1912年に創刊し100年以上、山口県宇部市を中心に地元に密着した紙面づくりを行う日刊新聞『宇部日報』が、2019年3月1日に電子版を開始した。デジタル化の狙いとは何か。どのようにプロジェクトは進んだのか。今後はどうなるのか。宇部日報社と各パートナー企業に聞いた。
日刊新聞『宇部日報』や地域情報のフリーペーパーを発行する宇部日報社は、2019年3月1日に電子版『宇部日報デジタルSARATTO』の提供を開始した。1912年に創刊し100年以上、山口県宇部市を中心に地元に密着した紙面づくりを行ってきた同社がデジタル化を始めた狙いとは何か。どのようにプロジェクトを進めたのか。今後の展望をどう考えているのか。宇部日報社と、電子版の開発、プロジェクトをリードしたNCRI、つうけんアドバンスシステムズ、RAPiC、アベデザイン、各パートナー企業に聞いた。
――宇部日報社が新聞の電子化を進めるに至った背景について教えてください。
脇氏 宇部日報は単独夕刊紙で、日祝日は休刊となっています。そのため、どこよりも早く、どんなに良い取材をしても、それが土曜日の午後だと、記事が紙面に載るのは翌週月曜日になります。テレビ局や他の新聞社が報道した後の掲載になるので、遅れた情報になり、その価値も低下してしまいます。特に災害情報については、紙媒体ではリアルタイムに情報を伝えたくても、伝えることができません。例えば、2018年に発生した平成30年7月豪雨では、災害本部からの情報を基に、被災地の写真や避難している人々の生の声を伝えようと思っても、それができなかった。地域貢献という面からも、紙媒体では限界があると感じました。
また、地域コミュニティーへの関心度が低下していることも背景にあります。地方紙は、地域コミュニティーを育てていくことも大切な役割です。しかし現在では、いわゆる「子供会」の組織率は10%を切っており、地域における親同士、子ども同士のコミュニティーがなくなってきています。さらに言えば、高齢化が進む中で、老人クラブの組織率も低下してきている実態があります。地域コミュニティーに加わらない住民が増えることは、地域住民のコミュニケーションの機会が減少し、さまざまなリスクにつながる恐れがあります。そこで、紙媒体ではないアプローチで、もっと幅広い人々に地域コミュニティーの重要性を伝えていく必要があると考えていました。
――新聞の電子化のきっかけとなった、宇部日報社が抱えていた企業としての課題について教えてください。
脇氏 宇部日報は1912年に発刊し、2019年で107年目になります。常に新聞社としての矜持(きょうじ)を持って地域情報を発信してきましたが、ここ数年のICT化の進展に危機感を覚えるようになっていました。というのも、現在は高校生のほとんどが電車の中でスマホを見ています。これは若い世代だけではなく、中高年の世代も同じで、宇部日報という名前は知っていても、新聞そのものを読んでいる人は少なくなってきているのではないかと。
もう一つの課題としては、当社は創業から今まで、新聞以外の新商品を作ったことがありませんでした。紙面は毎日新しいものを作り続けていますが、商品としては新聞という同じものを繰り返し作っていることになります。そこで、ICT化の進展への対応とともに、社内を活性化するという意味も込めて、今までとは全く異なる商品である電子版にチャレンジしました。
――新聞を電子化することに対して、どのような不安がありましたか?
脇氏 コスト面が少し心配でしたが、いざ取り組んでみると、思っていたよりもコストはかかりませんでした。当社では、CTS(コンピュータ組版)やCTP(Computer To Plate)装置を5年に1回の頻度で更新していますが、その3分の1くらいのコストで電子化することができました。
――宇部日報デジタルSARATTO誕生までの流れや期間、宇部日報社側の体制について教えてください。
脇氏 新聞の電子化を検討するきっかけとなったのは、5年程前、全国郷土紙連合が毎年開催している勉強会で、十勝毎日新聞社が取り組んでいる電子版についてレクチャーを受けたことでした。そして、電子版に着手することを決めた2017年から、デジタル化を進めている全国の新聞社を視察して、導入するシステムの検討を行いました。その中で、今回導入した電子版システムと出会い、機能的に当社の期待を上回っていたことに加え、コスト面でもリーズナブルであったことを評価し、採用を決定しました。
導入を進める際には、社内の意識改革も必要だと考え、電子化プロジェクトを「全社一丸」で進めることを方針に掲げました。まず、8人の推進本部を作り、既存の業務と兼任する形でプロジェクトを進めました。2019年に入ってからは、「広報」「コンテンツ」「オペレート」「研究開発」の4つのチームを作り、全社員に希望のチームに入ってもらっていました。サービス開始後は、社員からの使ってみた感想や意見、外部からの批評を推進本部に集約して、さらなるサービス向上へとつなげていきたいと思っています。
――宇部日報デジタルSARATTOの特長やこだわった点を教えてください。
脇氏 “SARATTO”という名前にこだわりが凝縮されています。これは社内公募で決めたものですが、肩肘張らずに、地域の人々に必要な情報をサラッと提供し、サクサク読んでもらいたいという思いが込められています。ロゴデザインも、宇部日報の題字の青を使いながら、やわらかいイメージを持ってもらえるように、デザイン会社と相談しながら作り込んでいきました。また、新聞だけではなく、当社が発行しているフリーペーパーも全て電子版で閲覧できるようにしています。
コンテンツについても、社内からのアイデアを取り入れました。例えば、電子版では「動画を入れたい」「写真を多く使いたい」という声を受けて、動画や写真の専用コーナーを設けました。
――宇部日報デジタルSARATTOを開始することで、読者にどのような価値を提供できると期待しますか? 今後の展望を教えてください。
脇氏 電子版は、地域の人々に速報を届ける役割を担っていくことに大きな期待をしています。スポーツの情報については、プロスポーツだけではなく、子どもたちが参加する地域のスポーツ大会の結果も電子版で速報を提供していきたいと考えています。そして、何より災害情報をリアルタイムに伝えることができるようになるので、電子版を通じて1人でも多くの住民を災害から救うことができればと思っています。
もう一つ期待することは、地域コミュニティーの活性化に貢献することです。例えば、高齢者の読者に向けて、明日何があるのかという地域行事の情報をタイムリーに提供することで、地域コミュニティーへの参加を促していきたい。また、紙媒体ではアプローチが難しくなっている若者世代には、スマホから地域情報を届けることが、その突破口になるのではないかと考えています。
今後の課題としては「電子版のサービスをいかに収益化していくか」という点があります。宇部日報の50歳以上の読者にヒアリングしたところ、電子版に対する反応は両極端でした。せっかく電子版を作っても、読んでもらえなければ意味がありません。電子版のメリットをどれだけ広報PRできるかが、収益化に向けたポイントになると感じています。
また、電子版の購読料や掲載写真の販売以外に、新たな収益化の手法を生み出していくことも重要です。単にバナー広告を載せるのではなく、例えば、記事広告のコーナーを設けることや、読者の属性データや閲覧データを生かした価値の提供などを検討しています。さらに、今後は5Gの通信サービスも始まるので、動画も含めて電子版のマネタイズの可能性は無限大だと思っています。5G時代には、ドローンを使った動画や画像を積極的に電子版に載せていきたいですね。
このように、社会的背景や自社の課題を解決すべく公開された宇部日報デジタルSARATTOだが、電子化するに当たってビジネスパートナーとなった4社はどのように取り組んでいったのだろうか。NCRI IT・クラウド通訳/クラウドビジネスプロデューサー 熊谷恵津子氏、つうけんアドバンスシステムズ 代表取締役社長 井原正人氏、RAPiC 代表取締役 水沼正樹氏、アベデザイン 代表取締役 安部英人氏に電子化プロジェクトへの思いを聞いた。
――今回のプロジェクトが発足したきっかけを教えてください。
熊谷氏 NCRIは2008年ごろから、放送クラウドや新聞クラウドなど、クラウドとメディアに関する研究を行っていました。その中で、2011年の東日本大震災をきっかけに、被災地の新聞社の状況を調べたところ、高齢者が増え、購読者数が大きく減少している実態が分かりました。また、ハイパーローカル新聞の魅力を感じこの価値を発信していきたいと感じました。
そこで、仙台に拠点を置くRAPiCさんと協力し、地方新聞社を支援する「ハイパーローカル新聞事業」を立ち上げました。この取り組みにおいて一番の課題は、読者の高齢化でした。そのため、新聞社と協力し読者を集め電子新聞についてのヒアリングを実施しました。手応えを感じたため、RAPiCさんに電子新聞の基本仕様を作成していただきました。それが今回のSARATTOの根幹になっています。
井原氏 今回の電子化プロジェクトは、NCRIさんから、宇部日報社さまとプロジェクトを進める話をした後に声を掛けていただいたことがきっかけで参画しました。
つうけんアドバンスシステムズは、システム開発をメイン事業にしながら、それに加えて、ネットワークの販売、ネットワーク回線の開通、保守・運用とクラウドMSPの合わせて4つの領域で事業を展開しています。常に新しいことに挑戦していく当社の姿勢と、MSPとしてクラウドを活用していくという方向性が、プロジェクトのコンセプトと合致していたため、参画することを決めました。当社は、SIerとして、基本概念の設計から開発、構築、保守、運用までを一貫して提供できることに加え、札幌の拠点の中に24時間365日のコールセンター機能を持っている点も強みです。
今回のプロジェクトに参画している企業は、それぞれ優れたソリューションを持っておられますが、それらをつなげていくのが当社の力の見せどころでした。システムプロデュースを担う立場として、これまでのプロジェクト管理、リスク管理、WBSの選定などの経験を生かしながら、全体のマネジメントを行っていきました。
熊谷氏 本来クラウドビジネスはストックモデルなのですが、従来のシステム開発のように、SIerが中心となり、下請け企業はストックモデルを実現するのが難しいのが実態です。しかし、今回はつうけんアドバンスシステムズさんにプロジェクトに参加した企業それぞれが役割を対等に担うフラットな開発体制とビジネスモデルを構築してもらいました。
水沼氏 RAPiCでは、Webシステムやインフラの構築事業を手掛けていますが、今回のプロジェクトでは、クラウド基盤を使って電子化システムのインフラ全般の構築を担当しました。また、システム全般についてのアドバイザー役を担いました。当社は、インフラ構築やWeb開発は得意なのですが、少人数のため長時間の運用ができないという課題がありました。
今回のプロジェクトでは、監視やバックアップなどの運用系システムの構築や検証も行いましたが、つうけんアドバンスシステムズさんの24時間対応の運用基盤に定常的な運用をお任せできるため、とても安心してシステム構築ができました。
安部氏 アベデザインは、開発を中心にしたデザイン会社で、UI/UXの改善を手掛けています。もともとシステム会社の中にあるデザインチームにいた経験があり、開発とデザインのコミュニケーションが取れるところが当社の強みです。
今回のプロジェクトについては、顧客の要望を汲み取ることが得意である点も評価してもらい、電子版のデザインとUIの実装を任せてもらいました。
――得意な領域が異なるチームで、どのようにプロジェクトの体制を構築し、進めていったのでしょうか。
井原氏 まずは、電子化に向けて、どんな課題があるのかを明確化しました。次に、いつまでに誰が何をするのかを考え、時間をマネジメントしながら、プロジェクト全体の管理を進めていきました。
電子化に向けた課題を明確化するに当たっては、宇部日報社さまがどのような悩みを抱えていらっしゃるのかを理解するために、2018年夏に現地まで出向いて、直接ヒアリングを行いました。その中で、脇社長の電子化への思いと、社員からの要望を受け取り、それを踏まえて具体的な方針を検討していきました。
熊谷氏 当プロジェクトでは、宇部日報社さまの社員に対して、クラウドやWebを活用することのメリットについて理解を深めていくことも重要な取り組みです。この点については、プロジェクトメンバー全員で意見を出し合って、クラウドを生かしたコンテンツをご提案し、電子版の構想を作り上げていきました。収益化の課題に対しても、宇部日報社さまと議論を重ねる中で、掲載写真を販売するという具体的な仕組みが生まれてきました。
井原氏 プロジェクトのスタートから、電子版をローンチするまでのプロジェクト期間は、1年弱でした。最初の3〜4カ月間で密にコミュニケーションをとって、その後、2018年秋ごろから開発に入り、2019年3月1日に無事にサービスをローンチすることができました。
――SARATTOのデザインにおけるポイントを教えてください。
安部氏 脇社長や宇部日報社さまの社員からの意見や要望を汲み取りながら、密なコミュニケーションを繰り返して、デザインを詰めていきました。その中で、歴史のある宇部日報ブランドを壊さないよう気を付けながら、いろいろな世代の人が見て楽しめる、やわらかいテイストのデザインを心掛けました。具体的には、電子版という新しい要素の中に、地方紙ならではの素朴な温かみを入れて、ファミリーや子どもに親しみやすいようにしました。このコンセプトは、ロゴデザインに象徴されています。
UIについては、PCとタブレット、スマホでレイアウトが変わるレスポンシブWebデザインを採用しました。それぞれのデバイスで画面に表示できる情報量が異なりますが、その中でも、操作性を落とさず同じ情報を提供できるよう工夫しました。
――宇部日報デジタルSARATTOのインフラ構築と基盤選定におけるポイントについて教えてください。
水沼氏 今回のプロジェクトは宇部日報社さまのやりたいことを実現するために、クラウドが適切だと考えました。また単一のサーバによる仕組みでは、システムを簡単にスケールすることもできないので、将来的な安定性を担保するためにもクラウド基盤は必須条件でした。クラウド基盤の選定に当たっては、スケーラビリティはもちろんですが、今回のプロジェクトではそれほどネットワーク負荷が大きくないので、安定性を重視しました。また、データを国内に置きたいという要望に応えるため、国内クラウドを前提に基盤を選定しました。
井原氏 一般的なSIerは、システム基盤を1つ作ってそれをコピーするだけの横展開をしがちですが、それでは運用が大変になります。例えば100社の顧客に横展開するケースでは、メンテナンスの際に同じ作業を100回やらなければなりません。さらに、これを人手でやると、ミスが発生するリスクもあります。そのため、今回のプロジェクトでは、今後の運用面も考えて、水平展開しやすいプラットフォーム型のアーキテクチャが必要だと感じていました。
水沼氏 国内のサービスに絞って検討し、最終的に、全ての条件を満たした富士通のクラウドサービス「FUJITSU Cloud Service for OSS」を採用しました。その背景には、富士通が「Fujitsu Tech Talk」という開発者コミュニティーを運営しており、そこに参加していたのが採用のきっかけです。当社は、Fujitsu Tech Talkに2017年の第1期から参加しており、技術的な情報源として活用しました。また、参加特典として一定期間、クラウド環境を月額割引価格で利用することができます。そのため、クラウドを利用するコストを、大幅に軽減できるというメリットがあるのは大きかったですね。
安部氏 デザイン実装の面からも、無料利用枠が使えたことは助かりました。テストモデルを無料で作ることができ、デザイン実装にもスムーズに入ることができました。
水沼氏 FUJITSU Cloud Service for OSSの新機能をいち早く使えたり、FUJITSU Cloud Service for OSSに関する問い合わせに対しても、その日のうちに回答をもらえたりなどサポートのレスポンスが早く、迅速にインフラ構築を進めることができました。ここがFUJITSU Cloud Service for OSS採用の大きなポイントです。
――最後に、各社の今後の展望を教えてください。
井原氏 電子化システムの取り組みについては、今回は地方新聞向けでしたが、それだけではなく業界紙から学級新聞まで幅広く適用できる可能性を感じています。今回を1つのステップにして、もっと身近なところまで広げていければと思っています。
水沼氏 今回構築した電子化システムのパフォーマンスチューニングを行いながら、いずれはアーキテクチャの水平展開も進めていきたいと思っています。現時点では、宇部日報社さまの個別システムですが、これを他の地方新聞社に水平展開するためのインフラ設計についてもアドバイスできればと考えています。
安部氏 これからも引き続き、デザインと開発のコミュニケーションが取れるWebデザイン会社としての強みを生かして、紙文化を踏襲しつつ、質の高い電子新聞のデザインを提案していきたいと思っています。UI/UXについても、子どもからお年寄りまで、誰もが使いやすい操作性を追求していきます。
熊谷氏 クラウドをもっと幅広い業種で使ってもらいたいと思っています。そのためには開発側が顧客に寄り添って、クラウドの便利さを具体的に提案していくことが重要です。今回のプロジェクトを成功例として、お客さまと共にビジネスを創造していきたいですね。
富士通は、開発者コミュニティ「Fujitsu Tech Talk」を運営しており、SIer/CIer/ISV同士によるクラウドやAIなどのテクノロジーを活用したビジネスコラボレーションの場を提供しています。2019年4月現在、約170社、400人が参加しており、今回の事例を含め、参加企業同士のビジネス事例が多数生まれています。
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アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2019年5月31日