まつもとゆきひろ氏によって開発されたプログラミング言語「Ruby」を活用し、新たなビジネス価値を創造するサービスや商品を展開している企業を表彰するビジネスコンテスト「Ruby biz Grand prix 2021」の表彰式が、2021年12月15日に開催された。
今や世界中で使われている「Ruby」は、1993年に、まつもとゆきひろ氏が初版をリリースした日本発のプログラミング言語だ。
島根県は産業振興の一つとして「ソフト系IT産業の振興」を掲げている。まつもと氏が島根県松江市在住という縁もあり、Rubyを使って新たなビジネス価値を市場に提供している企業を表彰するビジネスコンテスト「Ruby biz Grand prix」を2015年から開催している。2020年に続きオンラインでの開催となったが、同コンテストは2021年で第7回を迎えた。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行がどう推移していくのか、先行きが見通せない中、明るい展望が見えたのはスタートアップ企業の勢いがまったく衰えていないことだ。ウイズコロナ、アフターコロナでライフスタイルが大きく変化しようとしている今、私たちは、新たなビッグビジネスが生まれる瞬間に立ち会っているのかもしれない。
2021年度は、国内から25件の応募があり、大賞2点、特別賞3点、DX(デジタルトランスフォーメーション)賞2点、Digital Media賞2点が選出された。
実行委員会委員長の井上浩氏は冒頭のあいさつで「2020年に引き続きオンライン開催になったが、今回で7回目を迎え、累計で210のサービスがエントリーし、オープンエイトの『Video BRAIN』(2020年度特別賞)やSmartHRのクラウド人事労務ソフト『SmartHR』(2017年度ソーシャルイノベーション賞)など、既に多くのサービスが実運用を展開している。このコンテストがきっかけになり、世の中の多くのサービスがRubyで開発されるようになればと願う。また、今後は応募企業との関係構築により、島根県内のビジネスの拡大にもつなげていきたい」と語った。
実行委員会顧問である島根県知事の丸山達也氏はビデオメッセージにて「島根県は若者に魅力ある雇用の場を提供するためにIT産業の支援に力を入れている。このグランプリもその一環。今回応募いただいたサービスはいずれもRubyの特長を生かしたものであり、さらなるビジネスの拡大や、今後デジタルトランスフォーメーションを支えるサービスとして一層磨き上げられることを期待している」とコメントを寄せた。
「BONX WORK」は、音声とテキストを活用して各個人がシームレスにつながることができるグループトークソリューションだ。エンジニアの高橋徳明氏は「従来のビジネスの現場では音声コミュニケーション手段としてトランシーバーが使われてきたが、音質が悪い、通信距離に制限があるなどの課題があった。スマートフォン+通話ソフトの組み合わせは、手がふさがる上、お客さまの前で通話するのに差しさわりが生じる。BONX WORKではソフトウェアに加え、専用のイヤホンを提供することで、これらの課題を解決した」と同サービスの特長を紹介してくれた。
「BONX WORKの前身となるコンシューマー向けサービスBONX開発時に、アイデアを素早く実装したいと考えてRuby on Railsを選択した。BONXの既存システムを再利用してBONX WORKを開発したが、その際もRubyの生産性の高さが役に立った。BONX WORKは単なるトランシーバーの置き換えではなく、音声により常に接続された状態を活用してシステムに統合される音声DXを目指している。今後もRubyを用いてあらゆるコミュニケーションの課題を解決していきたいと思う」(高橋氏)
Relicは、日本企業の新規事業開発やイノベーション創出を支援する事業共創カンパニーとして、新規事業開発における総合的なソリューションを提供し、これまでに3000社1万5000以上の事業プランやアイデアに関与するなど、国内で多くの新規事業支援実績がある。
今回受賞した「Throttle」は、新規事業開発やイノベーション創出のための活動をサポートするSaaS型のイノベーションマネジメントプラットフォームだ。
エンジニアの横山淳平氏によれば、Throttleの前身となるプロダクトの開発を2016年に始めたという。「当時はエンジニア2人だったが、次第にプロダクトが大きくなりメンバーも増えた。しかし、gemの多様な拡張性が担保されていることや、Rubyスタイルガイド、Ruby on Railsのコーディングルールがあることで、未経験のエンジニアが参画しても、コードの品質が一定に保たれた」(横山氏)と、Ruby利用のメリットを語ってくれた。
プロダクトマネージャーを務める田中翔太良氏によれば「Throttleを現在利用している企業数は、大企業から中小企業まで2000社、ユーザー数は5万人を突破している」という。
今後の展開について、まず国内においては「多くのユーザーに使われるSaaS型イノベーションプラットフォームとして、引き続き全ての挑戦者を支援していきたい」とし、また、広く海外に向けては「日本発のイノベーションマネジメントプラットフォームとして、世界のイノベーションマネジメントやアイデアマネジメントの市場における成長とシェアの拡大を加速すべく展開していきたいと考えている」(田中氏)とした。
ヤンマガWebは青年向け漫画雑誌「ヤングマガジン」の40周年企画としてスタートしたサービスで、Web上でマンガが読めるだけでなく、ヤングマガジンらしい“やんちゃな”コンテンツを新しく作っていく媒体として2020年7月にサービスを開始した。
同サービスを企画した講談社の久保田千尋氏によれば「『ヤンマガWeb』はWebサイト形式でマンガやグラビアなどヤングマガジンの内容を楽しめるが、アプリではできないような攻めたコンテンツも展開していく。既にオリジナル作品も提供していて、少しずつだがネットでバズる作品が登場し始めている」という。
開発を担当したGlossomの田中聡氏は、同サービスの成功について「Ruby on Railsの存在が大きい」と語る。プロジェクトには若手の初心者から比較的年齢の高い上級者まで幅広く参加したが、Rubyには受け入れられやすい言語や開発環境が整っていたため、スムーズに開発が進行した。「優れたサードパーティー製ライブラリであるgemパッケージや、RuboCop(静的コード解析ツール)のおかげで、コードの品質が一定に保てたのも良かったと思う」(田中氏)
「note」は、だれもが創作をはじめ、続けられるようにするメディアプラットフォームで、クリエイターのあらゆる創作活動を支援する。クリエイターは、思い思いの作品をnote上に発表できる他、サークル機能を使って、ファンや仲間との交流を行える。また、ストア機能では、お店やブランドオーナーがさまざまな商品を紹介することができる。さらに法人向けの「note pro」では、企業や公共団体、教育機関などからの情報発信も支えている。
「Rubyは、標準ライブラリのクラス設計や命名が直感的で、実装者が余計なところに悩まされることなく開発できるのが魅力。noteはSPA(Single Page Application)構成になっているが、サーバサイドはRailsで書かれている。バッチ処理にもrake(Rubyで記述できるビルドツール)を使っているので、API構築とバッチ処理にRubyを使っていることになる。プロジェクトの参加メンバーも増え、コードも増えてきたが、今後は、デリバリーまでの速度を落とさずに品質をどう担保していくかが課題だと考えている」(エンジニアリングマネージャー 福井烈氏)
ソフトウェアの開発プロセスにおいて、品質を維持するテストの重要性がますます高まっている。しかし、テストを手動で行うと時間を要し、リリースまでに時間がかかってしまう。近年ではテストの自動化が進んでいるものの、今度は自動化スクリプトのメンテナンスにスキルや時間がかかってしまうという新たな課題が浮上している。
「Autify」は、そうした課題を解決するために作られた、AIを用いたソフトウェアテスト自動化プラットフォームだ。例えばテスト対象アプリケーションのボタンの色を変えた、ボタンを廃止した、という場合、従来の自動テストツールは、そのままでは正しくテストできない。ところがAutifyでは、スクリプトを書かなくてもシナリオが作られ、アップデートも自動的に行える。前回テストと変わった要素をAIが自動的に見つけてテストシナリオの修正を提案してくれるので、ユーザーはそれを選ぶだけでいいという。
取締役CTOの松浦隼人氏は「自動テストにかかる工数を低減できるばかりでなく、スクリプトが書けない人でも利用できるので、テストを担当するメンバーの教育コスト低減にもつながる」と、そのメリットを強調する。
また「サービス開発のある時点で、バックエンドをRubyで、フロントエンドを別言語で開発して分業化を進めようとしたが、Rubyに統一している方がトータルでの生産性が高まるという結論に至り、別言語の利用を途中でやめたといういきさつがある。それだけRubyの生産性が高いということ」(松浦氏)と、Rubyによる開発のメリットを紹介した。
「TODOCUサポーター」は、ラストワンマイルの配送を支える全ての配送員のアナログ業務を効率化するアプリだ。同アプリは、宅配荷物の配送準備から、実際に配送するところまで、一気通貫にデジタル化を進めるというものだ。
CTO 兼 TODOCU事業部長 福富崇博氏によれば、もともとは消費者向けに荷物を追跡するためのサービスを提供しようとしていたが、そのためにはまず配送業者のDXが必要だということになり、同アプリの開発を先行させた。ユーザー数も順調に伸びており「現在約2万人の配送員が利用している」(福富氏)という。
同社はTODOCUサポーター以外にも「TODOCU」「TODOCUクラウド」「スキマ便」などのサービスを提供しており、それらのフロントエンドはそれぞれの技術を使っているものの、バックエンドの多くをRubyで開発している。
「APIサーバのフレームワークはRailsとGraphQLを併用しているが、今後はGraphQLに統合していきたい。中長期的には物流企業やエンタープライズ企業にも使ってもらいたい。そのためには複雑な機能や仕様を実装していく必要がある。長期的にはデータを扱う企業を目指しているので、Rubyにも、Pythonのようなデータを扱うのに便利なライブラリが充実していってくれたらうれしい」(福富氏)
「未来の製造業をつくる」をミッションにしているCatallaxyが注力しているのは、金属加工業の業務効率化だ。実際に金属加工工場を取得し、日々現場の改善を追求しているというスタンスも同社のユニークな取り組みの一つといえる。「Mitsuri」は、金属加工取引マッチングおよび受発注管理と、工場内自動化を実現するプラットフォームだ。
Executive Engineering Fellowの野口卓也氏によれば、Mitsuriのサービスは、3つのステップを踏まえて金属加工のサプライチェーンをデジタル化させていくという。
第1ステップは金属加工のビジネスマッチング、第2ステップは金属加工工場の業務プロセス改善、そして第3ステップは、工場の完全自動化だ。同サービスのリリース以来、それぞれのステップにおいて、段階的に機能を拡張しているという。直近ではdeveloper experience(開発者体験)を向上させてRubyを含む技術力をアップさせることも進めており、AWS(Amazon Web Services)上で動かしていたものをGoogle Cloud PlatformのCloud Runへの移行が完了し、さらに多くのユーザー企業に利用してもらえる環境が整ったという。
既にユーザーからの反響も大きく、発注企業からは「最大で51%コストを削減できた」という声や、受注企業からは「営業をせず受注できて助かった」などの声が寄せられている。
「2018年から金属加工業向けのビジネスに取り組み、わずか数カ月で着想からリリースまでたどり着けたのはRubyとRuby on Railsのおかげ。今後は、サービス開発で発生した課題を、Rubyコミュニティーにも還元していきたい」(野口氏)
「バーチャルマーケット」は、世界最大級のメタバース空間での展示イベントで、1回のイベントでの来場者数は100万人以上を数え、「1時間でTwitterに投稿されたアバターの写真」の数でギネス世界記録にも認定されているVRイベントだ。2021年12月には、7回目となる「バーチャルマーケット2021」が開催された。
仮想空間として構成されるバーチャルマーケットの会場内には、クリエイターや出展企業から預かった出展物を展示する。3D CGが制作できる人ならば、誰でもクリエイターとして出展できるという。
チーフバックエンドエンジニアの山本允葵氏によれば、バーチャルマーケットのシステム構成は、会場内のイベント運営システム、出展者の商品を販売するECサイト、そして各マイクロサービスのバックエンドに分かれており、それぞれがRuby on Railsで構成されている。また、1万人以上に上るアカウント認証の部分もRubyを使って開発しているという。
「Rubyは理論と実装の距離が近く、学習コストが低く抑えられる。静的解析ツールのRuboCopやテストスイートのRSpecといった優秀なサードパーティー製ライブラリがそろっているので、美しいコードを安全に開発できるところが魅力。アカウント認証の実装も、omniauthやDoorkeeperというOAuthに対応したライブラリがそろっているので、認証の仕組みも簡易に作れた」(山本氏)
同サービスを体験するにはVRアプリ「VRChat」か、ブラウザアプリ「Vket Cloud」を利用する。
山本氏によれば、今後は「VKET CLOUD」の機能やコンテンツを拡充して「ブラウザで閲覧できるメタバースアプリとして最高のパフォーマンスとユーザー体験を提供していきたい」とし、将来は、同サービスを通じて「雇用の創出や、3D CGコンテンツを販売して生活していける人を増やしていきたい」という。
「YAMAP」は、登山を安全に楽しむための登山地図GPSアプリ。スマートフォンのGPSと、詳細な登山ルートが分かる地図を重ねることで、電波の届かない山の中でも自分の現在地と行き先が分かるというサービスを提供している。
2021年11月の時点で280万ダウンロードを超えている日本有数の登山、アウトドアプラットフォームだ。
スマートフォンに搭載されているGPS機能と、YAMAP専用地図を組み合わせることで、携帯電話の電波が届かないところでも自分が今どこにいるのかを瞬時に把握できる。地図には登山に必要な情報を記載しており、距離、活動時間、標高なども分かる。風景や花を撮影すれば、独自の活動記録も作れる。
ヤマップが特に注力しているのが、登山者の安心、安全を確保する「みまもり機能」だ。これは登山者の位置情報を定期的にサーバに送信するというもの。また登山中にすれ違った人と情報を交換し、電波が届く場所に出てから、その情報をサーバに送信することで、ユーザーの家族や友人はリアルタイムに位置を把握できる。実際に遭難した登山者が同機能のおかげで救助された事例もあるという。
同社サブマネージャーの杉之原大資氏は、Rubyでサービスを開発するメリットを次のように語った。
「Rubyのサードパーティー製ライブラリはとても充実していて、何か機能を実装しようとすると、大抵ライブラリに用意されていて、自前で開発する必要がほとんどない。そのため、大幅な工数削減につながる。スタートアップ企業にとって、少ない人数かつ短時間で開発できるメリットは大きい。また、Rubyを使うエンジニアが増えているので、採用面でもメリットを感じる」(杉之原氏)
杉之原氏は「今後は積極的かつ規律ある投資を継続し、現在280万人のヤマップ登山者コミュニティーを、500万人規模まで増やしていきたい。同時に、有料会員事業、登山保険事業、EC事業、メディア事業という4つのクロスセル事業を通じて収益基盤の強化を図っていきたい」と今後の展望を語った。
最後に審査委員長である、Rubyアソシエーション理事長のまつもとゆきひろ氏が表彰式を締めくくった。
まつもと氏は「今回の応募サービスはいずれも素晴らしく、順位を付けるのがとてもつらかった」と審査を振り返り、応募企業をはじめ、全てのRuby利用企業に向けて次のようにコメントを述べた。
「近年、日本もスタートアップブームが訪れていて、東京は、今やシリコンバレーに負けないWebサービスの発信地といっても過言ではない。今回応募してくださったサービスもWebサービスが中心であり、日本独自のものが多い。
大賞を受賞したヤマップ、HIKKY、特別賞を受賞したAutifyも、最近はさまざまなメディアで見かけるようになったが、そうしたサービスの開発にRubyを使ってもらっていて、とてもうれしい。
これらのサービスが成功したのは、もちろん個別企業の創意工夫のたまものであり、仮にRubyがこの世に存在しなくても、異なるテクノロジーでサービスを実現していたことと思う。しかし、Rubyの生産性の高さ、良さが、これらのサービスを充実させる役に立てたのではないかと自負している。
今回応募してくださった企業をはじめ、世界中の企業でRubyが使われている。彼らがテクノロジースタックとしてRubyを選んでくれたその審美眼を称賛したい。
われわれ審査員一同、Ruby bizグランプリ実行委員会一同、そして島根県は、Rubyを利用しているRuby企業の皆さまを応援しています」(まつもと氏)
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提供:島根県
アイティメディア営業企画/制作:@IT 編集部/掲載内容有効期限:2022年1月25日