ネットワークへのアクセスが容易になる無線LANは、社内での業務の進め方や社外での働き方を変える大きな可能性を秘めている。例えば、無線LANをクラウド経由で管理できるようになれば、遠隔地のメンテナンスの負担も下がるなどだ。では、ネットワークに無線LANを適用し、使いやすく障害に強い形に変えていくためには、どのような工夫が必要なのか。また、AIの適用によって設定、運用の自動化が進む中で、エンジニアに求められるものはどう変わっていくのか。メーカーやソリューションプロバイダーの担当者と企業のエンジニアが議論しながら、具体的な姿を探る。
先を見通すことが難しい“流動性”の時代に突入した今、AIの力を借りて業務を変革しようという機運が高まっている。では、AIによって社内ネットワークや管理者はどう変わるのだろうか。そのような中、@IT編集部は2019年7月24日、セミナー「AI&無線LANで、社内ネットワークと管理者はどう変わるか? 〜組織の変化、ビジネス展開に追従できるネットワーク技術者の要件〜」を開催した。当日の模様をレポートする。
AIを利用して無線LANの状態を可視化し、トラブル発生時にはトラブル箇所をAIが判断し解決へと導く。さらには人や物のリアルタイムな位置情報まで取得できる──。AIを活用した無線ネットワーク管理の仕組みが多くの企業に注目されつつある。そうした製品の一つが、ジュニパーネットワークスが提供するクラウド管理型の無線LAN「Mist」だ。AI(機械学習機能)と仮想ビーコン機能を備え、利用端末が数百台、数千台に上る大規模無線LAN環境の運用管理を簡素化するという。
セミナーではまず、Mistの国内展開を手掛けるNTTデータ ジェトロニクスの沖佐々木達朗氏(ISS事業本部 営業部 1課 課長)が登壇。無線LANの現状と課題、MistがどのようにAIと位置情報を活用して業務を変革していくのかを紹介した。
Mistは無線LANに関わるさまざまなログデータを収集してAIで分析し、管理やトラブルシューティングを効率化したり、パフォーマンスや安定性を高めることでユーザーの体験価値を向上させたりすることができる。
「無線LAN環境は多種多様なデバイスが接続され、複雑化しています。『つながりづらい気がする』『遅い気がする』といった原因究明の困難なトラブルが増え、ユーザー体験も低下しがちです。これらの課題解決をAIの力で支援するのがMistです」(沖佐々木氏)
Mistを利用することで、無線LAN運用の課題になりがちなトラブルシュートの自動化や、サービスレベルでのネットワーク監視、vBLEによる精度の高い位置情報取得などが可能になる。沖佐々木氏はそれらをデモで示しながら「今までにない新しさがあり、無線LANの運用が大きく変わります」と強調した。
続いて、ユーザー事例講演として登壇したのが、複合型体験エンターテインメントビル「アソビル」を展開する、アカツキライブエンターテインメントのエンジニア 奥薗阿具利氏(アソビルALE-BOX事業部)だ。「リアル脱出ゲーム」「うんこミュージアム」など多彩なコンテンツで人気を博している同施設だが、その運営の根幹を支える“Mistによる無線LAN管理の裏側”を紹介した。
エンタメコンテンツを提供するために無線LANが活用されており、コアネットワークはルーター2台と基幹スイッチ2台で冗長化され、その配下にL2スイッチ群、アクセスポイントとしてMistの「AP41」を29台導入している。
奥薗氏は、「施設のオープンに当たって、専任のネットワーク技術者は不在でした。設計、構築、保守、運用の各フェーズではたくさんの小さな問題に対処していく必要がありました」と述べ、ネットワークの安定化や追加要件への対応、電波の改善などに取り組んだ経験を披露。Mistに限らず、製品導入は各社各様の要件に合わせることの重要性を指摘した。
その際には、アカツキライブエンターテインメントのIT部門の力も借りたが、AIによる運用簡素化をはじめ、Mistの製品機能が運用効率化に役立ったという。その上で、学びとして「銀の弾丸はない」「要件の洗い出しは大切、後から変更容易な部分とそうでない部分がある」「運用、保守は絶対に必要」「IT系の会社でない場合、相談先は必ず用意しておく」などのポイントを挙げ、聴講者にアドバイスを贈った。
続いて登壇したのが、2019年8月現在、315万品を超えるレシピが投稿されている、料理レシピの投稿/検索サービス「クックパッド」を運営し、近年は海外展開にも力を入れているクックパッドの坂口浩一氏(コーポレートエンジニアリング部 社内インフラグループ)だ。
クックパッドでは、「いつでもどこでも働ける環境を作る」「物理的なモノをなくす」という目標の下、社内サーバのクラウド化や、社内システムのSaaS化、フルリモートでも管理できる勤務体系の導入などを進めてきた。ネットワーク機器もこの目標の対象となり、オンプレミスのワイヤレスコントローラ(WLC)を廃止できる製品の検討を開始したのだという。
「クラウド管理型である他、分かりやすいユーザーインタフェース、大規模対応可能、API対応という3つを評価し、Mistの採用を決めました。事前検証や全社展開は問題なく終えることができました」(坂口氏)
運用した実感としては「無線関係の設定変更が楽」「アラートが見やすい」「監視環境が作りやすい」「公式サポートの動きが迅速、丁寧」「新規で無線環境を作るのが簡単」という5つのポイントを評価しているという。
そうした経験を受けて、「今後はvBLE(仮想Bluetooth Low Energy)ビーコンの活用を検討しています。例えば、位置情報でオフィス内の備品管理を行う、環境センサーでオフィス環境の定量評価を行うなどです。物理的なモノをなくすため、究極的には既存の社内LANをなくしていきたいです」と今後の展望を示した。
最後はパネルディスカッションを開催。クックパッドの坂口氏、アカツキライブエンターテインメントの奥薗氏、NTTデータ ジェトロニクスの沖佐々木氏、ジュニパーネットワークスの古場健太郎氏(技術統括本部 Mist Solutions シニアシステムエンジニア)が登壇し、ユーザー、ディストリビューター、製品ベンダー、それぞれの視点から「無線LAN適用のポイント」や「AIの効用」などについて議論した。モデレータは、@IT編集部 統括編集長の内野宏信が務めた。
まず、無線LAN環境構築の課題について、奥薗氏は「無線LANは使えて当たり前と思われています。ただ、アソビルはフロアごとに役割が異なるので無線LANに求められる要件も変わります。社外顧客に提供する無線LAN環境は、ビジネスに応じて要件も変わるので、そうした中で要件を定義していくことは意外に大変です」と無線LAN導入の難しさを指摘。一方、坂口氏は「クックパッドの場合、社内のオフィスでの適用なので要件定義はそれほど難しくありませんでした。どちらかというと、環境整備の迅速性が求められるため、機器の納期を重要視しています」と述べ、導入にまつわる要望をBtoC、BtoB、それぞれの視点から指摘した。
これに対して沖佐々木氏は、「要件定義については、多種多様な環境に無線LANを導入しているノウハウをベンダーとしてお客さまに提供することが重要と考えます。機器納期については、スピード感を持って取り組んでいます」と回答。古場氏も「物理的な機器の調達がビジネススピードに影響することも多いが、納期もできるだけ早くなるよう努力します」と、導入を強力に支援する構えを強調した。
一方、無線LAN導入後の「運用上の課題」としては、「つながらない」「遅くなる」「途切れる」が挙げられる。意外に少なくないのが、“利用者側のITリテラシー”に起因する問題だという。坂口氏は「ホワイトボードで周囲を覆って即席の会議室を作るといったこともあると思いますが、それによって電波が遮られて無線LANが使えなくなることもあり得ます」という例を挙げた。また、奥薗氏は「トラブルシューティングではどこまで再現性を追うのかが難しい。これは運用効率という観点で見ると、通信の重要性に応じて、どこまでコストとリソースをかけるのかという問題も絡んできます。現時点では、迅速な問題解決を重視し、原因究明にはさほど時間をかけない方針です」と述べ、無線LAN運用の上では「調査のみに力を割かないこと」も一つのポイントとして挙げた。
これらの課題に対処できるのがMistだが、沖佐々木氏は特長の一つとして、MistのAIエンジン「Marvis」が対話型で課題解決を支援することを改めて説明。古場氏は、それがクラウド型だからこそ実現できていることを付け加えた。
「ユーザー企業の運用環境で問題が起きた際、『Mistサポートにケースオープンをしてください』とお願いしています。問題発生時のログはクラウド上に保存されていますので、そのログを基に、AIによる解析結果、すなわち課題解決の方法が正しいか否か、弊社のネットワークの専門家が確認している。つまりAIを教育しているのです。AIは今後も日々進化させていくつもりです」(古場氏)
ただ、現時点ではまだ「AIに全てを任せる」わけにはいかない。とはいえ、奥薗氏と坂口氏、共に口をそろえるのが、「ネットワーク管理という、“自社にとってコアビジネスではない領域”に専任のスタッフを置くのは難しい」という点だ。「トラブルがあったときだけを考えて、ネットワーク専任の担当者を置くことは非現実的」(坂口氏)。奥薗氏も「サーバやアプリと一緒に、ネットワークもチームで見る体制を作ることが重要では」と話した。ただ、「何らか問題が起きたときには専門家の助けが必要となる。それを受けて、古場氏は「“問題が起きたとき”という、いわば“0.5人月”を担うのがAIではないでしょうか」とした。
とはいえ、今後はAIも発展してくる。これを受けて議題が「これからのネットワーク管理者の役割」に至ると、古場氏は「AIを活用し、コアではない業務をAIに任せることで、エンジニアはビジネスへの寄与という本来業務に集中できるようになるはずです」と強調。奥薗氏と坂口氏も「できるだけAIに任せていきたい。ただAIに過度な期待を持たないことも重要です。これからはネットワーク管理に閉じず、自社のビジネス価値は何か、その価値を高めるためにネットワークをどう使うか、といった俯瞰した視点が求められるのではないでしょうか」と、単なる運用、管理ではなく、エンジニアリングの視点を持つことの重要性を指摘した。
事実、DXトレンドが進展する今、エンジニアは常に新たな技術をキャッチアップし、自社の強みを伸ばせるものを進んで選択、適用することが求められている。その点を受けて沖佐々木氏は、「Mistのような新しい製品は、フットワークの軽い企業から採用が進んでいます」と指摘する。というのも、近年、パブリッククラウド活用が活発化しているが、ただ単にクラウド移行するのではなく、「システムの特性に応じてクラウドとオンプレミスを使い分ける」といった具合に、クラウド活用の在り方が成熟しつつある。事実、オンプレに回帰するケースも増えているのは周知の通りだ。
「つまり、ビジネスの目的に応じて多様なインフラを使い分け、効率良くシステムを構成することがエンジニアに求められていると考えます。その点、一般的な企業におけるオンプレミスの運用効率を考えると、社内LANはよりシンプルになるべきです。例えばデータセンター事業者などIT専業ではない企業にとって、“本当にリソースを割くべきコアビジネス”は社内LANの運用管理ではないからです。自社にとってコアではない社内LANの運用工数をクラウドやAIに外出しすることによって、オンプレミスはシンプルになり、あらゆる変化に対応しやすいフットワークの軽い環境になります。そうなれば、コアビジネスに必要な新たな技術も取り入れやすくなります。今後はエンタープライズにおいても、そうした考え方が浸透していくと思います」(沖佐々木氏)
一方、古場氏は「DXのカギは経営環境変化に追従できる俊敏性と柔軟性にあります。ベンダーとしては、クラウド管理型かつAIによって運用効率を向上させるMistをはじめ、企業がコアビジネスに集中できる製品の開発を通じて、スピーディーかつ柔軟なビジネス展開を支援していきたいと考えます」と述べた。
「AI×無線LAN」とうたう製品は複数登場しており、AIという響きには「何でもやってくれる」といった幻想もつきまとう。だが、決してそうではない。AIは人をサポートするものであり、いかに発展しても人ならではの役割を奪うものではない――事例を通じて無線LAN導入、運用のリアルな課題とポイントが分かると同時に、今後のネットワークエンジニアの役割までも占うことになった本セミナー。皆さんはどうお感じになっただろうか。
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