まつもとゆきひろ氏によって開発された「Ruby言語」を活用し、新たなビジネス価値を創造するサービスや商品を展開している企業を表彰するビジネスコンテスト「Ruby biz Grand prix 2020」の表彰式が、2020年12月16日に開催された。23企業24事例の応募から、大賞2点、特別賞3点、そしてVertical Solution賞4点が選出された。
2020年は、世界中が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の猛威に振り回された1年だった。しかし同時に、さまざまなネットサービスの価値が、これまで以上に人々に認識された1年だったとも言える。多くの人々がインターネット上のサービスを通じて、仕事をし、友人と会い、エンターテインメントやショッピングを楽しんだ。ウィズコロナ、アフターコロナの世の中で、今まで以上にネットサービスへの期待と、その価値が高まっていくことは確かだろう。
まつもとゆきひろ氏が1993年に初版をリリースしたプログラミング言語「Ruby」は、現在、日本だけでなく世界中のネットサービスの開発言語としてポピュラーな存在となっている。島根県は産業振興のひとつとして「ソフト系IT産業の振興」を掲げており、このRubyを使って、新たなビジネス価値を市場に提供している企業を表彰するビジネスコンテスト「Ruby biz Grand prix」を2015年から開催している。2020年12月16日に、第6回目となるRuby biz Grand prix 2020の表彰式が開催された。審査に当たっては、「事業の成長性、持続性、将来性」「Rubyの活用方法」「事業の社会的な影響度」などが考慮されたという。
実行委員会委員長の井上浩氏は「今回は、新型コロナウイルスの影響もあり、初のオンライン開催となったが無事開催できて良かった。Ruby biz Grand prixというビジネスコンテストを、島根県と受賞企業、双方のビジネス拡大の契機としていきたい」と述べた。また、実行委員会顧問である島根県知事の丸山達也氏は、「2020年は社会経済活動におけるITの重要性が再認識された年でもあった。Rubyが、ニューノーマル時代のビジネスを加速する技術として、さらに発展することを願っている」とビデオメッセージを寄せた。
「emou」は、発達障害支援施設に向けたVRを活用したソーシャルスキルトレーニングサービスだ。発達障害を抱える人が、「学校への登校」「レジでの接客」といった場面を、VRデバイスで疑似的に体験、リハーサルできる。「視線」や「行動」などを記録し、データに基づいた対応のアドバイスなども的確に行えるという。プリンシパルエンジニアの浅川和久氏は、Rubyを採用した理由として、多くの企業でサービス開発に利用されている実績に加え、学習コストの低さ、周辺ツールの充実によりエンジニアを増やしても開発作業をスムーズに進められる点などを挙げた。
「開発技術にフォーカスした賞は初めてで、大変うれしく思っている。開発チームのモチベーション向上にもつながっている。emouの中核となるVR体験は、コンテンツの内容によって発達障害者の支援以外にも応用できる。今後もさまざまな形で、課題を抱えている人を支援できるようなプロダクトを作っていきたい」(浅川氏)
「食べチョク」は、農産物を生産者が出品し、消費者に直接届けられるマーケットプレースだ。食べチョクを開発するシニアエンジニアの平野俊輔氏は、「こだわりを持って商品を作っている生産者のみなさんに、食べチョクの仕組みを受け入れてもらえ、その上で、きちんと商品を消費者に届けられるかが、サービス開始当初からの課題だった」と振り返った。
「リリースと改善を繰り返すアジャイル開発のサイクルを迅速に回していくに当たって、開発スピードが速く、ライブラリ群も充実しており、作り方の選択肢が多く取れるRubyは最適な言語だった。この1年で多くの消費者に食べチョクを利用していただき、さまざまなデータも蓄積された。今後は、Rubyを活用しながら、それらのデータをしっかりと処理し、『こんな食材がほしい』と考えている人にマッチした商品を届け、そのニーズを生産者にも伝えられるような、両者にとってさらにメリットが大きい仕組みを作っていきたい」(平野氏)
freeeが受賞した「プロジェクト管理フリー」という新サービスは、受託開発やコンサルティングなどのプロジェクト型ビジネスを展開する企業が、リアルタイムにプロジェクトの状況把握、収支管理を行えるものだ。テックリードを務める増田茂樹氏は、「新卒以来、長くRubyを使い続けてきたこともあり、今回の受賞は心からうれしい」と感想を述べた。
「プロジェクト管理フリーは、これまでfreeeが手掛けてきたバックオフィス向けサービスと異なり、フロントで直接業務に携わっている人たちにも使ってもらうサービスという点で、開発の過程でスクラップ&ビルドを繰り返す必要があった。その際、高速かつ柔軟に開発が行えるRubyのメリットを生かせた」(増田氏)
ブリッジ・シー・キャピタルの「CREAL」は、不動産投資クラウドファンディングサービスだ。一般的な投資家にはあまりなじみのない、一棟マンション・オフィス・ホテルなどの大型の不動産や、保育園・学校など社会インフラとなる不動産への投資を、ネット上で1万円から手軽に行えるのが特長だ。「優先劣後方式」と呼ばれる仕組みを採用し、ハイリスクハイリターンな部分は同社が受け持つため、一般投資家はよりリスクの低い投資ができるという。
取締役CTOの太田智彬氏は「当社は、不動産特定共同事業法の電子取引業務免許を取得して、CREALを展開している。この免許で行うビジネスはまだ歴史が浅く、関連法令の改正が頻繁に発生する。そのため、サービスもそれに迅速に対応する必要がある。同時に、新たなビジネス故に競合も多く、高速なサービス改善が求められる。これらに対応できているのは、生産性の高いRubyを開発に活用しているからこそ」と述べた。
オープンエイトの「Video BRAIN」は、「動画コンテンツ」の作成を、AIを活用して行えるSaaSだ。動画編集には、技術とクリエイティブの両面で専門知識が必要であり、外注する場合には、完成までに比較的長い時間と、数十万から数百万円のコストが必要という一般的な認識があった。Video BRAINは、AIを活用することで「スキル」「時間」「コスト」を大幅に削減しつつ、企業が自社で手軽に動画を作成できる環境を提供するという。Rubyは、AIから動画クリエイティブを作成するためのAPI開発に活用されている。
「Video BRAINは、これまでになかった新しい概念のプロダクトで、開発に当たっては、さまざまな不確定性に対処する必要があった。その点で、フレームワーク環境が整っており、柔軟でスピーディーな開発が得意であるRubyは、ニーズに合った言語だった。当社では、今後も、Rubyをフルに使いながら、会社とサービスの成長スピードを加速していきたい」(執行役員兼CTO 石橋尚武氏)
「すむたす買取」は、「不動産売却体験のアップデート」を標ぼうするネットサービスだ。特長は不動産価値の査定をAIで行い、不動産を売りたい利用者に対し「今すぐに売却できる価格」と「数カ月の時間をかけて売却できる価格」の双方を提示できること。さらに、利用者が希望すれば、最短2日でスピーディーに不動産の現金化までをネットで行える。
共同創業者 取締役である伊藤友也氏は「開発では、何度もユーザーにインタビューを行いながら、仮説検証を重ねていった。こうした開発プロセスが求められるスタートアップにとって、開発にスピードと柔軟性をもたらしてくれるRubyは、メリットが大きいと考えている」と話した。
ONE COMPATHが提供する「aruku&(あるくと)」は、ユーザーが地図上のキャラクターに話し掛け、キャラクターに依頼される歩数を、制限時間内に「歩く」と地域の名産品などが当たるスマートフォンアプリだ。従業員の健康増進を目指す法人向けのサービスも提供しており、既に80社以上の導入実績があるという。
コンシューマー開発グループのマネージャーを務める池本聡氏は、「Rubyはサーバサイドの構築に活用している。Ruby on Railsのフレームワークを採用することで、必然的に環境の標準化が図られるため、開発者が変わってもスムーズに開発を続けられる。また、主観的な話にはなるが、国産言語であるRubyで国産のサービスを作り、成長させていくことは冥利(みょうり)に尽きるとも感じており、今回の受賞は心からうれしい」と話した。
グランプリに選ばれたのは、tsumugが提供するシェアリングワークスペース「TiNK Desk」だ。同社が手掛けるネットを通じて遠隔で施錠管理を行える「デジタルロックデバイス」で培った拠点への入退出管理、デバイス制御のノウハウを生かして展開する「TiNK」と呼ばれる空間シェアリングサービスのひとつだという。
ユーザーはLINEのボット機能を通じて、福岡に5拠点、東京に3拠点あるワークスペースの予約から支払いまでを完結させることができる。「自宅では家族がそばにいて仕事に集中できない」といった課題を抱えるリモートワークユーザーのニーズにも応えるという。
ソフトウェアエンジニアである池澤あやか氏は、「当初、TiNK Desk APIの開発は他の言語で進めていたが、ビルドに時間がかかったり、開発者が十分に確保できなかったりといった問題があった。そこで、ライトウェイトな言語であり、ライブラリや周辺ツールも充実したRubyに切り替えたことで、開発の効率化を実現できた。素早くトライ&エラーを繰り返す必要があるスタートアップでの開発に、Rubyは非常に適した言語だと思う」と述べた。
「グランプリ受賞は大変光栄。グランプリの名に恥じぬよう、これからもサービス開発をがんばっていきたい」(池澤氏)
もう1つのグランプリ「Medical Note」は、信頼性の高い医療情報の提供を通じて「医者と患者をつなぐ」サービスだ。第一線で活躍する多くの医療関係者や医療機関と連携しつつ「疾患・症状辞典」「医療機関情報」「医療相談」といったコンテンツをネット上で提供している。ヤフーとの協力のもと、Yahoo!検索を通じて、健康に不安を抱えるユーザーを適切な医療コンテンツに誘導できる仕組み作りも行っている。
Medical Noteは、Ruby on Railsによる複数のアプリケーションをAWS(Amazon Web Services)上に展開し、サービス提供を行っている。CTOの横尾雅博氏は、「各種APIを開発するに当たって、外部サービスとの接続を行うためのライブラリが豊富にそろっている点がRubyの魅力のひとつ。各APIとの通信手法を標準化した社内向けのGemなども構築している」と話す。
「社内開発用の補助ツールの多くでもRubyを採用している。保守性も高く、自社開発環境の生産性向上にも寄与している。今、コロナ禍によって日本の医療体制はひっ迫している。そうした中で、患者と医師との間を適切につなげ、状況の改善に寄与するプラットフォームとして、さまざまなフィードバックを受けながら、生産性高く改善を続けていきたい」(横尾氏)
審査委員長である、Rubyアソシエーション理事長のまつもとゆきひろ氏が総評を述べ、表彰式を締めくくった。
「多くのサービスが応募してくださったことに感謝している。受賞したサービスは、未来の世界や日本のサービスを変革させるようなインパクトがあるものばかりだと感じている。
2020年は、新型コロナウイルスの影響で、表彰式もオンラインで実施することになった。また、みなさんの日常生活にも、大きな変化があったと思う。新型コロナウイルスにより、多くの方がつらい病気になったり、亡くなったりと、痛ましく悲しいことも多くあった。しかし一方で、社会がITを活用していくというモメンタムにおいてはプラスになった側面もある。
思い出してみると、私がRubyを開発し始めたのも、バブル崩壊による社会経済環境の悪化で、一時的に時間ができたことがきっかけだった。また、Web開発にRubyが積極的に活用されるようになったのは、2000年代初めのインターネットバブルの崩壊が一因だったように思う。
今、新型コロナウイルスが起こしている社会変容の圧力も、これから、数年後、数十年後の未来には、『あの時は大変だったが、あれは社会が良い方に変わるきっかけになった』と思い返せるようになると信じている。今回、応募された企業、受賞された企業のいずれも、大変すばらしい働きをされていることに、称賛と感謝を送りたい」(まつもと氏)
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アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2021年2月14日