選択肢になり得ます」(鈴木氏)
さらには、ユーザーがS/4HANAを稼働させる環境としても、Azureにはメリットが多い。MicrosoftはSAPの密接なパートナーシップを通じて、現在「SAP on Azure」と呼ばれるソリューションを提供している。これは、SAPの各種アプリケーションをAzure上でサポートするもので、S/4HANAに関してもSAP HANAの動作に最適化した仮想マシンが用意されているため、容易にS/4HANAの稼働基盤を構築できる。
さらには、Azureならではの多彩なPaaS(Platform as a Service)やSaaS(Software as a Service)とS/4HANAを組み合わせることで、ERPの可能性をさらに広げられる。
「AzureにはAIやビッグデータ、IoT(Internet of Things)に関するPaaSがあります。これらをS/4HANAと組み合わせられるのは大きなメリットです。また、Office 365をはじめとしたフロント系のSaaSが極めて充実しているのがAzureの大きな特長です。これらをバックエンドのS/4HANAと連携させることで、新たなデジタルビジネスをスピーディーに生み出していくことも可能になります。弊社としても今後、S/4HANAへの移行を検討する企業に対して、Azureのサービスと組み合わせたソリューションを提案していければと考えています」(鈴木氏)
S/4HANAへの移行を、単に「SAP ERPのサポートが2025年に切れるから」という消極的な理由だけではなく、「これを機に自社システムを次世代のデジタルビジネスに対応できる姿へと進化させたい」と考えている企業にとって、Azureとの組み合わせは極めて魅力的だといえそうだ。
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