ウェアラブルが進化させる生活環境 最新研究のその先を見る青山学院大学 次世代ウェルビーイングプロジェクト

「すべての人々が身体的・精神的・社会的に良好な状態で生活できる社会的な枠組み」、これを次世代Well-beingと呼ぶ。青山学院大学では理工学部を中心に複数の学科と研究室が共同でこの研究を進めている。中心的な役割の一翼を担っている同学 理工学部 情報テクノロジー学科 ロペズ・ギヨーム准教授が率いる「ウェアラブル環境情報システム研究室」で、具体的な研究内容を聞いた。環境情報を取得するだけではなく、「溶け込む」ように、環境に働きかけたり、本人に行動を促したりすることがポイントだという。

» 2020年02月12日 10時00分 公開
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「環境のウェアラブル化」でより良い環境の実現を目指す

 東京都渋谷区の「青山キャンパス」と神奈川県相模原市の「相模原キャンパス」に、約2万人の学生を擁する青山学院大学。都心にキャンパスを構える恵まれた立地や、東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)における陸上競技部の活躍などもあり、全国的に広く名前を知られる総合大学だ。近年では、同学が進める「次世代Well-being」と名付けられた事業が、文部科学省に選定され、学部を横断した全学体制で研究を積極的に推し進めている。

 次世代Well-beingとは、「すべての人々が身体的・精神的・社会的に良好な状態で生活できる社会的な枠組み」のことを指し、その実現のためには従来のような「不特定多数を対象とした画一的なサービス」ではなく、「個人一人一人に最適化したサービス」を提供するシステムを構築する必要があるとしている。そのために必要な技術や仕組みについて、理工学部を中心に複数の学科と研究室が共同で研究に当たっている。

ロペズ・ギヨーム准教授

 その中で中心的な役割の一翼を担っているのが、同学 理工学部 情報テクノロジー学科 ロペズ・ギヨーム准教授が率いる研究室、通称「ウェアラブル環境情報システム研究室」だ。同研究室の研究テーマについて、ロペズ氏は次のように説明する。

 「人が身に付けたウェアラブルデバイスを通じて、生体情報をはじめとするさまざまな情報を収集、処理することで、人間がより良い状態で生活できるよう環境に働き掛ける仕組みを研究しています。ウェアラブルデバイスを使ったサービスのほとんどは、基本的には収集した情報をユーザーに提示するのみですが、ウェアラブルデバイスをうまく使えば人間を取り巻く環境を能動的に変化させることも可能です。私たちはこのように、ウェアラブルを通じて環境に働き掛けることまでを研究テーマに含めています」

生活の多様な分野を対象にした研究テーマ

 現在、同研究室では大きく分けて「健康、福祉の支援」「技能の取得、向上、伝承の支援」「生活の支援」の3つの分野において、それぞれウェアラブル活用の可能性を探っている。

  • 健康、福祉の支援

 既にほとんどのスマートウォッチは心拍数を初めとして多数の計測機能を備えており、これを通じて健康情報を計測、可視化するサービスも提供されている。しかしロペズ研究室ではそれだけにとどまらず、ウェアラブルを通じて取得した情報を基に、人々の健康促進に寄与するような「環境調整」や「行動変容」までを実現する技術や仕組みを研究している。

 例えば、スマートウォッチやイヤフォン型センサーなどを通じて取得した生体情報を基に、その人の「集中度合い」「疲労度合い」などを自動的に判別し、それぞれに応じて「集中度を増すためのフィードバック」「休憩を促すようなフィードバック」をユーザーに返す仕組みを研究している。「不自然にならないよう、いかに自然にユーザーを取り巻く環境に働き掛けて、集中や休憩を促せるかが研究の重要なポイントの一つです」(ロペズ氏)

 ゲーミフィケーションの手法を取り入れた研究も行っており、例えばジムの自転車やランニングマシンで走る際、スマートウォッチから計測する心拍数が平常時より高ければ高いほど攻撃力が増し、強い敵を倒せる健康増進ゲームを開発した実績もある。また近年特に力を入れている研究テーマの一つに、「食事の際の咀嚼(そしゃく)回数の向上を支援するための技術研究」がある。具体的には、食事中のユーザーが装着するハンズフリーヘッドセットや補聴器などのマイクを通じて、咀嚼や飲み込み、会話などの音声を収集、識別し、その回数を可視化する。さらにその結果を基に、ユーザーに対してより多い咀嚼を促すようなフィードバックを返す。

 「咀嚼音を集めるための専用デバイスを開発するのではなく、ヘッドセットや補聴器といった汎用(はんよう)デバイスを応用するのがポイントです。他の研究テーマにも言えることですが、専用デバイスを開発するのではなく、汎用デバイスへソフトウェア的に手を加えてその利用範囲を拡張する方が、将来の実用化や普及のことを考えれば有利です。そのためこの研究室では、なるべく既存の汎用デバイスを利用するよう推奨しています。ただし、どうしても既存デバイスではやりたいことが実現できない場合は、一からデバイスを開発することもあります」(ロペズ氏)

ウェアラブルとIoTによる健康的な食習慣支援システム
  • 技能の取得、向上、伝承の支援

 技能取得、向上の分野では、スポーツの技術取得やコーチングのためにウェアラブルを活用する技術を研究している。例えば、野球のピッチングでなるべく速い球を投げられるようになるために、ピッチングフォームを解析する技術もその一つだ。

 「大掛かりなモーションキャプチャー装置を使って、アスリートの動作をデータ化して分析する手法は、以前から行われています。しかしそうした大掛かりで高度な手法を導入できるのは、ごく限られた人たちだけです。そこで、手首に汎用のスマートウォッチを装着した状態でピッチング動作を行い、加速度センサーやジャイロセンサーのデータを収集、処理することでピッチングフォームを分析して、大掛かりな装置がなくても、あるいはコーチがいなくても、一人で球速を高めるためのコーチングが可能な仕組みを目指しています」(ロペズ氏)

 同様に、スマートウォッチの加速度センサーのデータを使ってテニスのサーブのフォームを分析し、改善のヒントを見つけるための技術も開発している。こうした研究テーマは、そのスポーツを実際に行っている学生からの提案で決まることが多いという。

 「かつて箱根駅伝に出場した選手もこの研究室に所属していましたが、彼は自身の故障のリハビリ状況をウェアラブルデバイスで可視化する仕組みの研究に取り組んでいました。また短距離選手の学生が、タイムとメンタル状態との相関関係を、ウェアラブルデバイスを通じて取得した生体データを使って割り出す研究も行っていました。このように、自身の興味に極めて身近な研究テーマを選べるのが、この分野の面白いところだと思います」(ロペズ氏)

  • 生活の支援

 生活一般の環境改善を目指す取り組みとして、「ウェアラブル冷暖房デバイス」の研究にも力を入れている。人が快適に感じる室温は、それぞれ異なる。そのため、「真夏のオフィスで冷房を効かせすぎて、男性は快適に感じているものの、女性は凍えている」という光景がよく見られる。こうした課題を解決するために、「万人が快適に過ごせる室温」を目指すことはしない。各人に最適化した冷暖房の仕組みをウェアラブルデバイス経由で提供する方法を研究している。

 具体的には、スマートウォッチを通じて取得した心拍変動データから、その人が現在「寒い」と感じているのか「暑い」と感じているかを判断する。そしてその結果に応じて、ユーザーの手首に装着したリストバンド型のデバイスを暖めたり、あるいは首に掛けたデバイスを冷やしたりすることで、ユーザーの体感温度を自動的に調整する。冒頭で紹介した「次世代Well-being」のコンセプトに、まさに合致した技術だといえる。

ウェアラブルエアコン

 中には、傘にセンサーを取り付けて、雨にぬれないために最適な「傘をさす角度」を教えてくれるシステムという、一風変わった研究に取り組んだ学生もいる。

 「研究テーマ自体はとても奇抜なものでしたが、この研究に取り組んだ学生はセンサーの開発から信号処理、データ解析のためのアルゴリズム開発、さらにはその結果をアプリケーションやサービスに落とし込むところまで、一通りきちんとこなしました。さらに最後には、シャワーで疑似的な雨を降らせて、その効果を検証するところまで行いました。このように、作ったものを実際にユーザーに使ってもらい、その効果を検証することが大事だと学生には常に話しています」(ロペズ氏)

 このようにロペズ研究室での研究は、ハードウェア開発、データ解析、アプリケーションやサービスの開発、そしてその効果の検証と、取り組み範囲が極めて広い。もちろん、全ての学生がこれら全フェーズをこなせるとは限らないが、できるだけこれら一連のフェーズを一人でこなせるよう、学生には指導しているという。

ウェアラブルセンサーを使った「ゲーム感覚のトレーニング」の研究

 現在、同研究室で健康増進のためのウェアラブル活用について研究に取り組んでいる学部4年生の石井峻さんは、2019年9月から12月までの3カ月間、フィンランドに留学していたという。

石井峻氏

 「フィンランド南西部のトゥルクにある『トゥルク・ゲームラボ』という研究機関で、ウェアラブル技術を活用した次世代ゲームの研究を行っていました。その成果の一つが、VR(仮想現実)デバイスとウェアラブルセンサーを連動させたVRゲームです。VRの仮想空間の中で飛んでくるボールを避けながら、自分もモノを投げる動作をして的にボールを当てるというゲームです。ボールを投げる動作は手首に装着したスマートウォッチが検出し、VRと連動させることによって仮想空間上でボールを投げられるようになっています」

 また胸にセンサーを装着することで、腕立て伏せや腹筋、ジャンプといったトレーニングメニューの回数を自動的にカウントするアプリケーションの開発も進めている。石井さんは体育会サッカー部に所属するサッカー選手だが、自身の「筋トレ嫌い」を克服するために、「ゲーム感覚で楽しく筋トレに取り組める方法はないか?」と考え、この研究テーマを思い付いたという。

 「胸部に装着した加速度センサーのデータを解析することで、腕立て伏せや腹筋といったトレーニングメニューをこなす際に特有の『データのテンプレート』を抽出し、それを基にセンサーデータをリアルタイムに処理してトレーニングの回数を検出し、その場でスマートフォンアプリに表示、蓄積させるという仕組みです。このようなサービスを開発する際には、近年では機械学習技術を用いることが多いのですが、学習の手間を掛けずに手軽にサービスをチューニングできるよう、あえて機械学習は用いずにシンプルなテンプレートマッチング方式を採用しています」

胸部加速度を用いて、ワークアウトの各詳細運動をリアルタイムに認識・カウントするアプリ
スマートウォッチのセンサーと連動したVRゲームによる運動促進

 現在は、このマッチングのアルゴリズムをさらに洗練させて、動作検出の精度を高めるとともに、将来は胸部に装着するウェアラブルデバイスだけでなく、耳や手首に装着するデバイスを使って同様のサービスが提供できるよう、さらにアルゴリズムの研究を進めていくという。

技術が社会に溶け込んで当たり前の存在になる未来

 今後もロペズ研究室では、さまざまな研究テーマの下に「ウェアラブルの環境化」を追求し、同学が目指す「次世代Well-being」の実現に貢献していくとしている。そのための重要ポイントとしてロペズ氏は、「日常に溶け込んでいること」を挙げる。

 「現在でも多くの製品やサービスは、各ユーザーの好みに合わせるためのカスタマイズ機能を用意しています。しかし製品の説明書をきちんと読み、設定を自分好みに事細かにカスタマイズするユーザーはごくわずかです。あるいは、最近ではスマートスピーカーを通じて室内の環境を操作するようなサービスがもてはやされていますが、わざわざ声に出して指示を出すのが本当にあるべき姿なのか、正直言って疑問です。それより、ウェアラブルが人間の状態を検知し、自動的に快適な環境を用意してくれれば、ユーザーは何も意識する必要がありません。つまり技術が社会に溶け込んで、そこに技術があることを誰もが意識しなくなる世界が理想だと考えています」

 ただし、そうした世界に至るまでには、まだ幾つものハードルを越える必要があるという。例えば「倫理」の問題もそのうちの一つだ。技術を開発する人間がもし邪悪な考えを持っていれば、その思想が反映された技術やサービスが社会の中に溶け込んだ結果、人々を知らず知らずのうちに邪悪な方向に導いてしまうかもしれない。また一口に「倫理」といっても、厳密には文化や時代、その時々の状況などによって捉え方が異なってくる。今後ウェアラブルの環境化の研究を進めるに当たっては、そうした点にも十分留意する必要があるだろうと、ロペズ氏は指摘する。

 「ウェアラブルで環境に働き掛ける際には、自然環境、社会環境との調和についても考慮する必要があります。場合によっては、長期的な観点に立って『これは短期的には不快かもしれないが、長期的に見た場合は環境全体に利益をもたらす』といった時系列の要素を加味した判断が必要とされる場面も出てくるでしょう。今後はそうした判断も、テクノロジーを使って自動的に下せるような技術を開発できればと考えています」

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提供:青山学院大学
アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2020年3月12日

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