デジタルトランスフォーメーションの実現手段として、いま「クラウドネイティブ」が企業とエンジニアの大きな注目を集めている。クラウドネイティブとは何か、なぜクラウドネイティブが必要なのか、その実践に向けたロードマップをどう描くべきか――22年の歴史を持つミクシィと、同社の人気ゲームアプリ「モンスターストライク」のサーバ増強に「IBM Cloud」で貢献した日本IBMの対談から日本企業が目指すべきロードマップを探る。
DX(デジタルトランスフォーメーション)の潮流が高まる中、「テクノロジーの力を使った体験価値の創出力」と「ニーズに応えるスピード」がビジネス差別化の一大要件となって久しい。いま望まれている価値をいかに迅速に提供するか、すなわち「ビジネスを支えるITサービスを、いかにスピーディーに開発、提供、改善できるか」が企業存続のカギを握っているといえるだろう。
その実現手段として、いま「クラウドネイティブ」が企業とエンジニアの大きな注目を集めている。だが、その受け止め方はさまざまだ。ではクラウドネイティブとは何を使って何をすることなのか? クラウドネイティブの実践に向けて、具体的にはどのようなロードマップを描くべきなのか? そして、なぜ既存ビジネス/既存システムを持つトラディショナル企業にこそ、クラウドネイティブが必要なのか?――
1997年に創業し22年の歴史を持つミクシィに2005年に入社。同時にSNS「mixi」の開発を手掛け、2013年には人気ゲームアプリ「モンスターストライク」の開発に携わるなど、テクノロジー領域から同社ビジネスの拡大、発展をリードし続けてきたミクシィの取締役 執行役員でCTO(最高技術責任者)を務める村瀬龍馬氏と、“クラウドネイティブの先端と実情”を知る日本IBMの二上哲也氏の対談に、日本企業が目指すべきロードマップを探る。
── ミクシィはインターネット企業として、創業当初からテクノロジーの力を生かしたビジネスを推進してきました。一方、IBMは金融、製造、流通など、エンタープライズ企業を長年支援し続けています。そうした中、近年はデジタルの力を使って既存のビジネスプロセス/ビジネスモデルを変革することで、新たな価値を生み出し、ニーズの変化にいち早く応えるDXの潮流が大幅に高まっています。お二人は、それぞれの立場からこのトレンドをどうご覧になっていますか?
村瀬氏 弊社はインターネットで起業し、トラディショナルな企業とは違うやり方を採ってきたことは確かです。ただ、ニーズとテクノロジーは常に変化しています。例えば、弊社は「コミュニケーション」をビジネスの軸としていますが、その手段となるテクノロジーは、社内ツールならメール、チャットから、SlackやJira、Confluenceといった具合に変化し続けていますし、コンシューマー向けのサービスも同様です。SNSの「mixi」からスマートフォンゲームの「モンスターストライク」まで、ユーザーとのコミュニケーションの在り方は変化し続けてきました。その意味では、常にニーズとトレンドを見極めてビジネスを変えてきた企業であり、DXもそうした取り組みと理解しています。弊社の場合は、“コミュニケーションの変革”に取り組んできた企業だと思っています。
二上氏 ミクシィがビジネスのテーマとされている「コミュニケーション」という意味では、IBM社内でもチャットシステムであるSametimeからSlackなどへ変更したように、ビジネスニーズの変化に対応してきました。また、弊社のお客さまも経営環境変化に応えるために、ウオーターフォール開発が主流の中、アジャイル開発を取り入れるなど試行錯誤を続け、“変革”に取り組まれています。DXトレンドを背景に、村瀬さんがおっしゃった「ニーズとトレンドを見極めてビジネスを変える」ことの重要性が、かなり浸透してきたと見ています。
── お二人のお話を受けて、DXの具体的な要件を整理すると、一つは「ビジネスニーズの変化に応え続けること」となると思います。
二上氏 そうですね。ただもう一つ、重要な要件は「ビジネス価値をいかに早く届けるか」にあると思います。従来のように、まず予算を取り、投資対効果を計ってからシステムを作るといったスタイルではなく、小さく始めて、市場の反応を見てトライアンドエラーを繰り返しながらビジネスとして育てていく。そのスピードが重要になっています。従来型の企業では「失敗は許されない」という前提があったわけですが、DX時代にはむしろ成功するまで失敗することも許容することが求められます。
村瀬氏 私たちもガラケーからスマホに変わるタイミングで、ビジネスにおいて乗り遅れたことがあります。いまは盛り返して迅速に“変化”に対応できるようになりましたが、気を付けたいのは、どんなビジネス/サービスでも「ニーズに応えるスピードをただ上げればよい」というものではない点です。ビジネス/サービスの特性に応じて「スピード感」を何年で見るかが大事です。例えば、“ビジネスがきちんと成立しているなら”、それを支えるテクノロジー基盤をわざわざ変革する必要はない。変革することでスピードが遅くなるようでは本末転倒です。テクノロジーはあくまで手段にすぎません。
── 「ニーズを見極めてビジネスを変える」「ビジネスの特性に応じて、価値をいち早く届ける」ことがDXであり、テクノロジーはそのための手段ということですね。その「手段」として、今回のテーマである「クラウドネイティブ」が多くの企業に注目されているわけですが、お二人はこれをどう受け止めていらっしゃいますか?
村瀬氏 それが「クラウドネイティブかどうか」よりも、クラウドをどう受け止め、活用するかが重要だと考えています。手段として使いこなす上では、まず「クラウドに最適なやり方は何か」を考えることが大切です。クラウド事業者によってサービスの志向やラインアップは異なりますし、社内でリーダーシップを持つ人が、どのようなサービスを使うのか、主体的に判断する必要があると思います。例えば、データベース1つとっても、いま利用しているオンプレミスのマシンの方がコストや性能の面で優れているならデータベースだけはオンプレミスに残すという選択をしてもいい。クラウドサービスにするなら選択肢が多い中でどのデータベースを選ぶべきなのか、マネージドにするのかどうかなど、ビジネス上の要件を基に、システム全体を見ながら適切なサービスを見極めるわけです。
── あくまで「目的起点」で捉えることが重要というわけですね。ちなみにIBMでは「クラウドネイティブ」がどういうものなのか、明確に定義されているそうですね。
二上氏 IBMでは、CNCF(Cloud Native Computing Foundation)の考え方を参考にしていますね。CNCFではクラウドネイティブを「パブリッククラウドやプライベートクラウド、ハイブリッドクラウドといったモダンかつダイナミックな環境において、スケーラブルなアプリケーションの開発と実行を行う組織の力を強化するもの」と定義しています。具体的なテクノロジーとしては、コンテナやサービスメッシュ、マイクロサービスなどを挙げています。われわれもこの定義に沿ってサービス開発を行っています。ミクシィはこうしたCNCFの定義は参考にされているのですか。
村瀬氏 それほどでもありません。サービスのコンテナ化は進めていますが、どちらかというと、「いかにそうしたワードを意識させないか」がマネジャーの仕事だと考えています。ワードを全面に出すと、みんなが使いたがって手段と目的を履き違えやすくなります。ワードが意味するところを個別の事業に落とし込んで変えてあげる。例えば、「コンテナ」なら「コンテナをどう使うか」ではなく、「モンストのサービスをどう変えるか」を伝えるのがマネジャーです。これには、わざわざ「コンテナを使おう」と言わなくても、スタッフが自発的にコンテナを使い始めているという環境の違いもあるかもしれません。
二上氏 とても勉強になりますね。つい「これからはクラウドネイティブだからコンテナを使いましょう」となりがちなものです。
村瀬氏 もちろんテクノロジーのワードを先に出した方が分かりやすいので、アプローチとしてうまくいくことも多いと思います。ただ、われわれの場合は、みんなが技術トレンドに対して半歩踏み出している状態なのでワードを持ちだす必要がない。マネジャーの仕事は、「事業をどう変えるか」「その手段として特定の技術を本番環境でも使うかどうか」を決断することです。
── あくまでビジネスの目的があって、そこに最適な手段を適用する。その判断を行うのがマネジャーというわけですね。ただ、それを実現するにはビジネスとITが密接に結び付いた文化でないとなかなか難しいと思います。特にこれまでの日本企業では、ビジネスとITが分断されていることが一般的です。
村瀬氏 インターネット企業は経営環境変化が速いということもあり「会社全体が常に変化していかないと死ぬ」という危機感があると思います。4〜5年のサービスですら技術的な負債が生まれます。そこを何回か経験してきたエンジニアも多い。荒波にもまれることで、ビジネスについてもITについても変化することの重要性は、現場スタッフも含めて、全社員が認識していると思います。
二上氏 多くの企業には、そうした「変わらないと死ぬ」という危機意識は少ないかもしれません。これまでのスタイルを変えたくない、オープンソースソフトウェア(OSS)を勉強するのも面倒と感じている方も少なからずいます。しかし、DXトレンドの中で、全ての企業がインターネット企業と同様の戦い方を求められつつあります。まずはそうした危機感を持つことが重要なのかもしれません。
── では、ここまではDXの要件に対して「企業としてどう取り組むか」にフォーカスしてきたわけですが、ITサービスやシステム開発、運用の在り方について、技術面ではどう変えていくべきだとお考えですか?
村瀬氏 細かいところでいうと、「サービスのコード変更を1日何回実施してもバグを出さないようにする」「デプロイを何回実施してもユーザーに影響がないようにする」といったことです。ずっと変化し続けながら24時間365日サービスが落ちないようにしなければなりません。ニーズの変化に応え続けるためには「すぐにアップデートできるかどうか」が重要で、そのためには環境を捨てたり、容易に作り直せたりすることが必要になってきます。その点で、特定のカスタマイズを施したサーバでは、捨ててすぐ作り直すといったことが難しい。たとえカスタマイズする場合でも、1つのコマンドで環境がすぐに立ち上がることが不可欠です。今はインターネット企業だけではなく、そうした仕組みを作ることが普通になってきていると思います。
二上氏 いわゆるInfrastructure as Codeやテスト自動化、CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デプロイ)をされているのですね。コンテナ化もされているとのことですが、マイクロサービスなども活用しているのでしょうか。
村瀬氏 そうですね。マイクロサービスも取り入れています。また、モノリシックなサービスでも、実際の開発、運用においては、個々の機能を改善しても全体のサービスに影響が出ないように工夫して運営と運用を行っています。
── ただ全ての企業がソフトウェア企業になるといわれ、インターネット企業と同様の戦い方が求められるようになるといっても、そうした「仕組み」を作ることが難しい企業も多いと思います。仕組みの実現にはどのようなロードマップが考えられますか?
二上氏 システム/サービスの提供スピードを上げるためには、テスト自動化などを取り入れ、素早くリリースできることが重要です。それには、コミュニケーションのためのSlackやJira、CI/CDのためのJenkinsや最近買収したRed HatのOpenShiftなど、OSSを中心にツールを取り入れながら、組織の文化やプロセスを変えていくことがポイントになります。OSSなので、バージョンが変わるとうまく動かないといったことも起こりますが、まずは新しいツールを取り入れながら、新しいやり方に馴染むことが重要です。
―― ただ、自社だけでの力でOSSを選定、適用するのは、特に、これまでの日本企業にとってはハードルが高い側面もあると思います。この点についてはいかがですか?
二上氏 そうですね。まずはこうした手段としてのツール類を使ってみることが大事ですから、「IBM Cloud」でもOSSのさまざまなツールをツールチェーンとして使いやすい形で提供することで、多くの企業が新しい取り組みを始めやすいように配慮しています。
村瀬氏 その意味では、われわれも「クラウドネイティブな企業」ではありませんし、クラウドを活用するなら、クラウドネイティブな人たちと一緒にやっていくことが成功の近道だと考えています。最新のクラウドやテクノロジーについて相談に乗ってくれ、「それならあのサービス、これならここのサービス」と目的に応じてアドバイスをしてくれる。最近のクラウド事業者は、競合同士で戦うというより、お互いに協力し合っている印象です。まずは相談する。そこから、コミュニケーションを取っていくことが大切です。
IBMといえば、実は弊社もモンスターストライク事業で「IBM Cloudベアメタルサーバー」を使っています。急激かつ集中的なアクセス増加などニーズの変化を受けてさまざまなイベントが起こる中で、スピーディーかつ安定的にサーバを使えないと話になりません。選定理由は「ビジネスにとって本質的ではない不安を持ちたくない」からです。もちろん選定前にはIBMに相談し、常にレイテンシが低い状態で、安定的かつ快適にサービスを届けることに貢献していただいています。
二上氏 ありがとうございます(笑)。
── 今回はDXとクラウドネイティブについて、具体的には何を目指し、何をすることかを掘り下げてきたわけですが、そうした変革に向けて、どのようなロードマップを描くべきでしょうか。特に自動化を軸とする環境に変えていくためには、人のマインドや役割も変えていかなければなりません。
村瀬氏 「変われ」と言われて変われる人はいませんから、変わっていくことの成果を見せながら人を巻き込んでいくのが効果的だと思います。例えば、ある手段を使って運用がうまくいったら、それを社内に紹介して共有する。紹介できる成功事例があるのは担当者にとってもとても気持ちが良いことですし、本当にうまくいくなら周囲も使いたくなるはずです。人は変わりませんが、自発的に変わっていけるような“見せ方”はとても大切です。
二上氏 そうですね。変革が必要といっても、これまで多くの企業で行われてきたウオーターフォール開発が悪いという話ではもちろんありません。ただ、経営環境やビジネス目的に照らすと、アジャイル/DevOpsやその実践基盤となるテクノロジーが必要なシーンはますます増えていくのではないでしょうか。その点、現場からカルチャーを変えていくアプローチはとても大切だと思います。例えば、メールをSlackに変えることがコミュニケーションの在り方を大きく変える第一歩になったり、コンテナを採用してみたらサービス開発の在り方が大きく変わったりするかもしれません。
ただし、どんな企業にもビジネスの軸となるバックボーンがあります。その背骨の部分から外れたところで新しい取り組みを進めても、結局はPoC(概念実証)で止まってしまうなど、全社的な実ビジネスには結び付けるのは難しいとも思っています。ミクシィがコミュニケーションをベースに各種サービスを立ち上げているように、“自分たちの根幹のところ”でDXに取り組んでいくことが重要だと思います。
村瀬氏 そうですね。確かにDXのために新しい部署を立てて取り組みを推進しても、それが企業の変革につながるかどうかは疑問です。新しい部署なら一から設計できるので、成功したとしても周囲が評価しにくいのではないでしょうか。いまあるところから変革を起こさないと誰も信じてくれません。ですから、まずは自分たちのどこが変われるかを選定することが大事です。それを変えてみて成果を出し、「こんな変わり方ができるんです」と周囲を巻き込んで、刺激を与えていくことが重要だと思います。
── では最後に、DXに取り組む多くの企業の方々に向けてメッセージを頂けますか。
村瀬氏 変わることには不安がつきものです。また、「ITとビジネスの分断」という話もありましたが、「ビジネスのデジタル化によって安定収益につなげる方法」を考える人と、「技術の分かる人」の両方がいるとプロジェクトはスムーズに進むと思います。ビジネスとIT、それぞれを知る両者で話し合いながら物事を決めていくことで納得感のあるサービスを作ることができます。また、ITの人が組織のトップとうまくコミュニケーションを取っていくことも重要です。
しかし、それが難しいようなら社外に味方を作ることも手です。社外とのコラボレーションによって不安が取り除かれ、成果が出れば社内も活発になりますし、新しい取り組みにも踏み出しやくなります。ミクシィでは、モンスターストライクのサーバでIBM Cloudを利用していると話しましたが、それ以上に、さまざまな相談をしたり、アイデアを頂いたりすることに充実感を感じています。IBMは「Watson」でウィンブルドンの試合のハイライトを自動作成した事例など先進的な事例を多くお持ちで、とても刺激になります。クラウド事業者が寄り添ってくれれば心強い。変化がメリットにつながるなら、まずは動き出してみるのがいいと思います。気軽に相談してネットワークを伸ばしていく。そうした小さな変化が、自社を、ひいては世の中を良い方向に変化させていくはずです。
二上氏 IBMでは、「変革の第2章が始まった」というメッセージをお客さまにお伝えしています。取り組みをPoC止まりにせず、会社全体を巻き込んで根幹から変えていくことが重要です。IBMではクラウドやシステムの支援だけではなく、スタートアップ支援のための「IBM BlueHub インキュベーション・プログラム」を通じた企業とスタートアップ企業のマッチングや、IBMの専門家がお客さまのデジタルトランスフォーメーションに足りない要素をサポートする「IBM Garage」プログラムも持つサービスベンダーでもあります。お客さまに寄り添いながらお客さまのデジタルビジネスに貢献したいと思っています。
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