すごいエンジニアが1人いても、チームで戦ってくる相手に勝つのは難しい――ラクスの大塚正道さんが率いるチームは、米国市場での体験を元に新しいエンジニアチームのモデル作りに取り組んでいる。
昔から日本企業の強みとして挙げられてきたのが「チーム力」だ。システムが企業の力を左右するようになった今、その重要性はますます高まっている。国境の壁を超えたグローバルな競争に勝ち抜くには、個々の力を伸ばすだけでなく、開発チームとしての力を高めることが不可欠だ。
海外企業との競争を身をもって経験し、チーム力の強化に取り組んでいるのが、ラクスで「配配メール」の開発チームをマネジメントする、課長の大塚正道さんだ。いったい何がそのきっかけになったのか、そしてどんなチームを目指すのかを尋ねてみた。ラクスのカイゼン物語、前編では開発現場のメンバーが「キラキラしたチームにしていきたい」と語っていたが、マネジャーはどのようなチームをイメージしているのだろうか。
ラクスのカイゼン物語(前編):急成長中SaaS企業の開発チームが取り組む「あえてスクラムと呼ばない」開発スタイルとは
大塚さんはラクスに転職する前は、ごりごりのSIerでエンジニアとして経験を積んできた。ウオーターフォール方式で、COBOLで構築するエンタープライズシステムに携わったこともあったという。それが、自社開発に魅力を感じて転職してきたラクスで、アジャイルやスクラムといった方法を取り入れながらクラウドサービスの開発に携わっているのだから、変われば変わるものだ。
ただ、いろいろなシステム開発を経験してみて、大事なのは方法ではないと感じていると大塚さんはいう。
「最終的に作り上げるものがはっきりしていない中で、不確実性をつぶしながらどのようにゴールに持っていくかという点は、ウオーターフォールでもアジャイルでも同じです」
その上で、スケジュールを決めてきっちりきっちり進めていくウオーターフォールに比べ、「アジャイルには、チームとしての喜びがある」と感じているそうだ。
その大塚さんにとって大きな転機となったのは、ラクスで幾つかのサービスの開発に携わったのち、米国向けのサービスを立ち上げるプロジェクトに加わったときの出来事だった。
米国では日本とは比べものにならないスピードで新規サービスが立ち上がり、競争し、その大半は消えていく。国内市場とはまるで違う新陳代謝の勢いとスピード感を肌で感じたことが、アジャイルやスクラムといった開発方式に目を向ける大きなきっかけになった。
「競合がどんどん動いている中で何より大事だと感じたのはスピードです。サービスをどんどん良いものにして他社と戦っていかなければならないとなると、エンジニアは自然とアジャイル的なものを求め出すのではないでしょうか。当時の私たちも、分からないなりに、こういうやり方がいいんじゃないかと考えて1週間に1回はリリースしていました」
試行錯誤しながら米国市場で戦う中で大塚さんが痛感したのは、「結局はチーム力」ということだった。「どれほどすごいエンジニアがいても、チームとしてどんどん成果を出してくる競合企業と戦って勝つことはできません。エンジニアリングを追求するだけでは勝てないなと感じました」と大塚さんは当時を振り返る。
この強烈な体験が、マネジメントに興味を持つきっかけになった。
こんな問題意識がスクラム開発チームの結成という形で結実したのは、2年ほど前にスタートした「楽楽精算」のスマホアプリ開発プロジェクトだったそうだ。
当時、ラクスと競合する他サービスは既にスマホアプリをリリースしており、顧客からも「スマホ版はないの?」と尋ねられるほど緊急度は高かった。1日も早いリリースが求められる状態で、ことこのプロジェクトに関しては、ウオーターフォール式に計画を立てたはいいけれどリスケジュールする、というのは許されない状況だった。そこで、短いサイクルで成果物を確認しながら進めるアジャイル開発が適していると判断したそうだ。
しかも、ある程度要求仕様が決まっていたこれまでの機能開発とは異なり、スマホアプリは未経験の分野で、限られた期間内に何をどこまで作れば顧客の要望を満たせるのか、正解は誰にも分からない。「試行錯誤が必要で、今までとは違う作り方が求められるのだから、仮説検証的にやってみよう」と、スクラム開発に取り組み始めた。
ちょうどそのころ、日本でも名高いアジャイルコーチの吉羽龍太郎さんがラクスの別プロジェクトの支援に来ていた。せっかくの機会なので、いろいろ相談に乗ってもらいながら進めていった。アジャイルコミュニティーに出掛けて情報交換したことも、大いに役立ったという。
しかも、このスマホアプリ開発プロジェクトの開発チームは、米国向けサービスに携わっていた面々をベースに立ち上がっていた。同じような経験をし、スピード感の重要性を体に染み込ませていたメンバーが中心となって思いを引き継いでいた。多かれ少なかれ「変えていかないといけない」という共通認識を持っていたことも、新たな取り組みがスムーズに進んだ要因の一つだろうと大塚さんは振り返る。
「危機感、スピード感が違うことを実感した米国市場での出来事は本当にいい経験だったなと今でも思います」
この経験は、新たにマネジメントすることになったメールマーケティングサービス「配配メール」の開発チームにも取り入れている。
ただ、いきなり全てのプロセスを変えたわけではない。現在はアジャイル・スクラム開発のエッセンスを取り入れた「反復開発」というスタイルで取り組んでいる。「やはり新しいやり方に慣れるのは何かと大変だったので、率先して改善に取り組んでいた吉元やメンバーと一緒に少しずつ試しながら、より良い方法を模索していきました」と大塚さんは振り返った。
特に、プロセスをどこまで変えたらいいかのサジ加減は難しかったようだ。最初は、まず「アジャイルとは何か、スクラムとは何か」を徹底的に説明した上で、プロジェクトを1週間のタイムボックスに分割し、タイムボックスの中で計画、実行、振り返りを行い、繰り返していく反復開発に取り組み始めた。けれど「1週目はボロボロで、全然進捗(しんちょく)がありませんでした。今にして思うと、説明し過ぎたのかもしれません。もっと緩やかに離陸できるようにすればよかったなと反省しています」と苦笑する。
カンバン方式を取り入れてみても、最初は個人のタスクがそれぞれ並べられているだけ、という状況だった。それを、反復開発の振り返りの中であれこれ議論し、チームとしてやるべきタスクをまとめる方法を見いだしていった。
目標そっちのけで手段ありき、というやり方で進めなかったこともポイントだろう。型にとらわれていた反省を生かして、チーム外の関係者にもいきなり「スクラムをやります」と宣言して推し進めるのではなく、「顧客の要望を取り入れてスケジュール通りにこの機能をリリースするためには、このような課題があります。それを解決するために、こんな風に開発手法を変えます」と説明を続け、浸透させていった。
こうして、予測しにくい半年先、1年先までを厳密に計画して進めるプロジェクトから、目の前の1週間に集中して進めるプロジェクトへと大転換した結果はどうだっただろうか――「新しくマネジメントすることになったチームでも、やはり短期間で新機能を開発してリリースしなければなりませんでしたが、予定通り進めることができました」と、大成功を収めた。
大塚さんはさらに、「チームとして成果が出るのはうれしいし、失敗しても、それはそれでうれしいことです。というのも、失敗した事実に気付くことで新たな成長を生み出せるからです。素早く試して、傷が小さいうちに失敗を改善すれば、結果的に見れば成功になります。一見すると変なチームに見えそうですが、みんながカンバンを前にして『ここがうまくいかなかったから、ここを変えよう』と議論しているのを見るのがうれしいですね」と述べている。
今、反復開発の取り組みは社内の他の開発チームはもちろん、他の部門にも応用され始めている。
「経理チームがカンバン方式を業務に取り入れ始めています。むしろ、僕らよりもうまく回しているかもしれません」
そんな大塚さんのチームは、持続可能なアジャイルの実現に向け、今後5年に渡るロードマップを立てている。
「1年目は今。まず、開発力を安定させて、安定的にアウトプットを出せる態勢を整えている段階です。2年目は、リリースサイクルを短縮させたいと考えています。3年目はプロダクトの価値を重視し、お客さまの『欲しいもの』を捉えた物作りに取り組みたいです。そして4年目はこうしたチームをスケールできるようにし、5年目は僕たちのやり方を外に向けて発信し、いろんな人に聞いてもらい、マネしてもらえたらうれしいですね」
その一歩として、社内外のカンファレンスや勉強会などさまざまな場で発表も行っている。こうした活動を通じて、いろいろな人がコミュニティー的に集まって自分たちの取り組みを互いに紹介したり、分からないことを聞き合ったり、どんどんアップデートして活用していきたいと考えているそうだ。そこから、取り組みを回す上で有効なツールやサービスが生まれてくれたらうれしいと、構想は広がるばかりだ。
「中小企業を楽にする」をミッションに掲げてサービスを展開しているラクスで、こうした活動を通してエンジニアチームのためのモデルを作り、「中小企業のエンジニアチームを楽にする」いうビジョンを実現していく――それが大塚さんのチームのビジョンだ。
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提供:株式会社ラクス
アイティメディア営業企画/制作:@IT自分戦略研究所 編集部/掲載内容有効期限:2020年4月29日
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